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古代巨大ザメ・メガロドンの遊泳速度の推定も可能に
東京工業大学 工学院 機械系の佐山将太朗大学院生(研究当時、博士後期課程)と田中博人准教授(機械コース 主担当)らの研究チームは、ホホジロザメの全身標本の17箇所から表皮を採取し、X線CTで「楯鱗(じゅんりん)[用語1]」の形状を詳細に計測した。さらに、楯鱗をリブレット[用語2]と見なして、最も流体抵抗を低減する最適遊泳速度を流体力学的に計算する方法を考案した。計算の結果、ホホジロザメの楯鱗の中央の高い突起(大突起)と、その左右にある小さい突起(小突起)の組み合わせが、低速から高速まで広い速度範囲に適する可能性を示唆した。
楯鱗の突起をリブレットと見なして、体の先端からの楯鱗の距離と突起間隔から、流体摩擦抵抗を最も低減する最適遊泳速度を計算した。その結果、隣り合う大小突起は遊泳速度5 m/sから7 m/sに適し、大突起同士の広い間隔は遊泳速度2 m/sから3 m/sに適することが分かった。これは、最近記録された野生のホホジロザメの瞬発的な最高速度および長距離移動時の速度近い値である。これにより、左右の小突起が高速遊泳に、中央の大突起が低速遊泳に、それぞれ適していることが示唆された。さらに、この計算方法を、ホホジロザメと似た楯鱗を持つ古代の巨大ザメ・メガロドンに適用した。楯鱗の化石の突起間隔と推定体長から計算した結果、最適遊泳速度は5.9 m/sと2.7 m/sとなり、今回のホホジロザメの3.7倍もの体長にもかかわらず速度はホホジロザメと大差がないことが分かった。
今後は、本研究が提案した流体力学計算方法によって、古代ザメを含むさまざまなサメの遊泳速度の推定が可能になり、サメの生態や進化の研究の発展が期待できる。
本研究は、島津製作所の夏原正仁特任部長、国立科学博物館の篠原現人研究主幹、拓殖大学の前田将輝准教授と共同で行われ、8月2日付の「Journal of the Royal Society Interface」に掲載された。
サメは楯鱗という硬い鱗で覆われ、回遊性のサメの楯鱗には、頭から尾の方向に走る突起がある。その突起は、物体表面の乱流境界層[用語3]の摩擦抵抗を低減するリブレットの発想の源として広く知られている。ところが意外にも、これまで楯鱗のリブレットとしての流体力学的な大きさが調べられたことは、ほとんどなかった。したがって、サメの楯鱗がサメ遊泳において流体抵抗を低減するのかという疑問に対する答えは、未解明だった。さらに、ホホジロザメは知名度の高さに反して標本や生態データが少なく、全身の広い範囲で楯鱗の形状が調べられたことはなかった。特に、ホホジロザメの楯鱗には、中央に高い突起(大突起)が、その左右に小さい突起(小突起)があり、それら大小突起の組み合わせの機能も未知だった。
国立科学博物館が所蔵するホホジロザメ(学名:Carcharodon carcharias)の全身ホルマリン液浸標本(全長3.16 m、重量320 kg、標本番号 NSMT-P 125500)から、17箇所の表皮を採取し、高解像度X線CTで計測して3次元モデリングした(図1)。
楯鱗はおおよそ菱形状に配置されており、各楯鱗の中央の大突起と左右の小突起が、それぞれ列を形成して頭から尾の向きに配向する(図2)。そこで、大小の突起が形成する列群をリブレットと見なした。リブレットは、物体表面の乱流境界層内の縦渦を表面から遠ざけることで、流体摩擦抵抗を低減する。また、ある位置での縦渦の大きさは、流速が遅いほど大きく、速いほど小さい。そこで本研究では、隣り合う大突起と小突起が高速遊泳時の小さな縦渦を表面から遠ざけ、間隔が広く高い大突起が低速遊泳時の大きな縦渦を表面から遠ざけて、それぞれ抵抗を低減するというモデルを提案した(図3)。大突起の広い間隔s2は、大小突起の狭い間隔s1の2倍とした。楯鱗の突起に似たスキャロップリブレットの場合、乱流境界層の粘性底層[用語4]の厚さに対する相対的な無次元のリブ間隔s+が約17の時に摩擦抵抗低減率が最大となることが知られている。よって本研究では、s+が17となる速度を最適遊泳速度として算出した。その計算に必要な乱流境界層の粘性底層厚さは、サメの体およびヒレを平板に単純化して、平板の乱流境界層の流体力学計算式に、体先端およびヒレ前縁から楯鱗までの距離を代入して算出した。
図3.前方(頭側)から見た楯鱗と乱流境界層内の縦渦の模式図。体側中央(L3)の楯鱗ひとつを複製してs2 = 2s1となるように作図。
