機械系 News

発電ができる新世代冷却技術「レドックス・フロー熱電発電」の実用性を初めて証明

実用性をもつ高発電密度10 W/m2超を達成

  • RSS

2021.10.11

要点

  • 排熱源を「冷やしながら発電する」新世代冷却技術の劇的な発電性能向上
  • 高性能作動液の開発により、2019年の原理実証報告時より1桁以上高く実用性をもつ10 W/m2超の高発電密度を達成
  • 硬貨サイズの発熱面冷却でLEDの連続同時点灯などを実証、実用化に前進

概要

東京工業大学 工学院 機械系の村上陽一准教授(機械コース 主担当)、村上研究室博士後期課程学生 池田寛らの研究チームは、排熱源を液体で冷却する場面で発電を行うレドックス・フロー熱電発電[用語1]において、2019年の原理実証時別窓から1桁以上の劇的な性能向上を実現し、実用性をもつ10 W/m2超の高発電密度を達成した。研究チームはこれまで、世の中に多く存在する100~200 ℃の排熱面への新世代冷却技術として、「冷やしながら発電する」レドックス・フロー熱電発電を世界に先駆けて創出してきた。しかし、用いられた作動液の高粘度が発電性能を制限する問題があった。今回の研究では、粘度や安全性、実用性など、設定した諸条件をすべて満たすガンマ-ブチロラクトン[用語2]を作動液の溶媒として選定したことが成功の鍵となった。その結果、試験セルの実験では発電性能が劇的に向上し、硬貨サイズの小さな発熱面に対する冷却によって、セル直列なしでの緑LED8個の連続同時点灯やファンモーター回転という、以前では考えられなかったデモに成功した。これは本技術コンセプトの実用性を立証した歴史的なマイルストーンとなる成果である。

本成果は9月24日、王立化学会(英国)の査読付学術誌「Sustainable Energy and Fuels」にオンライン掲載(オープンアクセス)別窓された。

研究の背景と経緯

データセンター、パワー素子、車載電池セルの例をはじめとする排熱面冷却は、現代文明に不可欠な技術になっている。また、世界の200 ℃以下の熱エネルギー排出は、年間8 PWh(ペタワット時)という巨大な量に及んでいる[参考文献1]。100~200 ℃の熱源の多くは上記の例のような積極冷却を要する排熱面であり、そのような冷却の多くは、冷却液を排熱面上に流す「強制対流冷却」により行われている。

この状況では多量の熱が高温(排熱源)から低温(冷却液)に移動するが、この際に「熱エネルギーのエクセルギー[用語3]」、すなわち電力への可換分が散逸される。積極冷却に伴うこの散逸の問題は、社会ではこれまで対処されていない。

村上准教授らの研究グループはこの未解決問題に対処するため、従来別々に発展してきた熱電気化学発電[用語4a]と強制対流冷却とを統合した、図1に示す「レドックス・フロー熱電発電」を創出し、2017年に最初の実験結果を報告した[参考文献2]。その後2019年に、本技術のメカニズムを解明した上で、「発電量と、セル通過に必要な流体送付仕事との比(エネルギー利得、ゲイン)が1を超えていること」という、本コンセプトの成立要件に関する原理実証を報告した[参考文献3]

図1 レドックス・フロー熱電発電のコンセプト模式図

図1. レドックス・フロー熱電発電のコンセプト模式図

これらの成果は本コンセプトの原理的可能性を証明したが、用いた試験セルの小型電極(面積5.9 cm2、図2a)でも発電量は約0.25 mW(比較:レーザーポインターの出力は約1 mW)に留まり、発電密度は0.44 W/m2と低かった。また、同時期に独立に発表された、ゲインの概念がない他グループによる類似技術でも発電密度は0.05 W/m2 [参考文献4]、0.36 W/m2 [参考文献5]と低かった。そのため、本提案技術の実用化に向けては、大幅な発電性能の向上が必要とされていた。

研究成果

2019年の原理実証時のメカニズム解明から、作動液(酸化還元種溶液 兼 冷却液)の溶媒に用いたイオン液体[用語5]の高粘度が、溶質である酸化還元種[用語4b]の運動性を低下させ、それが低い発電量の原因であることが判明していた。

