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後生動物細胞からの内生グアノシン4リン酸(ppGpp)の検出に成功

動物型ppGppシグナル伝達系という新たな研究領域の開拓

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2020.11.18

要点

  • グアノシン4リン酸(ppGpp)は、細菌の栄養飢餓応答時のシグナル物質として発見されたが、動物細胞では半世紀にわたり未確認だった。
  • ショウジョウバエやヒト細胞からのppGpp検出に世界で初めて成功し、その量が発生段階に応じて変化することを明らかにした。
  • 動物細胞内にもppGpp代謝系が存在し、発生の調節や環境適応に用いられていると考えられる。

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の伊藤道俊大学院生(研究当時)と増田真二准教授(生命理工学コース主担当)らの研究グループは、山形大学の及川彰教授、九州大学の川畑俊一郎教授、東京都立大学の朝野維起助教らのグループと共同で、細菌のセカンドメッセンジャー[用語1]として知られるグアノシン4リン酸(ppGpp)を、後生動物[用語2]の細胞から検出することに世界で初めて成功した。

細菌は、外部環境変化に応じてppGppを合成することで代謝を最適化し、栄養飢餓応答や抗生物質耐性などを向上させている。本研究では、後生動物では世界で初めて、ショウジョウバエでのppGppの検出に成功した。さらにppGpp分解酵素を欠損したショウジョウバエは野生型の約7倍のppGppを蓄積していることを明らかにした。ショウジョウバエ中のppGpp量が発生段階に応じて大きく増減することから、動物細胞内にはppGpp代謝系が存在しており、発生の調節や環境適応に用いられていると考えられる。

今回の発見によって、ppGppが動物細胞にも存在することが確認されたことで、今後は、その機能に関する研究の進展が期待される。研究成果は11月13日(イギリス時間)発行の「Communications Biology(コミュニケーションズ・バイオロジー)」に掲載された。

背景と経緯

グアノシン4リン酸(ppGpp)は、細菌が外部環境に適応する際に重要な働きをするセカンドメッセンジャーとして、1969年に発見された。細菌がアミノ酸欠乏条件にさらされると、ppGppが急速に合成される。蓄積したppGppが遺伝子発現[用語3]などの代謝を抑制することによって、細菌は栄養欠乏条件に適応する。近年、植物の葉緑体でもppGppが働いていることが明らかとなっている。ppGppの合成・分解を行う酵素はRelA/SpoT homolog(RSH)と呼ばれる。このRSHがヒトやマウス、ショウジョウバエなどの後生動物でも広く保存されていることが、これまでの研究から確認されていた。後生動物のRSHは、Metazoan SpoT homolog 1(Mesh1)と呼ばれ、ppGppの分解に寄与すると考えられてきた。しかし、細菌でのppGpp発見から半世紀たった現在まで、動物細胞由来の内生ppGppは確認されておらず、Mesh1が動物細胞内で実際にppGpp分解酵素として機能しているのかは明らかになっていなかった。

図1. 各生物におけるppGppの機能

図1. 各生物におけるppGppの機能

ppGppは、細菌では種々の応答に関与することが知られ、植物でもその機能が解明されつつある。しかし、後生動物では内生ppGppが検出された例がほとんどなかったため、その機能は一切明らかになっていなかった。

研究内容

増田准教授らのグループは、モデル動物であるショウジョウバエを用いて、内生ppGppの検出を試みた。増田研究室で開発されていた、固相抽出[用語4]および高速液体クロマトグラフィー・質量分析法[用語5]を用いた、植物からのppGpp定量法を応用したところ、ショウジョウバエからもppGppが検出された(図2左)。検出されるppGpp量は、幼虫や成虫よりも、さなぎの段階で顕著に多かった。また、ヒト培養細胞からも同様にppGppが検出されたことから、動物細胞内には広くppGppが存在していると考えられる。さらに、ショウジョウバエ幼虫のMesh1遺伝子欠損体におけるppGpp量を定量したところ、野生型の約7倍に増加しており、Mesh1タンパク質が後生動物の内生ppGpp量を制御していることが明らかとなった(図2右)。

