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神経結合を適正化する、新たなタンパク質機序を解明

タンパク質複合体によって「不適切な」神経結合が抑制され、「適切な」神経結合を形成

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2024.04.09

要点

  • 神経結合に働く新たな免疫グロブリン様ファミリータンパク質の発見。
  • シナプス形成開始因子の局在を適切に規定することで、特異的に「適切なパートナー」と結合する仕組みを解明。
  • 新たな神経回路形成モデルを提唱し、神経回路形成異常による疾患の治療にもつながる重要な成果。

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の鈴木崇之准教授(生命理工学コース主担当)と小坂二郎大学院生(現新潟大学特任助教)らの研究チームは、鍵-鍵穴分子として働く新たな免疫グロブリン様ファミリータンパク質[用語1]を発見し、それらによる神経結合の仕組みを解明した。

神経細胞は、生体内で適切な接続相手を選び出し、その相手とのみシナプス[用語2]を介して神経結合を行う。一方で、移植した細胞や培養された細胞などの特殊な環境下では、無差別的にシナプス形成[用語3]を行うという「二面性」を持っている。すなわち、生体内においては「不適切なパートナー」との誤接続を防ぎ、特異的に「適切なパートナー」と接続する仕組みがあると考えられるが、その詳細はよく分かっていなかった。

本研究では、神経結合に働く新しい免疫グロブリン様スーパーファミリーが共受容体[用語4]シナプス形成開始因子[用語5]との複合体により形成され、シナプス形成することを発見した。さらに、細胞内ドメインを介して、シナプス形成開始因子の局在を正確に規定することで適切な量・位置のシナプス形成を促進すると同時に、不適切なシナプスを形成しないように抑制していることが分かった。このことは、神経細胞はある程度誰とでも結合を形成する能力を有しているが、この複合体のような仕組みによって「順位付け」がなされており、通常状態では「適切なパートナー」のみと接続する仕組みになっていることを示唆する。本研究はショウジョウバエを用いて実施されたが、ここで明らかになった神経回路形成の新たなモデルは、高等生物でも広く保存されている可能性があり、神経回路形成異常による神経疾患に対する治療への応用も期待できる。

本研究は米国学術雑誌「Cell Reports」オンライン版に2024年2月19日に掲載された。

背景

適切な神経間で選択的に相互作用する分子(鍵-鍵穴分子、図1)の存在は、神経同士がつながる(神経結合)うえで重要だと考えられている。代表的な鍵-鍵穴分子は神経細胞に発現する膜タンパク質であり、相互作用ドメインを有する多くの膜タンパク質が神経結合に重要な役割を持つことが明らかになっている。神経細胞は膜タンパク質のような鍵-鍵穴分子の働きによって、適切な神経をパートナーとして選択的にシナプス形成を行い、適切な神経回路が形成されると考えられる。

しかし、神経細胞は移植した細胞や、培養した細胞などの特殊な環境下では、「無差別的に」さまざまな神経をパートナーとしてシナプス形成を行うという「二面性」を持っている。すなわち、生体内においては「不適切なパートナー」との誤接続を防ぎ、特異的に「適切なパートナー」と接続するしくみがあると考えられるが、その詳細はよく分かっていなかった。

図1 「鍵-鍵穴分子」による神経接続

図1. 「鍵-鍵穴分子」による神経接続

研究成果

鈴木准教授らのグループは、モデル生物であるショウジョウバエの視神経を用いて、適切な神経結合を誘導できる分子を探索した。そして、免疫グロブリン様ファミリータンパク質のひとつであるside-IVを視神経に強制発現させたところ、Side-IVのリガンド[用語6]であるBeat-IIbが集積し、シナプス形成を誘導できることを発見した(図2左)。このシナプス形成は、beat-IIbを欠損させたショウジョウバエでは起きない。このことから、Side-IVとBeat-IIbは、相互作用によって神経結合を誘導する新規の鍵-鍵穴分子であることが分かった。さらに、Side-IVは共受容体であるKirreとシナプス形成開始因子Dsyd-1と複合体形成することで、シグナル伝達をすることが分かった(図2右)。

図2 新規「鍵-鍵穴分子」のSide-IVとBeat-IIbは、分岐型シグナル伝達を行う。 野生型の視神経は、シナプスを神経末端にのみ形成し、上部には形成されない(黄色矢頭)。side-IVを強制発現させるとリガンドであるBeat-IIbが集積し、その近傍にシナプスを形成する(黄色矢印)。Side-IVは細胞外のドメインを介して、Beat-IIbおよびKirreと、細胞内のドメインを介してDsyd-1と相互作用することで、シグナル伝達を行う。

図2. 新規「鍵-鍵穴分子」のSide-IVとBeat-IIbは、分岐型シグナル伝達を行う。

野生型の視神経は、シナプスを神経末端にのみ形成し、上部には形成されない(黄色矢頭)。side-IVを強制発現させるとリガンドであるBeat-IIbが集積し、その近傍にシナプスを形成する(黄色矢印)。Side-IVは細胞外のドメインを介して、Beat-IIbおよびKirreと、細胞内のドメインを介してDsyd-1と相互作用することで、シグナル伝達を行う。

上記の実験から、Side-IVは視神経で強制発現することで、神経結合の誘導を十分に促す分子であることが分かった。次に、もともとSide-IVが発現している神経細胞で、Side-IVを無くしたときに神経結合にどのような影響を与えるのかを調べた。Side-IVは視神経では発現していないため、他の神経系で解析する必要があった。そのために、トランスクリプトーム[用語7]およびコネクトーム[用語8]データを利用し、Side-IVとBeat-IIbを発現している神経細胞ペアを探した。そして、視神経二次細胞であるラミナ神経のL2細胞でSide-IVが、L4細胞でBeat-IIbが発現していることが分かった(図3左)。