そこで本研究では、(1)水と同程度に低粘度であること、(2)沸点が200 ℃以上と高いこと、(3)酸化還元種の溶解度が高いこと、(4)高い化学的・熱的安定性をもつこと、(5)大量生産によってコストが低下しており十分な使用実績があること、(6)毒物劇物取締法に非該当であること、という条件を満たす液体を探索した結果、ガンマ-ブチロラクトン(GBL、用語2)が全ての条件を満たす液体として見いだされた。GBLを溶媒とした新作動液は炎を3分間接触させても着火せず、高い熱安定性と安全性が示された(図2b)。これにより、イオン液体を溶媒とした原理実証時の作動液から、狙い通り、粘度を劇的に低下させることに成功した(図2c)。

本研究で用いた、排熱面を模擬したカソード電極(面積:5.9 cm2)。比較は米国25セント硬貨。

酸化還元種をGBLに0.21 mol/L溶解させた作動液を円筒ガラス容器に入れ、液面に炎を接触させた写真(本実験は安全を十分に確保したドラフト内で防護の上実施)。3分間の接触後も着火せず、高い安定性と安全性を示した。

粘度の温度依存性の比較。本成果で開発した作動液(GBL)は、2019年の原理実証時に用いられたイオン液体を溶媒とした作動液(IL)から劇的な粘度低下に成功している。本図の著作権情報は注1参照。

  1. 図2.(a) 本研究で用いた、排熱面を模擬したカソード電極(面積:5.9 cm2)。比較は米国25セント硬貨。
    (b) 酸化還元種をGBLに0.21 mol/L溶解させた作動液を円筒ガラス容器に入れ、液面に炎を接触させた写真(本実験は安全を十分に確保したドラフト内で防護の上実施)。3分間の接触後も着火せず、高い安定性と安全性を示した。
    (c) 粘度の温度依存性の比較。本成果で開発した作動液(GBL)は、2019年の原理実証時に用いられたイオン液体を溶媒とした作動液(IL)から劇的な粘度低下に成功している。本図の著作権情報は注1参照。

この開発した作動液を試験セルに流動させ、170 ℃の排熱面を模擬した電極(図2a)に対して冷却実験を行ったところ、図3aのように、以前の原理実証時(×印)から発電性能を1桁以上向上させることに成功し、発電量は6 mW、発電密度は10 W/m2に達した。また、ゲインも2桁向上し、全ての流量域で本コンセプトの成立要件である1を大きく上回った(図3b)。その結果、発熱面が硬貨程度の小ささであるにもかかわらず、セル直列なしで緑LED8個の連続同時点灯やファンモーター回転といった、実用上有用な発電の実証に成功した(図3c, d)。これらの結果から本コンセプトによる実用量の発電能力が初めて実証され、本技術の実用化に向けた重要なマイルストーンとなる成果が得られた。

試験セルに流した作動液の流量(横軸)と発電量(左軸)、発電密度(右軸)との関係。本成果(GBL、赤丸)は、2019年の原理実証時にイオン液体を溶媒とした作動液で得られた結果(IL、×印)から1桁以上発電性能が向上している。

流量(横軸)とゲイン(縦軸)との関係。ゲインも約2桁の劇的な向上を示した。

セルからの出力を市販の昇圧回路(写真中)で昇圧後、緑色のLED8灯を連続同時点灯したデモ。

セルからの出力をモーターにつなぎ、3枚羽根のファンを回したデモ。羽根のうち一枚に光反射シートをつけ、デジタル回転計測器(写真中)からのレーザー光を反射し、回転数を計測している。ここでは毎分185回転の定常運転を達成している。本図の著作権情報は注1参照。

  1. 図3. (a) 試験セルに流した作動液の流量(横軸)と発電量(左軸)、発電密度(右軸)との関係。本成果(GBL、赤丸)は、2019年の原理実証時にイオン液体を溶媒とした作動液で得られた結果(IL、×印)から1桁以上発電性能が向上している。
    (b) 流量(横軸)とゲイン(縦軸)との関係。ゲインも約2桁の劇的な向上を示した。
    (c) セルからの出力を市販の昇圧回路(写真中)で昇圧後、緑色のLED8灯を連続同時点灯したデモ。
    (d) セルからの出力をモーターにつなぎ、3枚羽根のファンを回したデモ。羽根のうち一枚に光反射シートをつけ、デジタル回転計測器(写真中)からのレーザー光を反射し、回転数を計測している。ここでは毎分185回転の定常運転を達成している。本図の著作権情報は注1参照。

