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タンパク質合成途上の新生鎖を網羅的に検出する手法の開発

細胞内でタンパク質ができつつある現場のスナップショットを取得可能に

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2023.02.08

要点

  • タンパク質合成途上の新生ポリペプチド鎖を網羅的に検出・定量する方法(PETEOS法)を開発。
  • 大腸菌をモデル生物として、細胞内でタンパク質ができつつある現場のスナップショットを得ることに成功。
  • 将来的には真核生物への応用や、医療・創薬への貢献も期待。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの丹羽達也助教、茶谷悠平特任助教、田口英樹教授(生命理工学コース主担当)、同大学 生命理工学院 生命理工学系の山川絢子大学院生、幸保明直大学院生のグループは、タンパク質合成途上の新生ペプチド鎖(新生鎖)を網羅的に検出・定量する実験系を考案し、細胞内でさまざまなタンパク質ができつつある現場のスナップショットを得ることに成功した。

細胞内の全てのタンパク質は、セントラルドグマ[用語1]における翻訳という過程を経て、リボソーム[用語2]で合成される。近年、リボソームで合成途上の新生鎖が、翻訳過程の単なる中間体であるだけでなく、さまざまな生命現象に関与することがわかってきている。また、タンパク質合成量の厳密な制御には、転写過程だけでなく翻訳過程での制御も重要であることも明らかになってきた。しかし、新生鎖の化学的な実体である細胞内のペプチジルtRNAのみを網羅的に濃縮して検出・同定することは困難であった。

本研究グループは、ペプチジルtRNAがペプチドとRNAの両方の性質を持つことを利用した濃縮法である「PETEOS法」を考案した。このPETEOS法により、濃縮したペプチジルtRNAを同定し、細胞内の翻訳状態の状態を大規模に捉えることを可能にした。さらに応用例として、大腸菌の熱ショック応答などでの翻訳状況の変化を確認することに成功した。

本研究で開発した手法は、原理的には真核生物を含めたさまざまな生物への展開が可能である。また近年では、リボソームでの翻訳異常が関与する疾患が多く見つかっており、本研究成果も将来的に医療や創薬の分野での貢献が期待できる。

本研究成果は、欧州Oxford Academicが発行する専門誌「Nucleic Acids Research」に1月30日に公開された。

背景

タンパク質はあらゆる生物にとって、生命を維持するために必須な生体物質であり、細胞内には通常で数千~数万種類以上のタンパク質が存在する。その全てのタンパク質は、セントラルドグマにおける翻訳という過程を経て、リボソームという細胞内装置で合成される。リボソームで合成途上の新生鎖の化学的な実体は、新たに合成されたペプチド鎖とトランスファーRNA(tRNA)が共有結合でつながった、ペプチジルtRNAと呼ばれる分子種である。近年、新生鎖は翻訳過程の単なる中間体にとどまらず、さまざまな生命現象に関与することがわかってきている。しかし、細胞内のペプチジルtRNAは不安定で量的にもわずかであること、ペプチドとRNAの両方の性質をもつ扱いにくい分子であることなどから、細胞内のペプチジルtRNA全体に着目した研究はこれまでほとんどなかった。

一方、それぞれのタンパク質が合成される量は厳密に制御されている。その中心になっているのは、遺伝情報であるゲノムDNAから転写されるメッセンジャーRNA(mRNA)の合成量によって主に決まる、転写レベルでの制御だというのが従来の常識だった。しかし近年では、リボソーム上でmRNAを鋳型としてタンパク質が合成される過程、すなわち翻訳レベルでの制御も重要であることが急速に明らかになりつつある。

翻訳レベルでの制御を網羅的に理解するためには、細胞内でリボソームがどのような新生鎖を合成しているのかを調べることが重要である。この10年ほどの間に、細胞内の翻訳状況を次世代シーケンサーで調べるリボソームプロファイリング法や、質量分析装置を用いたショットガンプロテオミクス[用語3]による新生タンパク質解析法が開発されている。しかし、新生鎖の実体であるペプチジルtRNAを大規模に直接調べる方法は存在しなかった。

