生命理工学系 News
細胞内で蛋白質を集積化するペプチドの開発
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の三木卓幸助教、三原久和教授(共に生命理工学コース主担当)の研究グループは、ペプチド[用語1]を用いることによって任意の蛋白質を集め、固有の機能をもつ人工オルガネラ(細胞内小器官)[用語2]を造り上げる技術を開発した。
生命の基本単位である細胞には、細胞核やミトコンドリアといったさまざまなオルガネラが存在し、それぞれが物質の取り込み、エネルギー変換、物質生産、ごみ処理といった細胞機能の一端を担っている。本研究では、ペプチドを用い、細胞という社会の中に人工的なオルガネラを設計し建造するコア技術を開発した。
オルガネラの作成にあたっては、自発的に規則的な集合化を行い、特定の構造体を形成する自己集合性ペプチド[用語3]に着目した。そして、完全に人工的な配列で構成された、15のアミノ酸が連なったペプチド(アミノ酸配列[用語4]:YEYKYEYKYEYKYEY、Y:チロシン、E:グルタミン酸、K:リシン)である「Y15ペプチド」を開発した。このY15ペプチドは、直線的なβ-シート構造[用語5]をとり、それが自己集合化してファイバー状の構造をつくる。そこで、集積したい任意の蛋白質にY15ペプチドをタグ付けすることによって、細胞内で蛋白質集合体を作製できる。
本技術は、望みの機能を持つ人工オルガネラを設計し、構築する基盤技術となるため、将来的に細胞工学や細胞治療への応用が期待される。
今回の成果は、英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)」のオンライン版で現地時間6月7日に公開された。
生命の基本単位である細胞の内部には、さまざまな種類のオルガネラ(細胞内小器官)が存在しており、例えば細胞核は遺伝子情報を貯蔵・管理し、ミトコンドリアは化学エネルギーの変換を行うなど、それぞれに独自の役割を担っている。
各々のオルガネラの内部に存在する蛋白質の種類は、こうした多彩で独特な機能を発現するために大きく異なっており、その研究手段として、これまで主にオルガネラ内にある蛋白質の組成を網羅的に調べるプロテオミクス[用語6]などが用いられてきた。しかし近年、オルガネラにおける細胞機能と蛋白質群の関連性の理解をさらに進めることを目的に、人工的に蛋白質群を細胞内で集積化させ、オルガネラを再構築する合成生物学[用語7]のアプローチが重要視されるようになっている。
そこで三木助教らは、自発的に規則正しい集合化を行う性質を持つ自己集合性ペプチドに着目した。自己集合性ペプチドを、任意の蛋白質にタグとして連結することによって集積化を行い、細胞内で人工オルガネラを構築する手法の開発を目指した。
オルガネラの中には、脂質膜に覆われずに蛋白質やRNAなどが集積して形成され、液のつぶの様な形状をした構造体であるメンブレンレスオルガネラ[用語8]が存在し、遺伝子発現や代謝の調節などを行う。
本研究では、任意の蛋白質に自己集合性ペプチドをタグ付けすることによって蛋白質の集合化を促し、メンブレンレスオルガネラに類似した蛋白質集合体を人工的に作製しようと考えた。
具体的には、(1)既存の自己集合性ペプチドの機能をより強化した「Y15ペプチド」の集合性評価を行った後、(2)そのY15ペプチドをタグとして用いた場合の、蛋白質の自己集合性について検討した。続いて、(3)実際の細胞内における自己集合性についても検討を行った後、(4)特定の機能をもつ蛋白質にY15ペプチドをタグ付けして集合化を促進することで、生体機能を持つ人工オルガネラの構築を目指した。
その結果、自己集合性ペプチドであるY15ペプチドは、タグとして用いられた場合でも、結合された蛋白質の自己集合化を促すことが分かった。その機能は細胞内でも維持されることも明らかになった。さらに、このY15ペプチドを用いると、アクチン重合反応を促進する機能をもった蛋白質であるNck蛋白質の集合化を促すことができ、細胞内において独自の機能を持ったオルガネラを構築することに成功した。