寸法計測の結果、突起間隔は先端・前縁からの距離が遠いほど大きかった(図4)。この傾向は、無次元間隔s+が17となる間隔s(図中の実線)の傾向に対応している。狭い大小突起の無次元間隔s1+が17になるのは、おおよそ遊泳速度が5 m/sから7 m/sのときだった。一方、広い大突起の無次元間隔s2+が17になるのは、おおよそ遊泳速度が2 m/s から3 m/sのときだった。体側中央付近(採取位置L3)では、大小突起の狭い間隔s1の最適遊泳速度は2.3 m/sとなり、大突起の広い間隔s2の最適遊泳速度は5.1 m/sとなった。これらの計算結果は、最近報告されたホホジロザメの長距離移動速度(約2 m/s)および瞬発的な最高速度(5.7 m/s)の文献値に近い。よって、楯鱗の左右の小突起が高速遊泳に、中央の大突起が低速遊泳に、それぞれ適していると考えられる。
提案した計算方法を用いれば、楯鱗の突起間隔と体先端からの距離から、最適遊泳速度を算出できる。そこで、ホホジロザメと似た楯鱗を持つ古代巨大ザメのメガロドンに適用して最適遊泳速度を試算した。化石の文献から、狭い大小突起間隔s1を100 μm、広い大突起間隔s2を200 μm、推定全長を11.7 mとし、全長の中央の位置(先端からの距離5.85 m)で計算した。その結果、最適遊泳速度はそれぞれ5.9 m/sと2.7 m/sとなった。これは、メガロドンの全長は今回のホホジロザメの3.7倍もあるにも関わらず、遊泳速度には大きな差がないことを意味する。
サメの遊泳速度データの収集は難しく、生態には未解明な点が多い。本研究で提案した計算方法により、さまざまな回遊性のサメや化石しか残っていない古代ザメの遊泳速度を、楯鱗の突起形状と全長から流体力学的に推定することが可能になった。これにより、サメの生態や進化の研究が進むことが期待できる。
また、本研究は、大突起と小突起が交互に並ぶリブレットが、高速と低速のどちらでも抵抗を低減するモデルを提案した。これにより、車両や船舶および航空機に応用可能な、広い速度範囲に適応するリブレットの開発が期待できる。
本研究の計算方法は実際のサメよりも単純である。実際のサメは平板ではなく、楯鱗の配置にはばらつきがあり、最適な無次元間隔s+が17であるかは不明である。今後は、それらの実際の複雑な形状や流れの影響を、流体力学実験やシミュレーションで明らかにする必要がある。
本研究は、文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)「ソフトロボット学の創成:機電・物質・生体情報の有機的融合」(課題番号:18H05468)、基盤研究(C)(課題番号:20K04283)、科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号:JPMJSP2106)、笹川科学研究助成(課題番号:2020-2034)、競輪(研究補助事業:課題番号2023M-263)の支援を受けて行われた。
[用語1] 楯鱗(じゅんりん) : サメやエイなどの軟骨魚類の硬い鱗。
[用語2] リブレット : 物体表面の微小な突起列の集合。物体表面の流れの乱流境界層において、粘性底層の厚さに対する相対的な突起間隔と高さが適切であるとき、流体摩擦抵抗を低減する。
[用語3] 乱流境界層 : 物体付近で流れが粘性の影響で遅くなっている領域を境界層と呼ぶ。境界層内の流れが時空間的に乱れている(乱流状態である)境界層を、乱流境界層と呼ぶ。乱流境界層は、境界層内の流れが乱れていない層流境界層よりも、物体表面での速度勾配が大きいため摩擦力が大きい。
[用語4] 粘性底層 : 乱流境界層内にある物体表面の非常に薄い層流の領域。
掲載誌 : | Journal of the Royal Society Interface |
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論文タイトル : | Three-dimensional shape of natural riblets in the white shark: relationship between the denticle morphology and swimming speed of sharks |
著者 : | Shotaro Sayama, Masahito Natsuhara, Gento Shinohara, Masateru Maeda, Hiroto Tanaka |
DOI : | 10.1098/rsif.2024.0063 |