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光合成微生物シアノバクテリアにおける新奇プラスミド複製因子の発見

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2024.02.16

要点

  • 光合成微生物であるシアノバクテリア[用語1]が持つプラスミド[用語2]の複製に関わるタンパク質CyRepX(Cyanobacterial Rep-related protein encoded on pSYSX)を同定しました。また複数のシアノバクテリア種に保存されていることをゲノム情報解析により明らかにしました。
  • CyRepXが複製に関わる他のタンパク質と類似した構造を持つことが立体構造予測により示唆されました。
  • CyRepXを導入した発現ベクター[用語3]を開発し、既存のベクターと併用して外来遺伝子を発現できることを示しました。
  • シアノバクテリアはカーボンニュートラルな有用物質生産ホストとして期待されており、本研究で開発されたベクターはシアノバクテリアの産業利用を加速させる新たな遺伝子工学ツールとして期待できます。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の前田海成助教(ライフエンジニアリングコース 主担当)、東京農業大学 大学院バイオサイエンス専攻の大館和真、坂田実乃里修士課程学生、坂巻裕博士課程学生(研究当時)、荷村(松根)かおり博士研究員、渡辺智准教授、静岡大学 理学部の大林龍胆助教およびFreiburg大学 Wolfgang R. Hess教授らの研究グループは、光合成微生物であるシアノバクテリアのプラスミド複製に関わるタンパク質CyRepXを新たに同定し、これを用いたベクターを開発しました。

本研究成果は2月14日(現地時間)に国際学術誌「Frontiers in Microbiology」のオンライン版に掲載されました。

研究成果

CO2を固定しつつ炭素化合物を合成する光合成微生物シアノバクテリアは、大腸菌や枯草菌などのモデル微生物とは異なり、複数の大型のプラスミドを持つ種が数多く見つかっています。プラスミドは細胞内で複製されることで維持されますが、複製機構が同じプラスミドは同じ細胞では共存できません(不和合性と呼ばれます)。シアノバクテリアが複数のプラスミドを同じ細胞に持つということは、それぞれのプラスミドの複製機構が異なっており、互いに協調しながら細胞機能を担うと考えられます。しかしながら、シアノバクテリアにおいてプラスミドの複製に関する情報は極めて限られていました。

Synechocystis sp. PCC 6803(以下PCC 6803)は一番最初に全ゲノム配列情報が完全解読されたシアノバクテリアであり、主染色体の他に4つの大型プラスミド(pSYSM, pSYSX, pSYSA, pSYSG)を持つことが知られています(図1)。研究グループは、これまでにpSYSAの複製に関わる因子CyRepAを同定しましたが[参考文献1、2]、他の大型プラスミドの複製因子は不明でした。本研究ではPCC 6803のゲノムライブラリーを用いた網羅的スクリーニングを実施し、新たに複製活性を持つ領域を2ヵ所(slr6031、slr6090遺伝子)見つけました(図2)。この2つの遺伝子は共にpSYSX上に存在しており、配列が酷似していることから同様の機能を持つホモログであると考えられました。

図1 シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803のゲノム構成

図1. シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803のゲノム構成

図2 シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803の自律複製領域の探索

図2. シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803の自律複製領域の探索

slr6031、slr6090遺伝子がコードするタンパク質Slr6031、Slr6090は幅広いシアノバクテリア種に保存されている一方で、その機能は配列情報だけからでは全くわかりませんでした。そこで立体構造予測プログラムを用いて解析を進めた結果、Slr6031、Slr6090の立体構造が他の微生物が持つDNA複製関連タンパク質と似ていることに気がつきました。次にslr6031、slr6090遺伝子を用いて発現ベクターp6031およびp6090を構築し異種のシアノバクテリアであるSynechococcus elongatus PCC 7942(以下PCC 7942)を用いて複製活性を評価しました。p6031およびp6090は共にPCC 7942において保持されたことから、Slr6031/Slr6090を新規の複製因子としてCyRepX(Cyanobacterial Rep-related protein encoded on pSYSX)と命名しました(図3左)。

