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ビリン合成制御によるシアノバクテリアのフィコビリソームの機能改変

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2024.08.01

要点

  • 光合成微生物シアノバクテリアは、集光性アンテナ複合体フィコビリソームを用いることで効率的に光エネルギーを捕集し光合成に利用しています。
  • フィコビリソームは光を吸収するビリンという化合物とタンパク質からなります。ビリンは捕集する光の色に応じて異なっており、細胞の色にも大きく関わっています。
  • 一般的な青緑色のシアノバクテリアのビリンは青色のフィコシアノビリンですが、自然界には赤色のシアノバクテリアも存在しています。このようなシアノバクテリアは赤色のビリンであるフィコエリスロビリンを持っています。
  • 研究グループはフィコエリスロビリンを誘導剤依存的に合成するシアノバクテリアを構築し、シアノバクテリアの細胞色を緑から茶色、ピンク色に変えることに成功しました。
  • 緑色のシアノバクテリアにおいて、フィコエリスロビリンが過剰に蓄積すると、フィコビリソームの構造が壊れることが分かりました。
  • フィコエリスロビリンの生産量を適切に制御することで、野生種が利用できない緑色光でも光を捕集し、光合成装置にそのエネルギーを伝達できるフィコビリソーム(キメラフィコビリソーム)を作り出すことに成功しました。
  • シアノバクテリアはカーボンニュートラルな有用物質生産ホストとして期待されています。 この研究で開発されたフィコビリソームの制御技術は、光をより効率的に捕集できるシアノバクテリアの創出や人工光合成など、さまざまな分野での応用が期待できます。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の前田海成助教(ライフエンジニアリングコース 主担当)、東京農業大学大学院バイオサイエンス専攻の佐藤瑞穂、川口毅修士課程学生(研究当時)、渡辺智准教授、東京都立大学大学院理学研究科の渡辺麻衣特任助教、成川礼准教授、および東京大学の池内昌彦名誉教授らの研究グループは、光合成微生物であるシアノバクテリア[用語1]の集光アンテナ複合体フィコビリソーム[用語2]に含まれるビリン[用語3]の代謝を改変し精密にコントロールすることで、フィコビリソームの性質を改変することに成功しました。

本研究成果は国際学術誌「ACS Synthetic Biology」に7月22日付けで掲載されました。

研究成果

光合成微生物シアノバクテリアは、光合成に必要な光を効率よく集めるためにフィコビリソームと呼ばれる“アンテナ”をもっています(図1)。このフィコビリソームは、光を受け取る性質をもつビリンという化合物とそれを支えるタンパク質でできています。赤色の光を好むシアノバクテリアは、フィコビリソームに青色のビリン(フィコシアノビリン)を使っています。一方で、緑色の光を好むシアノバクテリアは、赤色のビリン(フィコエリスロビリン)を使っています。自然界では、フィコシアノビリンだけを持つシアノバクテリアと、フィコシアノビリンとフィコエリスロビリンの両方をもつシアノバクテリアがいます。シアノバクテリアは、ビリンの量や種類を調整することでさまざまな光環境に適応しています。

図1 集光性アンテナ複合体フィコビリソーム

図1. 集光性アンテナ複合体フィコビリソーム

研究グループは、このビリンの調整を人工的に行うことでフィコビリソームの性質をコントロールできる方法を開発しました。青緑色のシアノバクテリアであるシネココッカスの細胞内でフィコエリスロビリンの合成酵素(PebAB)を誘導剤の有無に応じて発現させることで、フィコエリスロビリンの量をコントロールすることに成功しました(図2)。誘導剤を添加してPebABを発現しつづけると、青緑色のシネココッカスの培養液は茶色になり、さらに誘導剤を添加して培養を続けると培養液はピンク色へと変色しました。誘導剤を抜くと茶色だった細胞色は青緑色に戻ることも示され可逆的に制御できることも分かりました(図3)。

