生命理工学系 News

複数の外部刺激に応答する人工イオンチャネルを開発

難治性疾患の治療法確立やバイオセンサー等への応用に期待

  • RSS

2021.01.27

要点

  • フッ素原子を含む非対称型の交互両親媒性分子を合成
  • 生命現象の根幹を担う天然イオンチャネルと同様の機能を有する人工分子を開発
  • 人工細胞の膜電位とチャネル遮断薬に応答、イオン輸送のON/OFFを自在に切り替え可能

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の佐々木崚大学院生、佐藤浩平助教および金原数教授(共に生命理工学コース主担当)は、東京大学 工学系研究科の田畑和仁准教授および野地博行教授らと共同で、新たにフッ素原子を含む非対称型の交互両親媒性分子[用語1]を合成することで、人工細胞の膜電位[用語2]チャネル遮断薬[用語3]に応答してイオン輸送のON/OFFを自在に切り替えることが可能な人工イオンチャネル[用語4]を世界で初めて作製した。

今回開発した人工イオンチャネルを利用することで、イオンチャネルが関係する難治性疾患の治療法確立や新規バイオセンサー等への開発に繋がることが期待される。

イオンチャネルは、我々の身体を構成する細胞の表面に数多く存在するタンパク質であり、細胞活動の維持に必須となるイオンを運ぶ役割を担っている。そして、その機能は複数の外部刺激によって緻密に制御されている。しかし、その構造は極めて複雑であり、同様の機能を人工分子によって実現することは困難であった。

本研究成果は米国科学誌Journal of the American Chemical Society(米国化学会誌)のオンライン版に1月14日(アメリカ東部時間)付で掲載された。

研究成果

本研究では生物の体内に存在するイオンチャネルの構造と機能から着想を得て、有機化学的手法により、フッ素原子を含む非対称型の交互両親媒性分子を合成した(図1)。この分子を、細胞膜モデルである脂質二重層[用語5]に添加したところ、分子の向きが脂質二重層の面に対して一方向に揃うとともに、膜電位の向きと大きさに応答してイオン輸送を行うことが明らかとなった(図2)。

図1. 本研究で開発した交互両親媒性分子の構造

図1. 本研究で開発した交互両親媒性分子の構造

図2. 膜電位の向きとそれに応じたイオン輸送能の変化

図2. 膜電位の向きとそれに応じたイオン輸送能の変化

ピークが現れている時間において、イオンが輸送されていることを示している

また、この分子に対して、ナトリウムチャネル遮断薬(抗不整脈薬)として知られるプロプラノロールを加えたところ、プロプラノロールが人工イオンチャネルを遮断し、イオン輸送が停止することが明らかとなった(図2)。さらに、シクロデキストリンを加え、人工イオンチャネルからプロプラノロールを除去することで、イオン輸送を再開させることにも成功した(図3)。

図3. プロプラノロールとシクロデキストリンの添加に応じたイオン輸送能の変化

図3. プロプラノロールとシクロデキストリンの添加に応じたイオン輸送能の変化

プロプラノロールは人工イオンチャネルをブロックし、シクロデキストリンはプロプラノロールを除去する機能を有する

背景

イオンチャネルは我々の身体を構成する細胞の表面に数多く存在するタンパク質であり、細胞活動の維持に必須となるイオンを運ぶ役割を担っている。例えば、脳からの指令を伝える神経の電気信号は神経細胞の細胞膜上に存在するイオンチャネルの働きによって伝達されている。そのために重要となるのが、複数の外部刺激に応答してイオン輸送のON/OFFを緻密に切り替える機能である。

そこで、この機能を人工的に模倣することで、生命現象への理解を深めるとともに、身の回りの生活に役立つ材料の開発に繋げようとする試みがなされてきた。しかし、天然イオンチャネルの構造は大変複雑であり、同様の機能を人工的に実現することは極めて困難であった。

研究の経緯

金原教授らは過去10年にわたり、天然のイオンチャネルの構造と機能を模倣した交互両親媒性分子の開発に取り組んできた。今回の研究では交互両親媒性分子をより精密に設計し、構造中にフッ素原子を含む膜電位応答部位[用語6]チャネル遮断薬応答部位[用語7]を別々に組み込むことで、複数の外部刺激に応答してイオン輸送のON/OFFを切り替えるという機能を人工的に実現することに成功した。

今後の展開

私たちの体内のイオンチャネルに異常が起こることで、イオンチャネル病[用語8]と呼ばれる様々な難治性疾患が生じることが知られている。そこで、今回開発した人工イオンチャネルを利用し、異常が生じたイオンチャネルの機能を代替することで、新たな治療法の確立に繋がることが期待される。

 また、今回開発した人工イオンチャネルは我々の体内の細胞と同等の膜電位に応答可能なことから、神経や筋肉の活動を鋭敏に感知するバイオセンサーとしての応用も期待できる。

  • 用語説明

[用語1] 交互両親媒性分子 : 水との親和性が高い部位と、水との親和性が低い部位が交互に並んだ構造を有する分子。天然のイオンチャネルも同様の構造的特徴を有する。

[用語2] 膜電位 : 細胞膜を介した細胞内外のイオン組成の違いに由来する、電位差。全ての細胞に普遍的に存在する。

[用語3] チャネル遮断薬 : 体内のイオンチャネルを遮断する作用を有する薬剤。心臓の脈の乱れを整えるために使用される。

[用語4] 人工イオンチャネル : 細胞膜を貫通した細孔を形成し、その内部でイオンを輸送する人工分子。物質精製技術や疾患治療への応用が期待されている。

[用語5] 脂質二重層 : 脂質分子が向かい合うことで形成される、二重の層状の膜。ほぼ全ての生物の細胞膜の基本構造でもある。

[用語6] 膜電位応答部位 : フッ素原子の性質によって、膜電位の変化に応じて分子の構造を変化させることができる部位。

[用語7] チャネル遮断薬応答部位 : チャネル遮断薬との間で相互作用し、結合することができる部位。

[用語8] イオンチャネル病 : イオンチャネルの異常により、神経や筋肉の機能が損なわれる疾患。てんかん発作もこの一種である。

  • 論文情報
掲載誌 : Journal of the American Chemical Society
論文タイトル : Synthetic Ion Channel Formed by Multiblock Amphiphile with Anisotropic Dual-Stimuli-Responsiveness
著者 : Ryo Sasaki, Kohei Sato, Kazuhito V. Tabata, Hiroyuki Noji, Kazushi Kinbara
DOI : 10.1021/jacs.0c09470 別窓
生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に新たに発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院別窓

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 金原数

E-mail : kinbara.k.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5781 / Fax : 045-924-5836

  • RSS

ページのトップへ

CLOSE

※ 東工大の教育に関連するWebサイトの構成です。

CLOSE