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神経伝達物質に応答する人工イオンチャネルを開発

水精製技術への応用や難治性疾患の治療法確立に期待

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2020.06.26

要点

  • 生命現象の根幹を担うイオンチャネルと同様の機能を有する人工分子を開発
  • 神経伝達物質に応答して、イオン輸送のON/OFFを自在に切り替え可能
  • 細胞膜の表裏を認識し、その環境の違いに応じたイオン輸送を実現

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の金原数教授(生命理工学コース主担当)、東京農工大学 工学系研究院の村岡貴博准教授(研究当時:東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系助教)らの研究グループは、有機化学的手法によって非対称構造を有する交互両親媒性分子[用語1]を合成することで、細胞膜の表裏の違いを認識し、神経伝達物質[用語2]に応答してイオンを輸送する人工イオンチャネル[用語3]を世界で初めて開発した。

今回開発した人工イオンチャネルを利用することで、世界の水不足問題を解決する水精製技術への応用や、イオンチャネルが関係する難治性疾患の治療法確立に繋がることが期待される。

イオンチャネルは私たちの身体を構成する細胞の表面に数多く存在するタンパク質であり、細胞活動の維持に必要なイオンを運ぶ役割を担っている。しかし、その構造は極めて複雑であり、同様の機能を人工的に実現することは困難だった。

研究成果は英国の科学誌『Nature Communications(ネイチャー コミュニケーションズ)』に6月10日18時(日本時間)に公開された。

研究成果

本研究では生物の体内に実際に存在するイオンチャネルの構造から着想を得て、有機化学的手法により、非対称構造を有する交互両親媒性分子を合成した(図1)。この分子を細胞膜モデルである脂質二重層[用語4]に添加したところ、分子の向きが脂質二重層の面に対して一方向に揃うという現象を発見した。

図1. 本研究で開発した交互両親媒性分子の構造

図1. 本研究で開発した交互両親媒性分子の構造

さらにこの分子は神経伝達物質が脂質二重層を介して片側に存在する場合にのみ、神経伝達物質と結合し、イオン輸送を行うことが明らかとなった(図2)。また、異なる種類の神経伝達物質を加えることで、このイオン輸送を任意のタイミングで停止させることにも成功した。

図2. 神経伝達物質との結合によるイオン輸送能の変化。グラフ上でピークが現れている時間において、イオンが輸送されていることを示している。

図2.
神経伝達物質との結合によるイオン輸送能の変化。グラフ上でピークが現れている時間において、イオンが輸送されていることを示している。

さらに、生きたマウス細胞に本研究で開発した分子と神経伝達物質を加えることで、細胞内へイオンを人為的に輸送することにも成功した(図3)。

図3. マウス細胞内にイオンが輸送されていく様子。22秒の時点で交互両親媒性分子を、45秒の時点で神経伝達物質をそれぞれ加えている。細胞内の緑色が濃くなるほど、多くのイオンが存在することを示している。

図3.
マウス細胞内にイオンが輸送されていく様子。22秒の時点で交互両親媒性分子を、45秒の時点で神経伝達物質をそれぞれ加えている。細胞内の緑色が濃くなるほど、多くのイオンが存在することを示している。

背景

イオンチャネルは、私たちの身体を構成する細胞の表面に数多く存在するタンパク質であり、細胞活動の維持に必要なイオンを運ぶ役割を担っている。例えば、脳からの指令を伝える神経の電気信号は、神経細胞の細胞膜上に存在するイオンチャネルの働きによって伝達されている。そのために重要となるのが、細胞膜の表裏の違いを認識し、刺激に応答してイオン輸送のON/OFFを切り替える機能である。

そこで、この機能を人工的に模倣することで、生命現象への理解を深めるとともに、身の回りの生活に役立つ材料の開発に繋げようとする試みがなされてきた。しかし、天然イオンチャネルの構造は大変複雑であり、同様の機能を人工的に実現することは極めて困難だった。

研究の経緯

金原教授らは過去10年にわたり、天然のイオンチャネルの構造と機能を模倣した交互両親媒性分子の開発に取り組んできた。今回の研究では交互両親媒性分子の構造を非対称化することにより、分子の向きを脂質二重層の面に対して一方向に揃えることができた。この技術の開発がブレイクスルーとなり、天然のイオンチャネルが有する細胞内外の環境の違いを認識し、刺激に応答してイオン輸送のON/OFFを切り替えるという機能を人工的に実現することに成功した。

今後の展開

イオンチャネルは様々な物質が混ざり合った液体から特定のイオンのみを輸送するという性質を有している。そこで、今回開発した人工イオンチャネルを利用することで、例えば海水から塩を取り除き、精製水を得るための技術に応用することが期待できる。

また、私たちの体内のイオンチャネルに異常が起こることで、イオンチャネル病(チャネロパチー)[用語5]と呼ばれる様々な難治性疾患が生じることが知られている。そこで、今回開発した人工イオンチャネルを利用し、異常が生じたイオンチャネルの機能を代替することで、新たな治療法の確立に繋がることが期待される。

  • 用語説明

[用語1] 交互両親媒性分子 : 水との親和性が高い部位と、水との親和性が低い部位が交互に並んだ構造を有する分子のこと。天然のイオンチャネルも同様の構造的特徴を有する。

[用語2] 神経伝達物質 : 神経細胞が他の細胞と接する箇所において、情報の伝達を仲介する物質のこと。本研究で用いた神経伝達物質は、この中のモノアミン神経伝達物質と呼ばれるものである。

[用語3] 人工イオンチャネル : 細胞膜を貫通した細孔を形成し、その内部でイオンを輸送する人工分子のこと。物質精製技術や疾患治療への応用が期待されている。

[用語4] 脂質二重層 : 脂質分子が向かい合うことで形成される、二重の層状の膜のこと。ほぼ全ての生物の細胞膜の基本構造でもある。

[用語5] イオンチャネル病(チャネロパチー) : イオンチャネルの異常により、神経や筋肉の機能が損なわれる疾患のこと。てんかん発作もチャネロパチーの一種である。

  • 論文情報
掲載誌 : Nature Communications
論文タイトル : A synthetic ion channel with anisotropic ligand response
著者 : Takahiro Muraoka, Daiki Noguchi, Rinshi S. Kasai, Kohei Sato, Ryo Sasaki, Kazuhito V. Tabata, Toru Ekimoto, Mitsunori Ikeguchi, Kiyoto Kamagata, Norihisa Hoshino, Hiroyuki Noji, Tomoyuki Akutagawa, Kazuaki Ichimura, Kazushi Kinbara
DOI : 10.1038/s41467-020-16770-z別窓
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