Side-IVが欠損した変異体では、ラミナ神経のDistal領域に異所性シナプス形成が観察され、不適切なパートナーとのシナプス形成が誘導された(図3中央)。このことから、Side-IVはL2神経が不適切な接続相手と誤接続しないように抑制していることが示唆された。正常な神経においては、Side-IVはL2神経のProximal領域に限定して局在し、細胞内ドメインを介してDsyd-1がDistal領域に漏出しないように制御することが分かった。Dsyd-1はシナプス形成開始因子としても知られる。局在解析と遺伝学的解析の結果、Side-IVはDsyd-1の局在を正確に規定することでシナプス形成を促進すると同時に、不適切なパートナーとシナプスを形成しないように抑制し、適切な神経回路形成に働くことが分かった(図3右)。

上述のように、神経細胞は決められたパートナーと接続することで適切な神経回路を形成する一方で、もともとは無差別に接続するという二面性を併せ持つと考えられる。本研究で明らかになった複合体形成のような仕組みによって神経結合を起こす細胞や場所に順位付けがなされており、通常状態では適切なパートナーとのみ接続する仕組みになっていることを示唆する。

図3 Side-IVはDsyd-1の局在を正確に規定することで適切な神経回路形成を行う。 L2神経とL4神経はProximal領域に相互シナプスを形成する。トランスクリプトーム解析より、L2神経でside-IVが、L4神経でbeat-IIbが発現していることが予想されていた。side-IV変異体(Side-IVを欠損させたもの)はDistal領域に異所性シナプスを誘導し、その結果不適切なシナプス結合が発生する。正常な神経においてはSide-IVはBeat-IIb依存的にProximal領域に限定した局在を示し、Dsyd-1をProximal領域に集積させ、Distal領域に漏出しないように制御する。これによって、L2神経は適切なパートナーであるL4神経とのシナプス接続を促進すると同時に、不適切なパートナーとの誤接続を抑制する。

図3. Side-IVはDsyd-1の局在を正確に規定することで適切な神経回路形成を行う。

L2神経とL4神経はProximal領域に相互シナプスを形成する。トランスクリプトーム解析より、L2神経でside-IVが、L4神経でbeat-IIbが発現していることが予想されていた。side-IV変異体(Side-IVを欠損させたもの)はDistal領域に異所性シナプスを誘導し、その結果不適切なシナプス結合が発生する。正常な神経においてはSide-IVはBeat-IIb依存的にProximal領域に限定した局在を示し、Dsyd-1をProximal領域に集積させ、Distal領域に漏出しないように制御する。これによって、L2神経は適切なパートナーであるL4神経とのシナプス接続を促進すると同時に、不適切なパートナーとの誤接続を抑制する。

社会的インパクト

本研究では、新規の鍵-鍵穴分子を発見したことに加え、シナプス形成開始因子の適切な局在が、不適切な神経との誤接続を抑制するために重要であることを発見した。神経接続は過剰であっても不足していても、神経回路が適切に働かず自閉症や統合失調症のような神経疾患の原因になることが知られている。そのため、このような疾患に関しては、シナプス形成開始因子の量や局在を正常化するといった治療戦略が、有効である可能性が示唆された。

今後の展開

Side-IVとBeat-IIbは22種類の免疫グロブリン様ファミリータンパク質から成るタンパク質群であるが、その他のファミリータンパク質の機能はほとんど分かっていない。そのため、本研究でSide-IVが共受容体とシナプス形成開始因子と相互作用するように、その他ファミリータンパク質も、固有の共受容体とシナプス形成開始因子を有すると考えられる。これによって、神経接続の多様性と正確性が担保されている可能性がある。

  • 付記

本研究は、科学研究費助成事業(16H06457、21H05682、21H02483、21J12660、23H04220、23K19651)ならびに武田科学振興財団の支援のもとで行われたものである。

  • 用語説明

[用語1] 免疫グロブリン様ファミリータンパク質 : 抗体分子(免疫グロブリン)のタンパク質ドメインに類似したドメイン構造を持つ膜タンパク質群の総称。

[用語2] シナプス : 神経同士がつながる結合部に形成される構造体。

[用語3] シナプス形成 : 神経細胞間で情報伝達を可能にするために、シナプスの構成要素を集積し、組み立てる一連の過程のこと。

[用語4] 共受容体 : 特定の膜タンパク質のリガンド結合やシグナル伝達を促進する作用を持つ受容体。

[用語5] シナプス形成開始因子 : シナプス形成を開始するシグナルを伝達する分子。

[用語6] リガンド : 受容体に相互作用する分子。多くは膜タンパク質や分泌タンパク質に分類される。

[用語7] トランスクリプトーム : 細胞内に存在する全転写産物。

[用語8] コネクトーム : 神経回路の神経接続関係の全体像。

  • 論文情報
掲載誌 : Cell Reports
論文タイトル : Complex formation of immunoglobulin superfamily molecules Side-IV and Beat-IIb regulates synaptic specificity
著者 : Jiro Osaka, Arisa Ishii, Xu Wang, Riku Iwanaga, Hinata Kawamura, Shogo Akino, Atsushi Sugie, Satoko Hakeda-Suzuki, and Takashi Suzuki
DOI : 10.1016/j.celrep.2024.113798別窓
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お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

准教授 鈴木崇之

E-mail suzukit@bio.titech.ac.jp
Tel 045-924-5796 / Fax 045-924-5974

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