生命理工学系 News
東京工業大学は、高校生が大学レベルの講義を受けるプログラム「高大連携サマーチャレンジ」を毎年夏休みに開いています。2004年に開始し、2021年で18回目を数えます。2019年までは合宿形式で行いましたが、新型コロナウイルス感染症のため2020年に続き、2021年も大岡山キャンパスに通う方法で実施しました。
高大連携サマーチャレンジは、高校と大学の教育連携のありかたを実験的に検証することを目的とした「科学技術創造立国としての高大連携教育システム及びその効果に関する研究」の一環です。2021年が計画の最終年度で、区切りの夏となりました。
参加した高校生は5~6名ずつ9つのチームに分かれ、折り返し地点では班替えも実施して、多様なチームワークが体験できるようにしました。会場のくらまえホールにゆったりと各班のテーブルを配置し、マイクもスタンド式にして手を触れないで発言できるように置き、感染予防に配慮しました。
オープニングは水本哲弥理事・副学長(教育担当)の挨拶です。「18歳のみなさんとちょうど同じくらいの歴史を重ねているイベントです。ぜひ自分の可能性を発掘してください」とのエールで真夏の挑戦がスタートしました。
まずは初対面メンバー同士のアイスブレイク、恒例の「コラムランド」で発進です。今年のお題は「車」。事前にお題に沿って各メンバーが執筆したA4で1枚の文章が匿名の状態で配布されて班ごとに選考会が開催されます。真夜中のミニカーたちのおしゃべりを演劇仕立てにしたり、クイズをたくさん並べたり。みんなの発想力の豊かさに驚かされます。
「9番に止まれないって?」「車はきゅうに止まれない、だよ」。なごやかに議論が進み、「ブレーキを踏んだ。店が突っ込んできた」の2行インパクト勝負作品と、幼児の歩行器と老人の歩行器を並列して人生を表現した、しみじみ作品が仲良く首位を分け合う結果となりました。どちらも好き、個性に優劣なんて付けられない、そんな結論を導いたところ、さすがの眼力です。
全員の作品は会場ホールの横のボードに掲示され、どんな個性がつどった場なのか休憩時間に眺めながら実感できるしつらえとしました。
生命の進化に「発生」から迫るという研究分野が紹介されます。卵のなかやお母さんのおなかのなかで、どんなふうに顔や手足などの器官が形づくられていくのか、その過程やメカニズムを、動物間で比較することで進化のプロセスを推測するという研究方法です。
ほら、サメとヒトの発生で検証した事例がこちらです。サメではエラになった穴が、ヒトではふさがって、耳の穴や副甲状腺になっています。からだの一部のサイズや配置を相対的に変化させることで形を進化させた動物たちの例が紹介されたあと、課題が投げかけられます。発生プロセスから形の進化を考えるこの手法で自由に研究していいいとしたら、どんな動物を題材にしてみたいですか?
クジャクの華やかな羽根、カンガルーのおなかの袋、はたまたチョウチンアンコウの発光器官、みんなやっぱり特異なものの発生に興味があるようですが、なかには、ひたすらいろんな動物の「しっぽ」だけに着目して比較研究してみたいという発想もありました。からだの形づくりのプロセスを大胆に予測し、その仮説を検証してみたいと考え、実験計画をみんなで練ってみるというチャレンジは、研究者が日常的に行っているプロセスだと教えてもらいました。
毎年、いちばんフロアが盛り上がる熱い挑戦が、身近なモノを分解して仕組みを解明し発表する2日がかり長丁場の分解チャレンジです。これまで、校庭のライン引きやコーヒーメーカーなどの大きいものから、チョロQやボールペンなどの小さいものまで、さまざまなグッズが登場してきました。さて今年は?