最初に、本研究に用いる自己集合性ペプチドの作成を行った。
三木助教が所属する三原研究室では、これまでのペプチド工学を利用したケミカルバイオロジー研究の結果、疎水性のチロシン(Y)と、親水性のグルタミン酸(E)およびリシン(K)を繰り返したY9ペプチド(アミノ酸配列:YEYKYEYKY、Y:チロシン、E:グルタミン酸、K:リシン)が、水溶液中でβ-シート構造を取りながら集合化し、ナノファイバーを形成することを発表している。
本研究では、細胞内という極めて複雑で多様な物質が混在する環境でも集積化するペプチドを開発する必要があったため、このY9ペプチドをもとにペプチド鎖長を伸長し、ペプチド同士の相互作用点を増やして集積化を行いやすくしたY15ペプチド(アミノ酸配列:YEYKYEYKYEYKYEY)を作成し、水溶液中での集合性を評価した。その結果、従来のY9ペプチドに比べて低濃度でも強く集合することが判明した。
次に、Y15ペプチドが蛋白質を集積化するタグとして機能するかを検討した(図1a)。モデルとして集積の有無を確認する蛋白質として、緑色蛍光蛋白質(Green Fluorescent Protein/GFP)であるsuperfolder GFP(sfGFP)を用い、N末端[用語9]にY15ペプチドを連結した「Y15-sfGFP」を設計・作成し、同蛋白質における自己集合性の有無を確認した。蛍光顕微鏡による観察の結果、Y15ペプチドをタグ付けしたY15-sfGFPは、生理食塩水中で自己集合化し、顆粒状の蛍光として観察された(図1b)。また、透過型電子顕微鏡(TEM)での観察から、約14 nm幅のナノファイバー状に集積していることも判明した(図1c)。これは、Y15ペプチド自身が、β-シート構造で相互作用したと仮定した場合の幅とよく一致していた。
(a)Y15-sfGFP蛋白質の自己集合化
(b)蛋白質溶液の蛍光顕微鏡での観察画像(Scale bar=100 µm)
(c)Y15-sfGFPの透過型電子顕微鏡(TEM)観察(Scale bar=100 nm)
続いて、Y15ペプチドをタグ付けすることによって、細胞内においても蛋白質が自己集積化するかを検証した。まず、ヒト胎児腎細胞であるHEK293細胞内にY15ペプチドをタグ付けした緑色蛍光蛋白質であるY15-sfGFPを発現させ、共焦点蛍光顕微鏡を用いて観察を行った結果、細胞内から、このsfGFPの集合体が観察できた。
また、4分子の集合体として存在する蛍光蛋白質で、緑色の蛍光を放つAzamiGreen(AG)にY15ペプチドをタグとして融合したY15-AGにおいては、µmサイズの大きな集合体が形成されることが判明した。さらに
光電子相関顕微鏡法[用語10]での観察から、膜をもたない100 nm程度の集合体が集まって形成されていることも分かった(図2)。
これらの結果を踏まえ、最後にY15ペプチドをタグ付けした蛍光蛋白質であるY15-AGで構成された集合体に生体機能を付与した人工オルガネラの構築に着手した。今回は、細胞の骨格を構成するアクチンの重合反応に関わるNck蛋白質[用語11]を用い、細胞遊走などに重要な同反応を促進する人工オルガネラの構築を実証することとした。
まず、Nck蛋白質にY15ペプチドを融合した。その自己集合性によってNck蛋白質を含む蛋白質集合体を細胞内で作製したところ、蛋白質集合体から重合化したアクチン繊維が検出された(図3)。この結果から、Y15ペプチドの使用によって、アクチン重合反応を促進する機能性蛋白質集合体の構築が行われたことが明らかになり、生体機能をもったオルガネラを人工的に作製できることが示された。
今回報告したY15ペプチドは、天然由来のものではなく、人工的な配列によって作成されたものである。こうした人工的な配列を持ったペプチドが細胞内環境でどのような振る舞いをするかについては未知の部分も多い。今後は、「ペプチドと生体分子との相互作用を理解する」という極めて基礎的な研究を着実に行うことで、サイズや物性の異なる集合体を合理的に設計できる技術の開発を目指すとともに、複数種の蛋白質を集積化し、より複雑な機能をもった人工オルガネラの構築にも挑戦していく。
