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羽ばたき飛行ロボットの翼への「風感覚」実装に期待
東京科学大学(Science Tokyo)※ 工学院 機械系の久保田健太大学院生(研究当時、修士課程)と田中博人准教授(機械コース 主担当)の研究チームは、ホバリングするハチドリのような羽ばたき機の翼に貼った曲げセンサのデータから、機体に当てた微弱な風の向きを機械学習によって区別することに成功しました。
これまでの研究で、飛行する鳥や昆虫の翼にはひずみ[用語1]に反応する感覚器が存在することが分かっていました。しかし、その感覚器からどのような情報を取り出して飛行に役立てているのかは未解明でした。
そこで研究チームは、ハチドリを模倣した柔軟な羽ばたき翼の羽軸に相当する部位7箇所に安価なひずみゲージ(曲げセンサ)を貼り、毎秒0.8メートルの弱い風の中で羽ばたかせて、ひずみデータと風向きの関係を機械学習させました。その結果、羽ばたき1周期分のデータから99%以上の高精度で風を区別できました。また、羽ばたき0.2周期分の短いデータからでも85%以上の精度が得られました。さらに、翼面内に風切羽のような羽軸構造が存在することで精度が向上することも分かりました。
今回の研究によって、ハチドリのように羽ばたいてホバリングする鳥や昆虫が、羽軸や翅脈(しみゃく)の曲げ変形から周囲の風向きを敏感に感じ取れることが示唆されました。今後、生物を規範とした羽ばたき飛行ロボットの研究開発において、風の状況を飛行制御にフィードバックできる「風感覚」実装への応用が期待できます。
本研究成果は11月11日付の「Advanced Intelligent Systems」に掲載されました。
※2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
飛行生物の柔軟な翼には、「ひずみ」に反応する感覚器が存在します。そうしたひずみ感覚器は、鳥では風切羽が接合する手と腕に存在し、昆虫では翅(はね)の表面の翅脈上や翅基部に存在します。翼が曲がれば表面にひずみが生じるため、ひずみ感覚器は翼の曲げに反応すると考えられます。しかし、鳥や昆虫が翼のひずみ感覚器からどのような情報を得て、どう飛行制御に利用しているのかはよく分かっていません。一方、飛行生物を規範とした羽ばたき飛行ロボットの研究も世界各国で行われています。飛行ロボットの翼で周囲の風を感じ取ることが可能になれば、機体が風で煽られる前に翼の羽ばたきを調整するといった飛行制御に利用できる可能性があります。
今回の研究では、ホバリング中の羽ばたき翼の曲げ変形から周囲の風の情報を得られるかを調べるために、曲げセンサを備えたハチドリを模倣した柔軟翼を製作しました。まず、風切羽の羽軸を模倣した先細りの3Dプリント人工羽軸をポリイミドフィルムに接着しました。そして、この人工羽軸の直下のフィルム面に、7つの安価なひずみゲージを接着しました(図1(a))。こうして製作した翼1枚を電動羽ばたき機構に取り付けて羽ばたかせました。この羽ばたき翼の諸元は、翼長80ミリメートル、羽ばたき周波数12ヘルツ、羽ばたき振幅160度、推力0.0032ニュートン、翼端の回転半径と最大速度で算出したレイノルズ数は34,000であり、このうち翼長、推力、レイノルズ数は、参考にしたハチドリに近い値になっています。
製作した模倣翼を、弱い風の中でのホバリングを模擬して風洞の中で羽ばたかせながら、翼面のひずみを計測しました。風速は、風洞装置の下限である毎秒0.8メートルとしました。これは、ビューフォート風力階級における至軽風(毎秒0.3~1.5メートル)に相当し、立ち昇る煙は風向きが分かる程度にたなびくような弱い風です。風洞内では、羽ばたき機を取り付けた支柱を回転ステージ上に立てて回転させることで、機体に対する風向きを変えました。機体の向きは、風に対して正面方向から翼側の横方向までの90度の範囲で、15度きざみで変えました(図2)。
動画. ハチドリ模倣翼の無風時の羽ばたきの様子:ひずみゲージ無しのスロー再生(0:06~0:27)、ひずみゲージ有りのスロー再生(0:31~0:52)、ひずみゲージ有りの通常速度再生(0:56~1:01)(AeroAquaBiomimeticsLab | 田中博人研究室公式YouTubeチャンネル)