さらに研究グループはp6031/p6090の有用性を検証しました。CyRepA配列を用いて作られたpYSベクターと比較すると、CyRepXを搭載するp6031/p6090ベクターの細胞内でのコピー数は少なく、GFPの発現量や安定性は低いことがわかりました。しかし興味深いことに、PCC 7942細胞内においてp6031/p6090はpYSや他のプラスミドと共存できることが示され、PCC 6803の細胞内で起こっている「プラスミド同士の協調」を人為的に再現することができました(図3右)。

図3 異種シアノバクテリア(PCC 7942)を用いたCyRepXの有用性評価

図3. 異種シアノバクテリア(PCC 7942)を用いたCyRepXの有用性評価

シアノバクテリアはカーボンニュートラルな次世代の有用物質生産ホストとして期待されています。CyRepXの発見はシアノバクテリアにおけるプラスミド複製の理解だけでなく、新しい遺伝子工学ツールの開発にも貢献できる画期的な成果です。

今後の展開

CO2削減と物質生産を両立させるシアノバクテリアを用いたものづくりは時代のニーズに合った技術です。CyRepXを用いたベクターp6031/p6090は既存のベクターと組み合わせて使用できることが示されており、シアノバクテリアの産業利用を加速させる新たな遺伝子工学ツールとして期待ができます。また本研究はシアノバクテリアの基礎研究の発展にも大きく貢献できます。シアノバクテリアではプラスミドの複製機構についても情報が乏しく、CyRepXの発見がDNA複製やゲノム科学分野に新たな知見をもたらすと期待できます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)(JPMJAL1608)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)(JPNP17005)、JSPS科研費(20K05793、23H02130、JP22J13447)および生物資源ゲノムセンターの共同利用・共同研究拠点事業の支援を受けて実施されました。

  • 用語説明

[用語1] シアノバクテリア : 藍藻とも呼ばれる原核微細藻類です。植物の葉緑体の祖先生物と考えられており植物と同様の酸素発生型光合成により増殖します。シアノバクテリアは多種多様な生物群であり海、湖沼、氷河など地球上の様々な環境に生息しています。増殖に有機炭素源を必要とせず、光合成によりCO2を吸収しながら成長すること、さらに植物よりも増殖が早いことから、持続型物質生産を可能とする次世代ホストとして世界中で注目されています。

[用語2] プラスミド : 微生物の細胞内に存在するDNA分子で、染色体DNAとは別のシステムで独立して複製します。大腸菌などでは10 kbp程度のプラスミドが一般的ですが、シアノバクテリアは例外的に100 kbp規模の巨大なプラスミドを保持する種が多く見つかっています。

[用語3] 発現ベクター : 細胞内での遺伝子発現のために設計されたプラスミドです。発現ベクターには、発現させる配列 (本研究の場合、GFP遺伝子)やその発現を制御するための配列、マーカー遺伝子(薬剤耐性遺伝子など)に加え、ホストの細胞内での複製に必要な“自律複製領域”が必要です。本研究で構築したp6031およびp6090ベクターは大腸菌の複製開始領域ColE1とシアノバクテリアの複製のための領域としてCyRepXを持っており、大腸菌とシアノバクテリアの両方の細胞内で複製できます。このようなベクターをシャトルベクターと呼びます。

[1] Kaltenbrunner et al., Regulation of pSYSA defense plasmid copy number in Synechocystis through RNase E and a highly transcribed asRNA, Front Microbiol., 2023, 1112307.

[2] Sakamaki et al., Characterization of a cyanobacterial rep protein with broad-host range and its utilization for expression vectors, Front Microbiol., 2023, 1111979.

  • 論文情報
掲載誌 : Frontiers in Microbiology (2024)
論文タイトル : Discovery of Novel Replication Proteins for Large Plasmids in Cyanobacteria and Their Potential Applications in Genetic Engineering
著者 : Kazuma Ohdate, Minori Sakata, Yutaka Sakamaki, Kaisei Maeda, Kaori Nimura-Matsune, Ryudo Ohbayashi, Wolfgang R. Hess and Satoru Watanabe
DOI : 10.3389/fmicb.2024.1311290別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

助教 前田海成

Email kmaeda@res.titech.ac.jp

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