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光合成微生物シアノバクテリアにおける広宿主ベクターの開発とその利用

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2023.04.04

要点

  • 光合成微生物であるシアノバクテリア[用語1]が持つプラスミド[用語2]の複製に関わるタンパク質CyRepA2 (Cyanobacterial Rep A2) を同定しました。
  • CyRepA2が幅広いシアノバクテリア種に保存されていることを明らかにしました。
  • CyRepA2を導入した発現ベクター[用語3]を開発し、複数種のシアノバクテリアがCyRepA2の複製システムを使用してプラスミドを複製できることを示しました。
  • 当該ベクターを用いてシアノバクテリア細胞内で放線菌の代謝酵素を過剰発現させ、揮発性テルペノイド[用語4]であり香料として有用な1,8-シネオールの生産に成功しました。
  • シアノバクテリアはカーボンニュートラルな有用物質生産ホストとして期待されており、本研究で開発された広宿主域ベクターはシアノバクテリアの産業利用を加速させる新たな遺伝子工学ツールとして期待できます。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の前田海成 助教(ライフエンジニアリングコース主担当)、東京農業大学大学院バイオサイエンス専攻、坂巻裕 博士課程学生(日本学術振興会特別研究員DC2)、小野美月 修士課程学生、生命科学部バイオサイエンス学科、重成希 学部学生(研究当時)、荷村(松根)かおり 博士研究員、千葉櫻拓 教授、渡辺智 准教授、同分子生命化学科、下村健司 准教授らの研究グループは、光合成微生物であるシアノバクテリアのプラスミド複製に関わるタンパク質CyRepA2を同定し、CyRepA2を用いたベクターが幅広いシアノバクテリア種で利用できることを発見しました。さらにこのベクターを用いてシアノバクテリアによる揮発性テルペノイドの生産系を構築しました。

発表内容

CO2を固定しつつ炭素化合物を合成するシアノバクテリアはカーボンニュートラルな次世代の有用物質生産ホストとして期待されています。これまで産業微生物では遺伝子改変により目的に応じた形質を付与することで、人工代謝経路や所望の形質の導入が行われてきましたが、シアノバクテリアでは利用可能な遺伝子工学ツールが限られているのが現状でした。特にシアノバクテリアはベクターとして利用可能なプラスミドについての情報が乏しく、その複製機構は、ほとんどわかっていませんでした。

研究グループは、シアノバクテリアのモデル生物としてよく利用されているSynechocystis sp. PCC 6803 (以下PCC 6803) を材料として、プラスミド複製に関わる領域の網羅的スクリーニングを実施し、PCC 6803のプラスミドpCC5.2内に高い複製活性を持つ領域を見つけました(図1)。この領域に含まれる機能未同定のタンパク質はPCC 6803だけでなく幅広いシアノバクテリアに保存されていたことからCyRepA2 (Cyanobacterial Rep protein A) と命名し、これを用いて発現ベクターpYSを構築しました(論文1)。GFPをpYSに搭載し、宿主域と発現活性について調べたところ、pYSはPCC 6803やSynechococcus elongatus PCC 7942(以下PCC 7942)のみならず、 海洋性シアノバクテリアであるSynechococcus sp. PCC 7002や系状性シアノバクテリアであるAnabaena sp. PCC 7120においても安定的に保持されることが示されました(図2)。特にPCC 7942ではGFPを指標とした場合、染色体での発現系に比べ10倍以上の高い発現量が確認されました。

図1 シアノバクテリア自律複製領域の探索

図1. シアノバクテリア自律複製領域の探索

図2 GFP蛍光を指標としたpYSの宿主域評価

図2. GFP蛍光を指標としたpYSの宿主域評価

続いて、研究グループは物質生産研究におけるpYSの有用性を実証しました。植物の葉緑体の祖先生物であるシアノバクテリアは葉緑体と類似した代謝機能を有します。この点に着目し、植物の生産するテルペノイドを生産のターゲットとしました。1,8-シネオールはユーカリなどに含まれる揮発性のテルペノイドで医薬品やアロマ成分として利用されています。通常、植物では二つの酵素の反応によって1,8-シネオールが生産されますが、研究グループは単独で1,8-シネオールを合成できる放線菌の酵素CnsAに着目しました。cnsA遺伝子をシアノバクテリア用に人工合成し、これをpYSへとクローニングしたのちにシアノバクテリアPCC 7942へと導入しました。これによりPCC 7942においてCnsAを誘導発現させることで、1,8-シネオールの生産に成功しました(図3)。