今後の展開

今回、発熱面を冷却しながら10 W/m2の発電密度を達成したことは驚くべき成果といえる。しかし図2aの小面積電極(本研究では排熱面を模擬)を単純に1 m2に増大させたときに10 Wの発電が可能かというと、そこには「スケールアップの壁」が立ちはだかると予想される。本提案技術は電気化学、流体力学、伝熱工学の3学問が絡み合う系であり、明確なスケールアップ指針はまだ得られていない。また、本技術の有意性を明確化するには、発生電力で運転可能な機器の種類が著しく拡がる100 W/m2以上の発電密度の達成が望まれる。

これらの達成のために、(1)スケールアップの方法論の構築、(2)さらなる起電力の増大と溶解度の向上を含む、最適な酸化還元種と溶媒の探索、(3)最適な電極材質と流路形状の探索などが課題となっている。今後は広く共同研究を募りつつ、これらの課題を解決し、本技術の実用化を目指してゆく。

  • 用語説明

[用語1] レドックス・フロー熱電発電 : 積極冷却の場面において失われる「熱エネルギーのエクセルギー(用語3)」の一部を電力として回収する、冷やしながら発電する技術。別々に発展してきた熱電気化学発電(用語4)と強制対流冷却とを統合した、同研究グループによって初めて原理実証された技術。詳細は2019年11月18日付プレスリリース別窓参照。

[用語2] ガンマ-ブチロラクトン : 常用いられる表記はγ-ブチロラクトンで、GBLと略記される。凝固点が低く沸点が高い安定な物質で、工業的に広く使用されている。(参考:三菱ケミカル株式会社 製品情報サイト別窓

[用語3] 熱エネルギーのエクセルギー : 熱エネルギーも電気エネルギーも同じジュールの単位をもつエネルギーだが、前者から後者に変化する際は、その全量を変換することは原理上できない。熱エネルギーのうちの電気エネルギーに変換できる割合を「熱エネルギーのエクセルギー」という。熱エネルギーが高温の熱源から低温の冷却流体に移動すると、熱エネルギーの量自体は変わらないが、その熱エネルギーのうちのエクセルギーが減損する。詳しくは例えば2021年度東京工業大学オープンキャンパス動画「なぜ熱力学を学ぶのか別窓」参照。

[用語4a] 酸化還元種、熱電気化学発電 : 物質から電子を奪うことを「酸化」、電子を与えることを「還元」という。電子が奪われた後の分子を「酸化体(Ox)」、電子を与えられた後の分子を「還元体(Red)」という。両者を総合して酸化還元種という。RedとOxのペアを酸化還元対と呼び、そのペア間では「Ox + 電子 ⇄ Red」の反応によって電子の可逆的な受け渡しが行える。この受け渡しが釣り合う電位が温度に依存することを利用して、温度差のついた二電極間に起電力を発生させ、外部に電力を取り出すのが熱電気化学発電である。従来の熱電気化学発電は、酸化還元種の溶液を容器に密閉した系で行われ、強制対流冷却とは無関係の文脈で発展してきた。

[用語4b] 酸化還元種、熱電気化学発電: : [用語4a] を参照のこと。

[用語5] イオン液体 : イオンのみからなる常温溶融塩。高い熱安定性と極めて小さい蒸気圧によって実用上不揮発・不燃とみなせるため、安全性の高い液体として様々な応用が提案されている。粘度が比較的高いという短所をもつ。

(注1)これらの図は下記「論文情報」の論文からの抜粋(一部改変)だが、当該論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスのCC BY 3.0区分別窓でオープン化されており、図表の再使用と改変使用は著作権上許されている。

  • 参考文献

[1] Energy Technol., 8, 2000413, 2020.

[2] 第54回日本伝熱シンポジウム講演論文集、論文番号1971、2017年5月.

[3] Phys. Chem. Chem. Phys., 21, 25838, 2019.

[4] Sust. Energy & Fuels, 1, 1381, 2017.

[5] J. Electrochem. Energy Convers. Stor., 16, 011007, 2019.

  • 論文情報
掲載誌 : Sustainable Energy and Fuels (IF = 6.367)
論文タイトル : Thermogalvanic energy harvesting from forced convection cooling of 100–200 °C surfaces generating high power density
著者 : Yutaka Ikeda, Yuki Cho, and Yoichi Murakami
DOI : 10.1039/D1SE01264A別窓
※本論文はオープンアクセスで、上記リンクから無料公開されている。
工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に新たに発足した工学院について紹介します。

工学院別窓

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 機械系

准教授 村上陽一

E-mail : murakami.y.af@m.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-3836

  • RSS

ページのトップへ

CLOSE

※ 東工大の教育に関連するWebサイトの構成です。

CLOSE