ショットガンプロテオミクスは、数千種類に及ぶタンパク質を同定できる優れた手法である。しかし、翻訳過程における制御を調べるためには、細胞内に多数存在する「既に合成された後」のタンパク質の中から、わずかな量の「新しく合成されている最中」のタンパク質、つまり合成途上の新生鎖のみを検出する必要がある。ショットガンプロテオミクスによって、新規に合成されたタンパク質を特異的に検出するための方法は既にいくつか報告されているが、いずれも数時間程度の反応時間が必要であったり、検出できる新生鎖に偏り(バイアス)があったりするなどの問題があった。そこで本研究グループでは、ペプチジルtRNAを特異的に濃縮することによって、細胞内における翻訳動態のスナップショットを得ることができるような実験系の開発を試みた。

研究成果

ペプチジルtRNAを特異的に濃縮するにあたって、本研究グループはペプチジルtRNAが、タンパク質(ポリペプチド)としての化学的性質と、核酸であるRNAとしての性質の両方を併せ持つという点に着目した。一般的な生化学実験では、細胞抽出液からタンパク質と核酸を分離する際には、フェノール試薬を用いた抽出法がよく用いられる。本研究では、ペプチジルtRNAを含む培養液に対してこの抽出法を用いると、ごく短いペプチド鎖からなるものを除く大部分のペプチジルtRNAは、タンパク質としての性質がより強く現れ、タンパク質画分に含まれることを見いだした。次に、今度はペプチジルtRNAの核酸としての性質を利用して、核酸精製用のシリカカラムを利用することで、タンパク質画分の中のタンパク質とペプチジルtRNAを分離することに成功した。さらに、こうして得られたペプチジルtRNA画分をアルカリ性条件下で高温処理することによって、ペプチド部分とRNA部分を切り離した。最終的に、ペプチド部分をショットガンプロテオミクス法で解析して、ペプチジルtRNA由来のペプチドがどのタンパク質に由来するペプチドなのかを同定することができた(図1)。本研究グループはこの手法を、「peptidyl-tRNA enrichment using organic extraction and silica adsorption」 の頭文字を取って、「PETEOS法」と名付けた。

図1 PETEOS法の概略

図1. PETEOS法の概略

次に概念実証として、大腸菌をモデル生物としてPETEOS法を実施した結果、約800種類程度のタンパク質に由来する約5,000種類のペプチドを同定することができた。検出されたペプチドについて、N末端からの相対距離を調べたところ、PETEOS法で得られたペプチドはN末端側に偏っていた(図2)。リボソームでのタンパク質合成はN末端から始まるので、得られたペプチドがN末端側に偏っていたことは、リボソームで合成途上のペプチジルtRNA由来であることによく合致するといえる。

さらに、PETEOS法で翻訳状況変化を捉える実証実験として、大腸菌の熱ショック応答の解析をおこなった。その結果、細胞に熱ショックを与えた際に速やかに合成が促進されることが知られている、分子シャペロンの強い発現増加をPETEOS法で観察することができた(図3)。PETEOS法を用いた場合には、通常のプロテオミクス法で同様の応答を調べたときと比べて、発現増加の割合が顕著に大きかったことから、より瞬間的な翻訳状況の変動を捉えることができたといえる。

図2. PETEOS法で同定されたペプチドのタンパク質内での相対位置。上:細胞内の全タンパク質画分および合成途上のペプチジルtRNAに由来するペプチドをプロテアーゼで切断した場合のペプチド数。タンパク質合成が完了した集団である全タンパク質画分ではタンパク質のN末端からC末端までペプチド数は等しいが、ペプチジルtRNA由来のペプチドではN末端側のペプチド数が多くなると予想される。下:実際のPETEOS法による解析の結果。PETEOS法で得られたペプチドは、N末端に近いほどペプチド数が多い。

  1. 図2. PETEOS法で同定されたペプチドのタンパク質内での相対位置。上:細胞内の全タンパク質画分および合成途上のペプチジルtRNAに由来するペプチドをプロテアーゼで切断した場合のペプチド数。タンパク質合成が完了した集団である全タンパク質画分ではタンパク質のN末端からC末端までペプチド数は等しいが、ペプチジルtRNA由来のペプチドではN末端側のペプチド数が多くなると予想される。下:実際のPETEOS法による解析の結果。PETEOS法で得られたペプチドは、N末端に近いほどペプチド数が多い。