本研究で作成・使用されたY15ペプチドは、他の蛋白質工学に基づいた手法と比べて極めてサイズが小さく、わずか15残基を遺伝子工学的に導入するだけで済むなど扱いも簡便である。Y15ペプチドのタグ付けが容易であることから、複数種類の蛋白質から成る集合体を自在に形成する唯一無二の技術となりえる。ここで挙げたような技術を開発することによって、細胞工学の基盤技術、さらには細胞治療などの応用に向けた展開が期待される。
本研究成果は、東京工業大学オープンファシリティーセンター(OFC)の協力によって得られた。また、本研究は、科学研究費助成事業 若手研究、日揮・実吉奨学会による研究助成および東工大 基礎研究機構 広域基礎研究塾「新研究挑戦奨励金」の支援により行われた。
[用語1]ペプチド : 2個以上のアミノ酸が、ペプチド結合を行うことによってできた化合物。蛋白質は、多数のアミノ酸が結合したポリペプチド。
[用語2]オルガネラ : 細胞内にあって、一定の機能を持つようになった小器官の総称。細胞内小器官、細胞小器官などとも呼ばれ、核、ミトコンドリア、ゴルジ体などが例として上げられる。
[用語3]自己集合性ペプチド : 水素結合や疎水性相互作用などの非共有結合によって、自発的に規則性をもつ集合体を形成するペプチド。
[用語4]アミノ酸配列 : ペプチドや蛋白質を構成している、アミノ酸の配列順序。この順序の違いによって、さまざまに異なる機能が発現する。
[用語5]β-シート構造 : 蛋白質の二次構造のひとつ。複数の伸びたペプチド鎖が、並行もしくは逆並行に相互作用して形成されるジグザグ状の直鎖構造。
[用語6]プロテオミクス(proteomics) : 特定の細胞、組織や空間に存在する蛋白質(protein)を総合的に調べる科学技術。質量分析などを用いて、試料に含まれる蛋白質の種類や量を網羅的に解析する。
[用語7]合成生物学 : 天然に存在する分子、分子集合体、システムを模倣し作製することによって生命原理を明らかにする学問。
[用語8]メンブレンレスオルガネラ : 蛋白質や核酸などが相互作用して形成される膜をもたない構造体。液体が複数の相に分離する液-液相分離により、特定の物質が濃度の高い液の塊として集まることで形成され、流動性をもつ液滴(液体のつぶ)としての物性をもつ。
[用語9]N末端 : ペプチドを構成するアミノ酸は、必ずアミノ基(-NH2)とカルボキシル基(-COOH)を持っており、あるアミノ酸分子のアミノ基と別のアミノ酸分子のカルボキシル基が脱水結合することによってペプチドを形成している。そのとき、カルボキシル基と結合せずに残っている端のアミノ基のことをN末端、またはアミノ末端という。
[用語10]光電子相関顕微鏡法 : 光学顕微鏡で観察した領域を、より空間分解能の高い電子顕微鏡で観察し、それぞれの像を重ね合わせて解析する手法。
[用語11]Nck蛋白質 : リン酸化チロシンの認識ドメインであるSH2(Src-homology 2)ドメインと、プロリンリッチモチーフと結合する3つのSH3(Src-homology 3)ドメインから構成され、細胞遊走などにおいてアクチンフィブリル細胞骨格の形成に関与する蛋白質。
掲載誌 : | Nature Communications |
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論文タイトル : | Intracellular artificial supramolecules based on de novo designed Y15 peptides |
著者 : | T. Miki, T. Nakai, M. Hashimoto, T. Kajiwara, H. Tsutsumi and H. Mihara |
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助教 三木卓幸
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