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腸内細菌の硫化水素合成能の役割を解明

腸内細菌は硫化水素を合成することで鉄の取り込みを上昇させる

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2024.10.22

要点

  • 細菌内の硫化水素合成は鉄の取り込み活性を上昇させ、抗生物質耐性を強めることを発見
  • 大腸菌の硫化水素センサータンパク質「YgaV」が硫化水素に応答して鉄の取り込みに必要な遺伝子の発現を活性化させることを発見
  • 新たな抗生物質の創薬につながると期待

概要

東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系の野々山翔太助教(生命理工学コース 主担当)、増田真二教授(生命理工学コース 主担当)のグループは、同 総合研究院 化学生命科学研究所の田中寛教授(ライフエンジニアリングコース 主担当)、九州大学 大学院医学研究院の後藤恭宏助教(現 国立遺伝学研究所准教授)、林哲也教授らと共同で、細菌の硫化水素(H2S)合成能が鉄(Fe)の取り込み活性の調節に重要であること、ならびにその制御を欠損すると抗生物質耐性が低下することを見出した。

多くの腸内細菌は硫化水素合成能を持ち、その機能を強化すると細胞内での硫化鉄(FeS)の形成が促され、その結果抗生物質耐性が高まることが分かっていた。しかしそのメカニズムは不明であった。

今回の研究では、過剰な硫化水素合成能を持つ変異体の大腸菌を作出し、その株の遺伝子発現[用語1]を解析したところ、細胞への鉄の取り込みに関与する遺伝子の発現が上昇していることが分かった。さらにその遺伝子発現の上昇には、硫化水素センサータンパク質「YgaV」の働きが必要であることを発見した。また、YgaVの機能を欠損させると、鉄取り込み活性が著しく阻害されることを明らかにした。この発見により、薬剤耐性を生じさせない新たな抗生物質の開発につながるものと期待される。

研究成果は9月26日(現地時間)に「mBio」オンライン版に掲載された。

2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

背景

鉄は細菌の生育に必須の元素であり、鉄が欠乏した条件下におかれた細菌は環境中の鉄を効率よく取りこむためにさまざまな方策を講じる。特に哺乳類の腸内は鉄が不足気味で、鉄の獲得をめぐって腸内細菌と宿主生物とでせめぎ合いが生じている。例えば、腸内細菌は鉄の取り込みを効率よく行うためにシデロフォア[用語2]と呼ばれる鉄結合性有機分子を合成・分泌する。一方、哺乳類はシデロフォア結合タンパク質を分泌し、シデロフォアの機能を阻害することで病原性を持った腸内細菌からの感染を防止していることが分かっている。

また、近年の研究から、毒物として知られる硫化水素が細菌のさまざまな生理機能を制御することが分かってきている。動物の腸内における硫化水素濃度は宿主の活動により大きく変動し、腸内細菌は呼吸を阻害する硫化水素濃度の変動への対応に迫られる。また、硫化水素は細菌内で一定量生合成され、さまざまな生理機能の調節に働くことが近年明らかになってきている。細菌における硫化水素合成は、鉄との反応(硫化鉄の形成)を通じて抗生物質耐性や宿主への感染・増殖に深く関わることが報告されており、その機能に注目が集まっている。

これまでの研究で増田教授らは、光合成を行う細菌の硫化水素応答性転写因子「SqrR」の同定に成功している。この転写因子は、硫化水素を積極的に利用しない腸内細菌にも保存されていた。上述のように腸内の硫化水素濃度は宿主や細菌叢の活動により大きく変動することから、腸内細菌内の硫化水素は何らかの転写制御に影響を与えると考えられていたが、その仕組みと生理機能は不明のままだった。

研究成果

本研究では、腸内細菌の代表例である大腸菌の硫化水素合成の機能を調べるために、硫化水素合成酵素MstAを過剰に発現させた大腸菌を作出し、その株の遺伝子発現変化を網羅的な転写物解析[用語3]により調べた。その結果、シデロフォアの形成に関連する遺伝子(例:FepAやCirA)や、シデロフォアの取り込みを行うタンパク質(EhuB/CやFepC/D/G)の発現が上昇していた。また、SqrRと相同性のあるタンパク質「YgaV」の変異体では、MstAを過剰発現させてもそれらの転写は上昇していなかった。これらの結果から、YgaVが細胞内で合成された硫化水素を検知し、その量に応じて鉄の取り込みに必要な遺伝子の発現を活性化していることが分かった。

大腸菌は、MstAによる硫化水素合成を介してYgaVの転写制御能を調節することで、鉄の取り込み活性を適切に保ち、その結果、活性酸素種の生成をできる限り抑制していると考えられる。また、この切り替えは、薬剤耐性を示す上で重要な役割を果たすことも分かった。

図1. MstAによる硫化水素(H2S)合成とYgaVによる転写制御機構、またそれらの生理的重要性のモデル。硫化水素はシステイン(Cysteine)からMstAにより合成され、その量は厳密に制御されている。細胞内の硫化水素量が高まると、YgaVによる細胞外からの鉄の取り込みに関与する遺伝子の発現が上昇し、細胞内の利用可能な鉄の量が増加する。鉄の量が増加すると、活性酸素の消去酵素の活性が高まり抗生物質耐性が強まる。YgaVは、嫌気呼吸に関連した遺伝子の発現を制御することで活性酸素の生成を抑え、抗生物質耐性やレドックスバランスの維持に貢献することが分かっている。

社会的インパクト

本研究により、細菌内の硫化水素合成に依存した転写制御のメカニズム、またその生理機能が明らかとなった。抗生物質の開発と多剤耐性菌の出現はイタチごっこが続いており、抗生物質の新たなターゲットの同定は、薬物耐性を極力生じさせない創薬開発を加速化させる可能性を秘めている。YgaVはその候補となりうる。

今後の展開

これまで、硫化水素合成が抗生物質耐性に関与していること、また腸内細菌の生理機能に重要な役割を持つことは分かっていたが、その仕組みは未解明であった。今回、大腸菌を用いた研究から、硫化水素に応答したYgaVによる転写の制御が鉄の取り込みの調節と抗生物質耐性に重要であることが分かった。この発見は、抗生物質の開発に向け新たな指針を提供すると期待される。

  • 付記

本研究は、科学研究費助成事業の学術変革A(21H05271)、先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(22H04925)の支援を受けて実施された。

  • 用語説明

[用語1] 遺伝子発現:遺伝情報からタンパク質が作り出される過程を指す。すなわち、遺伝子の実体DNAからRNAが合成され(転写)、RNAからタンパク質が作られる(翻訳)一連の過程を指す。

[用語2] シデロフォア:鉄(III)イオンと強力に結合する分子の総称で、鉄(III)イオンと結合したのちに細胞に回収される。

[用語3] 転写物解析:培養した細胞内の、大量のmRNA分子の個々の配列と量を明らかにする解析。

  • 論文情報
掲載誌: mBio
論文タイトル: Increased intracellular H2S levels enhance iron uptake in Escherichia coli
著者: Shouta Nonoyama, Shintaro Maeno, Yasuhiro Gotoh, Ryota Sugimoto, Kan Tanaka, Tetsuya Hayashi and Shinji Masuda
DOI: 10.1128/mbio.01991-24別窓

お問い合わせ

東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 増田真二

Tel 045-924-5737
Fax 045-924-5823
E-mail shmasuda@bio.titech.ac.jp

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