図3. PETEOS法で捉えた翻訳状況変化。左:熱ショック時の大腸菌からPETEOS法で同定したペプチドでは、熱ショックタンパク質(シャペロン)由来のペプチドが大きく増加している。右:熱ショック時の種々のシャペロンタンパク質の増加率をPETEOS法と通常のプロテオミクス法とで比較したところ、PETEOS法での増加率が全体に高い。

  1. 図3. PETEOS法で捉えた翻訳状況変化。左:熱ショック時の大腸菌からPETEOS法で同定したペプチドでは、熱ショックタンパク質(シャペロン)由来のペプチドが大きく増加している。右:熱ショック時の種々のシャペロンタンパク質の増加率をPETEOS法と通常のプロテオミクス法とで比較したところ、PETEOS法での増加率が全体に高い。

社会的インパクト

翻訳過程を経るタンパク質合成はあらゆる生物に普遍的な基礎的な現象であるが、さらに近年ではリボソームでの翻訳異常が関与する疾患も多く見つかってきている。本研究成果は、翻訳レベルでのタンパク質合成制御に関する新たな発見や、翻訳異常が関わる疾患の分子機構の解明を通して、新たな治療戦略の開発や創薬の分野にも貢献できると期待される。

今後の展開

PETEOS法は完成された手法ではなく、ペプチド領域が非常に短いペプチジルtRNAはフェノール抽出の際にRNA画分に分配されやすいなど、分離のプロセスにはまだ改善の余地がある。今後の研究では、短いペプチジルtRNAを解析できるようにするなど、PETEOS法をさらに改良する必要がある。また、本研究の解析では原核生物である大腸菌をモデル生物として用いたが、原理的には真核生物などにも応用が可能であるので、出芽酵母やヒト由来の培養細胞など、さまざまな生物への展開も期待できる。

  • 付記

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(田口英樹:JP26116002、JP18H03984、JP20H05925、茶谷悠平:17K15062、19K16038、丹羽達也:17K15073)、大隅基礎科学創成財団(茶谷悠平)などの支援を受けて行われた。

  • 用語説明

[用語1] セントラルドグマ : DNA→RNA→タンパク質という情報の流れと変換を記述した、分子生物学の根幹をなす概念のこと。大きくは、DNAの塩基配列の情報がメッセンジャーRNAに写される「転写」と、メッセンジャーRNA、トランスファーRNA、およびリボソームなどの共同作用でタンパク質を合成する「翻訳」に分かれる。

[用語2] リボソーム : RNAとタンパク質からなる巨大な複合体であり、タンパク質の合成装置。リボソームはメッセンジャーRNAの塩基配列を読み取って、遺伝子に書き込まれている遺伝暗号に従って20種類のアミノ酸を選び、特定の順番につなげていくことにより、タンパク質の鎖(ポリペプチド鎖)を合成する。

[用語3] ショットガンプロテオミクス : 細胞抽出液に含まれるタンパク質をまとめてトリプシンなど部位特異的なプロテアーゼでペプチドに消化した上で、高速液体クロマトグラフィーと高感度の質量分析計を組み合わせた装置(LC-MS)とデータベース検索によりタンパク質を網羅的に同定する手法。一度の測定で1,000種以上のタンパク質の一斉同定が可能である。

  • 論文情報
掲載誌 : Nucleic Acids Research
論文タイトル : A method to enrich polypeptidyl-tRNAs to capture snapshots of translation in the cell(和訳:細胞内のタンパク質翻訳のスナップショットを得るためのペプチジルtRNA濃縮手法の開発)
著者 : Ayako Yamakawa, Tatsuya Niwa, Yuhei Chadani, Akinao Kobo and Hideki Taguchi
DOI : 10.1093/nar/gkac1276別窓
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教授 田口英樹

E-mail : taguchi@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax 045-924-5785

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