風洞での計測で得られたひずみゲージのデータから風向きを区別できるように、畳み込みニューラルネットワークモデルでひずみデータと風向きの関係を機械学習しました。このとき、羽ばたき1周期分のデータと0.2周期分の短いデータの2通りで学習させました(図3)。
その結果、全てのひずみゲージのデータを使った場合、羽ばたき1周期分のデータからは風向きを99%以上の高精度で区別できました。さらに、羽ばたき0.2周期分の短いデータからでも85%以上の精度で区別できました。これは、羽ばたきホバリングするハチドリなどの生物には、翼の曲げ変形によるひずみから敏感に周囲の風向きを感知する「風感覚」が存在することを示唆しています。
図3. (a)風向きが正面のひずみデータの例。羽ばたき位相は0度から360度で1周期を表す。(b)0.2羽ばたき周期ずつのデータ切り出しの例。
一方で、1つのひずみゲージのみのデータを使った場合でも、羽ばたき1周期分のデータからは95%以上の高精度で分類できました。ただし、羽ばたき0.2周期分の短いデータからは精度が52%以上となり、区別精度が低下しました。各羽軸を比較すると、内側(S1とS2)と外側前縁(S5)のひずみゲージが比較的高い精度をもたらしました。
こうした機械学習による区別精度は、翼面内に人工羽軸が無い場合(図1(b))は低下しました。低下幅は、全てのひずみゲージを使った場合は0.2周期分データで4.4%、1周期分データで0.5%でした。また1つのひずみゲージを使った場合の低下幅は、1周期分データで平均7.2%、0.2周期分データで平均6.0%でした。この結果は、羽軸が風感覚を向上させることを示唆しています。
さらに、同じ羽軸上に貼ったひずみゲージ(図1(c)のSMiとSTi)を比較すると、1つのひずみゲージのデータのみを使った場合、中央部(SMi)の方が端部(STi)よりも高精度でした。その差は0.2周期分データの場合は平均8.8%、1周期分データの場合は平均3.1%でした。これは、羽軸の中央部の方が端部よりもひずみ計測に適することを意味します。ただし、端部の全てのゲージ(SM1 & SM2 & SM5)と中央部の全てのゲージ(ST1 & ST2 & ST5)を使った場合を比較すると、精度はほとんど同じで、その差は1%でした。
従来の航空機では、機体に対する相対風速の向き(迎え角)の計測には専用の機構が必要でした。しかしそうした従来の機構は小型の飛行ロボットに搭載するには大きく重すぎ、最近急速に普及している小型マルチコプタ(回転翼型飛行ドローン)にも搭載されていません。今回の研究の「翼の変形から風を感知する」という発想は、そうした従来のアプローチとは異なるものであり、さまざまな小型飛行体に応用できる可能性があります。
今回は、正面から側面にかけての風向きを高精度で区別しましたが、今後の研究では上下方向の風向きも区別できるかどうかを調べていく予定です。また、今回用いた畳み込みニューラルネットワークモデルは計算量が多く、機体に搭載する小型マイコンでは実行が難しいため、より簡易な計算モデルの開発も進めていきます。さらに、羽ばたき機を支柱に固定した状態ではなく、実際の飛行中の状態での検証を行います。これらによって、鳥や昆虫の飛行制御の理解や飛行ロボットへの応用が進むことが期待できます。
本研究は、文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)「ソフトロボット学の創成:機電・物質・生体情報の有機的融合」(課題番号:18H05468)の支援を受けました。
[用語1] ひずみ:物体が伸び縮みするときの、物体の元の長さに対する伸び縮み量の比。板が曲がる場合、曲げの内側の表面には圧縮ひずみが、外側の表面には引張ひずみが生じる。
掲載誌: | Advanced Intelligent Systems |
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論文タイトル: | Machine learning-based wind classification by wing deformation in biomimetic flapping robots: biomimetic flexible structures improve wind sensing |
著者: | Kenta Kubota, Hiroto Tanaka |
DOI: | 10.1002/aisy.202400473 |
田中 博人 Hiroto TANAKA
東京科学大学 工学院 機械系 准教授
研究分野:バイオミメティクス、ロボティクス、流体力学