チャック付きポリ袋と歩数計です。まずは手分けして観察し、分解して仕組みを考えます。キッチン用品としておなじみのチャック付きポリ袋は、とても安価でありふれているのに、なかなかのスグレモノです。ルーペで拡大したり、ばねばかりで開封にかかる力を測定したり、切断してサイズを変えてみたり、調べれば調べるほど、じつに精密に使いやすさが計算されつくしていることに驚かされます。
かたや歩数計のほうは「測定誤差」が焦点。すり足で歩いたり走ったりすると、大きなズレが生じてしまいます。では、そのズレを解消するには、どんなメカニズムを工夫すれば良いのか、分解図とにらめっこです。
一晩おいた翌日はいよいよ班ごとの成果発表。5分の持ち時間に必ず全員で発表することが求められます。ついコンテンツを盛り込み過ぎてしまいがちになるので、今年は15分間のリハーサルタイムを取って、きっちり事前練習をしました。おかげで、大部分の班が時間内発表に成功。身近なグッズへの観察眼とともに、タイム・マネジメントのスキルも身についたようです。
席に着くとテーブルの上には、いろんなペットボトルが整列しています。おなじみの透明なもの、飲み口の部分が白くなっているもの、底が5角形に割れているもの。先生が問いかけます。なぜ、それぞれ色や形が違っているのでしょうか。
タイプごとに入っている飲料が異なるので考えやすかったようです。口が白いのは熱さに耐えるため、5つの底の出っぱりは炭酸飲料の圧力をうまく分散させるためと生徒たちの答えが出てきました。
では、その白い部分は他の透明な部分と別素材なの、それとも同じ? 重ねて先生が問いかけます。うーん、くっきり成型されていて堅そうだし、全く別の素材に見えます。ここで実験タイムです。
テーブル上のヒートガンで透明なペットボトルの口をゆっくりと熱してみて、と指示が出ます。みんなが見つめるなか、強力な熱風にさらされた部分が、じわじわ白く変わってゆきます。なるほど、同素材みたいですね。
ヒートガンで熱することで何が起きたのでしょうか。グラフを提示して、先生が解説してくれます。温度が上がると、それまで結晶になれなかった高分子たちもどんどん結晶になって結晶の分率が増えます。そうすると硬度が上がり、かつ光の散乱が起きて透明なものが白く見えるようになるんですよ。
たった今、目の前で白く変わる現象を体験したばかりなので、説明がするする頭に入ってきます。変幻自在な高分子が織りなすプラスチックの多様な世界を旅するうちに、いつしか話題は環境問題へシフト。夢の素材がゴミになり、微少なマイクロプラスチックになったり海底に沈んだりして困った事態になっています。さあ、どうしよう?最後はみんなで「SDGsのために今すぐできるアイディア」を話し合って終わりました。
各テーブルにトランプが2組配られます。何が始まるのでしょう。
パズルを2つ出題しますよ、と先生がにこやかにリードします。ルールに従ってスタートのカード列からゴールのカード列まで変形してください。カード列をどこで区切るかで展開が変わってくるので、意外とむずかしく、各テーブル試行錯誤です。第1問ができた班は?半分くらい手が挙がりました。第2問は?どこも挙がりません。そう、第2問は「解無し」が正解なんです。
実はこのパズルには攻略法があって、試行錯誤せずに正解が得られます。この攻略法はちゃんと「解無し」という答も出してくれます。そこで、この攻略法がいつでも必ず正しい答を出すことを証明しましょう、と先生。
証明のために「合流性」「一意性」といった専門用語が登場して、後ろで見ている教員は面食らいますが、高校生の柔らかい頭は先生の説明にすぐについていきます。そして3つの定理の証明が課題になりました。
最初は個人でじっくり考えて、その後は班で議論しながら証明を進めます。各班ホワイトボードでの議論が白熱して、あまりの白熱ぶりに制限時間が延長されたほどです。その後、先生から解説がありますが、証明が完成しなかった班も自分たちで議論した後なので解説をすんなりと理解できます。
最後は、このパズルがコンピュータサイエンスにどう関わっているのか、また、攻略法が存在しないパズルがある、といった話でしめくくられました。
コンピュータサイエンスの数学的な面に触れることができた、新鮮なチャレンジでした。
アンケートで答えてもらったコメントからの抜粋です。