図3 シアノバクテリアを用いた揮発性テルペノイド、1,8-シネオールの生産

図3. シアノバクテリアを用いた揮発性テルペノイド、1,8-シネオールの生産

今後の展望/波及効果

CO2削減と物質生産を両立させるシアノバクテリアを用いたものづくりは時代のニーズに合った技術です。pYSは幅広いシアノバクテリア種で利用可能であることがわかっており、シアノバクテリアの産業利用を加速させる新たな遺伝子工学ツールとして期待ができます。また本研究はシアノバクテリアの基礎研究の発展にも大きく貢献できます。シアノバクテリアではプラスミドの複製機構についても情報が乏しく、CyRepA2の発見がDNA複製やゲノム科学分野に新たな知見をもたらすと期待できます。

現状において、1,8-シネオールの生産量は従属栄養細菌を用いた生産系には及びません。しかし、テルペノイド代謝経路の最適化や回収方法を検討することで1,8-シネオールの増産や持続的な生産が可能になると考えられます。植物では希少価値の高いテルペノイドがいくつも見つかっています。シアノバクテリアは強いテルペノイド代謝経路を有しているため、希少テルペノイドの生産ホストとして有用であると考えられます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)(JPMJAL1608)、JSPS科研費(20K05793、JP22J13447)および生物資源ゲノムセンターの共同利用・共同研究拠点事業の支援を受けて実施されました。

  • 用語説明

[用語1] シアノバクテリア : シアノバクテリアは藍藻とも呼ばれる原核微細藻類です。植物の葉緑体の祖先生物と考えられており植物と同様の酸素発生型光合成により増殖します。シアノバクテリアは多種多様な生物群であり海、湖沼、氷河など地球上の様々な環境に生息しています。増殖に有機炭素源を必要とせず、光合成によりCO2を吸収しながら成長すること、さらに植物よりも増殖が早いことから、持続型物質生産を可能とする次世代ホストとして世界中で注目されています。

[用語2] プラスミド : プラスミドとは、微生物の細胞内に存在するDNA分子で、染色体DNAとは別のシステムで独立して複製します。大腸菌などでは10 kbp程度のプラスミドが一般的ですが、シアノバクテリアは例外的に100 kbp規模の巨大なプラスミドを保持する種が多く見つかっています。

[用語3] 発現ベクター : 発現ベクターとは、細胞内での遺伝子発現のために設計されたプラスミドです。発現ベクターには、発現させる配列 (本研究の場合、GFP遺伝子やテルペノイド合成遺伝子)やその発現を制御するための配列、マーカー遺伝子(薬剤耐性遺伝子など)に加え、ホストの細胞内での複製に必要な“自律複製領域”が必要です。本研究で構築したpYSベクターは大腸菌の複製開始領域ColE1とシアノバクテリアの複製に必要なCyRepA2を持っており、大腸菌とシアノバクテリアの両方の細胞内で複製できます。このようなベクターをシャトルベクターと呼びます。

[用語4] テルペノイド : テルペノイドとはイソプレンからなるユニットを構成単位とする天然化合物の総称で、ステロールやホルモンなどの生体成分や精油、原薬、天然ゴムなどを含んでいます。植物のテルペノイドの多くは葉緑体で作られます。

  • 論文情報

本研究成果は国際学術誌「Frontiers in Microbiology」および「Bioscience, Biotechnology and Biochemistry」のオンライン版に掲載されました。

掲載誌 : Frontiers in Microbiology (2023)
論文タイトル : Characterization of a cyanobacterial Rep protein with broad-host range and its utilization for expression vectors
著者 : Yutaka Sakamaki, Kaisei Maeda, Kaori Nimura-Matsune, Taku Chibazakura, Satoru Watanabe
掲載日 : 2023年3月23日
DOI : 10.3389/fmicb.2023.1111979別窓
掲載誌 : Bioscience, Biotechnology and Biochemistry (2023)
論文タイトル : Photosynthetic 1,8-cineole production using cyanobacteria
著者 : Yutaka Sakamaki, Mizuki Ono, Nozomi Shigenari, Taku Chibazakura, Kenji Shimomura Satoru Watanabe
掲載日 : 2023年2月22日
DOI : 10.1093/bbb/zbad012別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

助教 前田海成

E-mail : kmaeda@res.titech.ac.jp

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