図2. ショウジョウバエ由来のppGpp検出

図2. ショウジョウバエ由来のppGpp検出

(左)高速液体クロマトグラフィー・質量分析法を用いて、ショウジョウバエ幼虫からppGppを検出することに成功した。
(右)動物のppGpp分解酵素Mesh1を欠損したショウジョウバエ幼虫は、野生型の約7倍のppGppを蓄積していた。

このことから、動物細胞には、未知のppGpp合成酵素を含むppGppの代謝系が存在していることが示唆される。また、今回検出された生重量あたりのppGpp量が、大腸菌の数百分の一から数千分の一程度であったことから、動物におけるppGpp依存のシグナル伝達系は、大腸菌とは異なる可能性が高い。細菌では、ストレスなどを受容した際に合成され、蓄積される大量のppGppが、ターゲットとなるタンパク質に直接作用することで、遺伝子発現や代謝を変化させる。しかし後生動物では、低濃度のppGppしか蓄積されないため、ppGppが結合することによって活性化する未知のシグナル増幅タンパク質が存在し、その仲介によって遺伝子発現や代謝が制御されていると考えられる(図3)。

図3. 後生動物におけるppGppの機能モデル

図3. 後生動物におけるppGppの機能モデル

細菌では、ストレスなどを受容するときに蓄積される大量のppGppがターゲットと直接結合して、遺伝子発現や代謝を変化させる。一方、後生動物では、蓄積されるppGpp量が少ないため、ppGppのシグナルを様々なターゲットに伝達する未知のタンパク質などによって、遺伝子発現や代謝が制御されていると考えられる。

最近、デューク大学(米国)のグループが、Mesh1は細胞質の NADPH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)[用語6]脱リン酸化酵素であるということを報告した。しかし、今回の結果を踏まえると、Mesh1はNADPH量調節に加え、ppGpp量の調節にも関与する、二機能性を持つ酵素であることが示唆される。

今後の展開

今回の研究により、半世紀の謎であった、後生動物細胞におけるppGppの存在が確認された。今回の発見は、後生動物におけるppGpp依存的なシグナル伝達経路という新たな研究領域を開拓したといえる。今後、後生動物細胞中でのppGppの合成経路や機能に関する研究の進展が期待される。

  • 付記

本研究は、科学研究費補助金および日本学術振興会特別研究員奨励費の支援を受けて実施した。

  • 共同研究グループ

本研究は、東京工業大学生命理工学院の鈴木崇之准教授(生命理工学コース主担当)、中村信大准教授(生命理工学コース主担当)、山形大学の及川彰教授、九州大学の川畑俊一郎教授、柴田俊生助教、東京都立大学の朝野維起助教らのグループと共同で実施した。

  • 用語説明

[用語1] セカンドメッセンジャー : 細胞が受容したシグナルを中継し、細胞内の遺伝子発現や代謝を変化させる分子。

[用語2] 後生動物 : アメーバなどの原生動物を除くすべての動物の総称。

[用語3] 遺伝子発現 : 遺伝情報からタンパク質が作り出される過程を指す。すなわち、遺伝子の実体DNAからRNAが合成され(転写)、RNAからタンパク質が作られる(翻訳)一連の過程を指す。

[用語4] 固相抽出 : 懸濁液を固体(固定相)中に流し、化合物を吸着させることで、目的化合物の分離・濃縮する手法。

[用語5] 高速液体クロマトグラフィー・質量分析法 : 液体中の成分を固定相と溶媒(移動相)の相互作用の違いを利用することで分離し、さらに質量分析器を用いて特定の質量の化合物のみを検出および定量する手法。

[用語6] NADPH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸) : 細胞内における還元力の供給源や一部酵素の補酵素として重要な役割を果たす分子。

  • 論文情報
掲載誌 : Communications Biology
論文タイトル : ppGpp functions as an alarmone in metazoa
著者 : Doshun Ito, Hinata Kawamura, Akira Oikawa, Yuta Ihara, Toshio Shibata, Nobuhiro Nakamura, Tsunaki Asano, Shun-Ichiro Kawabata, Takashi Suzuki, and Shinji Masuda
DOI : 10.1038/s42003-020-01368-4 別窓
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E-mail : shmasuda@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5737 / Fax : 045-924-5823

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教授 及川彰

E-mail : oikawa@tds1.tr.yamagata-u.ac.jp
Tel / Fax : 0235-28-2892

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東京都立大学 大学院理学研究科 生命科学専攻

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