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窒素不足の土壌でも“植物バイオマス”を増やせる葉緑体の働きを解明

「緊縮応答」強化による代謝の抑制が、生育の改善につながる

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2022.02.14

要点

  • 環境に応じて植物の葉緑体が代謝を制御する「緊縮応答」の仕組みを同定
  • 特に、窒素欠乏条件下では、葉緑体の「緊縮応答」を強化し、代謝機能を抑えることで、植物の生育を改善できることを解明
  • 窒素欠乏条件でも“植物バイオマス”を増大できる植物開発の新手法につながると期待

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の後藤美奈大学院生(修士課程1年)と増田真二准教授(生命理工学コース主担当)らの研究グループは、窒素不足の土壌でも、植物由来の再生可能資源である“植物バイオマス”を増大させる、葉緑体の「緊縮応答[用語1]」による代謝変化の仕組みを解明した。

植物の成長過程において必須なアミノ酸を作り出すためには、窒素が欠かせない。しかし、窒素が欠乏した土壌においては十分な代謝ができなくなるため、窒素欠乏状態に適応し、代謝変化させる仕組みが必要である。これまでの研究で、窒素が欠乏した状態の植物内で起こる代謝変化に、バクテリアの細胞内共生[用語2]で誕生した葉緑体が関わると知られていたが、その働きの詳細なメカニズムまでは解明されていなかった。今回、増田准教授と後藤らは、植物には葉緑体の代謝を包括的に制御する緊縮応答と呼ばれる代謝調節機構があり、窒素欠乏条件下では、葉緑体を小さくして光合成活性を抑えることで、タンパク質の分解と合成をスリム化し、特定のアミノ酸量を最適化することを明らかにした。

この緊縮応答の機能を強化すると、窒素欠乏条件下でも、植物由来の再生可能資源である“植物バイオマス”を増大できることも見出した。この仕組みの解明は、貧栄養条件でも生育する植物の開発につながるものと期待される。

本研究は山形大学(現:京都大学)の及川彰教授と共同で行われ、研究成果は1月25日にSpringer-Nature社の「Planta(プランタ)」オンライン版に掲載された。

研究の背景と経緯

植物の葉緑体は、光合成のみならず、アミノ酸合成・脂質合成・核酸合成などをつかさどる植物にとって必須のオルガネラ[用語3]である。この葉緑体は、シアノバクテリア[用語4]と呼ばれる光合成を行う細菌が細胞内共生したことで誕生したと考えられている(図1)。実際、葉緑体における遺伝子発現[用語5]や代謝、またそれらの制御機構はバクテリア由来のものが多く用いられている。その中の一つに「緊縮応答」と呼ばれる遺伝子発現・代謝調節機構がある。

緊縮応答はもともとバクテリアの環境適応や抗生物質耐性に関与する代謝調節機構として長年研究されてきた。最近の研究から、緊縮応答が葉緑体でも働いていること、またその機能を強化すると植物の生育が改善されることがわかった。しかし、緊縮応答がどのように植物の生育に影響を与えるのかは未解明であった。

図1 細胞内共生で誕生した葉緑体とミトコンドリア (A)葉緑体とミトコンドリアはそれぞれ、シアノバクテリアと紅色細菌(プロテオバクテリアとも呼ばれる)が細胞内共生して誕生したと考えられている。(B)緑色蛍光タンパク質(GFP)で光らせたタマネギ表皮細胞内の葉緑体(タマネギ内では葉緑素を持たないので通常プラスチドと呼ばれる)とミトコンドリア。

図1. 細胞内共生で誕生した葉緑体とミトコンドリア

(A)葉緑体とミトコンドリアはそれぞれ、シアノバクテリアと紅色細菌(プロテオバクテリアとも呼ばれる)が細胞内共生して誕生したと考えられている。(B)緑色蛍光タンパク質(GFP)で光らせたタマネギ表皮細胞内の葉緑体(タマネギ内では葉緑素を持たないので通常プラスチドと呼ばれる)とミトコンドリア。

研究内容

今回、増田准教授らは先に作出された“緊縮応答の働きを強化したモデル植物(緊縮応答強化植物)”を用い、それを異なる窒素濃度条件下で育て、その代謝変化を調べた。その結果、低窒素濃度条件下において緊縮応答強化植物の重量(“植物バイオマス”と相関)が野生型植物よりも増大することを見出した(図2)。代謝物の存在量を調べたところ、窒素濃度低下に伴い、野生型植物では遊離アミノ酸量が増大したのに対し、緊縮応答強化植物の場合は逆に窒素濃度低下に伴い遊離アミノ酸量が減少していた。これは、野生型植物の要求する窒素の量が緊縮応答強化植物のそれよりも多いことを反映していると考えられた。

緊縮応答強化植物は、葉緑体が小さく、野生型植物に比べ光合成活性も抑えられていた。このことから、緊縮応答の強化により葉緑体の代謝活動がスリム化され、その維持に必要な窒素の量が比較的少量で済むように改善されていると考えられた。

以上のことから、緊縮応答を人工的に強化することで葉緑体の代謝をスリム化し、低窒素濃度条件下での植物の生育を改善させることができることがわかった。

図2 シロイヌナズナの緊縮応答強化体の表現型 播種後14日目の各植物体を異なる窒素濃度条件に移し、その後10日間生育させた植物体の表現型(A)と新鮮重量(B)。

図2. シロイヌナズナの緊縮応答強化体の表現型

播種後14日目の各植物体を異なる窒素濃度条件に移し、その後10日間生育させた植物体の表現型(A)と新鮮重量(B)。

今後の展開

これまで、窒素欠乏状態などに適応できるよう生育を改善させた植物の開発は、葉緑体の代謝機能の強化に重点が置かれていた。今回の研究により、葉緑体の「緊縮応答」を強化することにより、その代謝機能を逆に抑えることで、植物体の生育を改善できることがわかった。この発見は、低窒素土壌でも生育できる植物の開発に向け新たな指針を提供すると期待される。

  • 付記

本研究は、科学研究費助成事業基盤研究(B)(21H02075)の支援を受けて実施された。

  • 用語説明

[用語1] 緊縮応答 : 細菌に普遍的に保存された環境応答機構。グアノシン4リン酸の合成と分解を介して遺伝子発現や代謝関連酵素群の活性が調節される。

[用語2] 細胞内共生 : 外界の生物が、細胞内に入り込み、その細胞内の小器官となる(なった)こと。植物細胞の葉緑体はシアノバクテリアが、動植物細胞のミトコンドリアはプロテオバクテリアが細胞内共生したものとする考えは現在定説となっている。

[用語3] オルガネラ : 細胞内小器官のこと。葉緑体のほかミトコンドリアやペルオキシソームなどがある。

[用語4] シアノバクテリア : 光合成を行う細菌の一種。葉緑体はシアノバクテリアが動物細胞に細胞内共生してできた細胞内小器官と考えられている。

[用語5] 遺伝子発現 : 遺伝情報からタンパク質が作り出される過程を指す。すなわち、遺伝子の実体DNAからRNAが合成され(転写)、RNAからタンパク質が作られる(翻訳)一連の過程を指す。

  • 論文情報
掲載誌 : Planta
論文タイトル : Metabolic changes contributing to large biomass production in the Arabidopsis ppGpp-accumulating mutant under nitrogen deficiency
著者 : Mina Goto, Akira Oikawa, and Shinji Masuda
DOI :

10.1007/s00425-022-03835-0別窓

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お問い合わせ先

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准教授 増田真二

E-mail : shmasuda@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5737 / Fax : 045-924-5823

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