図2 フィコエリスロビリンの制御によるフィコビリソームの機能改変

図2. フィコエリスロビリンの制御によるフィコビリソームの機能改変

図3 PebAB 誘導発現シアノバクテリア培養液の継時的変化

図3. PebAB 誘導発現シアノバクテリア培養液の継時的変化

青緑色、茶色、ピンク色のそれぞれの細胞からフィコビリソームを取り出して比較すると、茶色とピンク色のフィコビリソームは複合体構造が壊れていることが分かりました(図4)。しかし、誘導剤を少量いれて弱くPebABを発現させると、複合体構造を維持したままフィコシアノビリンとフィコエリスロビリンが共存したフィコビリソーム(キメラフィコビリソーム)が得られることに気がつきました(図1, 2)。フィコエリスロビリンは緑色の光を吸収する性質を持ちます。そこで緑色の光のもとで光合成の活性と増殖を調べたところ、キメラフィコビリソームを持つシアノバクテリアは緑色光を光合成に利用でき、野生株よりも早く増殖することが分かりました(図5)。

図4 PebAB過剰発現によるフィコビリソーム複合体の崩壊

図4. PebAB過剰発現によるフィコビリソーム複合体の崩壊

図5 緑色光下における増殖の比較

図5. 緑色光下における増殖の比較

今後の展望/波及効果

シアノバクテリアはCO2を固定しつつ炭素化合物を合成するため、カーボンニュートラルな次世代の有用物質生産ホストとして期待されています。フィコビリソームの機能改変を目的とした本研究は、シアノバクテリアの環境適応能や細胞機能の進化の解明に貢献できるだけでなく、地球に降り注ぐ光エネルギーを余すことなく利用するための高性能な集光システムの開発にも貢献できる画期的な成果です。

多くのフィコエリスロビリンを含みつつ、より安定な複合体を構築できれば、さらに効率よく緑色光を吸収できるようになるかもしれません。何故、フィコエリスロビリンを過剰に蓄積するとフィコビリソームが崩壊したのか、原因はまだ分かっていませんが、ビリンが結合するタンパク質にその謎を解く鍵があると考えています。このように研究グループはフィコビリソームの構造的な特徴をさらに明らかにすると共に、それらの知見を活かして、自然界のフィコリビリソームを超える性能を持つフィコビリソームの創成を目指して研究を進めています。

  • 付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)(JPMJAL1608)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)(JPNP17005)、JSPS科研費(23H02130、23K26823、24H00871)の支援を受けて実施されました。

  • 用語説明

[用語1] シアノバクテリア : 藍藻とも呼ばれる原核微細藻類です。植物の葉緑体の祖先生物と考えられており植物と同様の酸素発生型光合成により増殖します。シアノバクテリアは多種多様な生物群であり海、湖沼、氷河など地球上のさまざまな環境に生息しています。増殖に有機炭素源を必要とせず、光合成によりCO2を吸収しながら成長すること、さらに植物よりも増殖が早いことから、持続型物質生産を可能とする次世代ホストとして世界中で注目されています。

[用語2] フィコビリソーム : シアノバクテリアなどに存在する光捕集システムです。光エネルギーを捕捉し、光合成の反応中心に伝達します。フィコビリソームは、タンパク質とビリンという化合物から構成されています。シアノバクテリアは環境中の光のスペクトルに応じてフィコビリソームの色素組成を調整します。これにより、シアノバクテリアはさまざまな光環境に適応し、光合成効率を最大限に引き出すことができます。

[用語3] ビリン : 発色団として働く化合物(開環テトラピロール)であり、光エネルギーの吸収および伝達に関与します。これまでに数種のビリンが見つかっていますが、主要なのは青色のフィコシアノビリンと赤色のフィコエリスロビリンです。フィコシアニンは、フィコシアノビリンが結合した色素であり、赤色の光を効率的に吸収します。一方フィコエリスリンはフィコエリスロビリンがタンパク質に結合しており、緑色の光を効率的に吸収します。自然界にはフィコシアニンとフィコエリスリンの両方を持つ種も存在しており、ビリンの量を調節することで周囲の光環境に適応します。

  • 論文情報
掲載誌 : ACS Synthetic Biology (2024)
論文タイトル : Functional Modification of Cyanobacterial Phycobiliprotein and Phycobilisomes through Bilin Metabolism Control
著者 : Mizuho Sato*, Takeshi Kawaguchi*, Kaisei Maeda, Mai Watanabe, Masahiko Ikeuchi, Rei Narikawa, and Satoru Watanabe
DOI : 10.1021/acssynbio.4c00094別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

助教 前田海成

Email kmaeda@res.titech.ac.jp
Tel 045-924-5856

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