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サイズ制御因子の解明と世界最大のCOF単結晶成長
東京工業大学 工学院 機械系の村上陽一准教授(機械コース 主担当)、Wang Xiaohan(ワン シャオハン)大学院生らの研究チームは、次世代材料として多くの応用が期待される共有結合性有機骨格(COF、下記「背景」に説明)について、世界最大(注1)となる0.2 mm超の単結晶生成に成功した。
COFは有機分子同士を固い共有結合でつないで固体化する特性上、単結晶のサイズ増大が難しく、従来は微粉末や微小結晶でのみ得られ、最大級のものでも40日間で成長させた60 µm(マイクロメートル)前後の単結晶だった。
村上准教授らの研究チームはCOFの液中成長において、核生成を効果的に制御する因子を発見し、この因子を利用することにより、飛躍的な結晶サイズ増大を行う方法を創出した。COF単結晶の先行研究(注2)と同じCOF種で、日数を大幅に短縮した7日間で0.2 mm超のCOF単結晶の生成に成功した。これは肉眼で明瞭に形状を認識でき、指先で触れられるサイズであり、今後のCOFの実用化と物性解明の研究開発を加速させる重要な転回点となる成果である。
研究成果は6月9日、王立化学会(英国)の査読付学術誌、Chemical Communicationsから出版された。
共有結合性有機骨格(Covalent Organic Framework, COF)は今世紀に出現した新しい材料カテゴリーであり、数多くの特長から、幅広い応用が提案されている。COFは図1左のように、「結合の手」を複数もつ原料分子を縮合させ、共有結合でつないで形成される、ミクロな周期骨格とサイズが均一なナノ孔(原料分子により0.5~5 nm(ナノメートル)程度)をもつ固体材料である。
これは、固い共有結合により形成されるため、高い熱安定性と化学安定性をもつ長所がある。また、COFは金属フリーなため、高い環境親和性と軽量性をあわせ持つ。図1左の模式図では(グラファイトのような層状物質となる)2次元COFを示したが、原料分子の「結合の手」の数を選ぶことにより、図1右の模式図に示す3次元的な共有結合ネットワークをもつCOF(3次元COF)も可能となる。
COFは固い共有結合からなるために安定性が高いが、これは、裏返すと「大きな結晶の生成が難しい」ことを意味する。例えば、ミョウバンや砂糖では容易に水溶液から大きな単結晶を作れるが、これはミョウバンや砂糖を構成する原子・分子の間に働く結合の力が弱いために、結晶成長過程において粒間の結合形成の可逆性[用語1]が高いことに起因している。
しかし、この結合の弱さは直ちに材料としての不安定性(水などにすぐ溶けてしまう点、低強度ですぐ壊れる点など)を意味している。その対極にあるのが、非常に固い共有結合により形成されるダイヤモンドであり、これは極めて安定・高強度である一方、大きな単結晶を作ることは極めて難しい。
人工ダイヤモンドのサイズが増大して応用が拡がったように、高い構造と機能のデザイン自由度をもつ人工結晶であるCOFのサイズを増大できれば、これまで提案されてきた多彩な応用だけでなく、従来、考えられていなかった新しい応用を切り拓くことができる。
2005年の2次元COF、2007年の3次元COFの初報告以来、大半の試料は電子顕微鏡(光の波長以下の微細な物体を観察できる顕微鏡)で観察して粒形状を認識できるものであり、光学顕微鏡で結晶を観察できた報告は極めて稀であった。2018年、上述の結合形成の可逆性の問題を、その可逆性を高める添加剤を用いることで、初めて光学顕微鏡で形状を明瞭に観察でき、単結晶X線解析を行うのに必要な大きさ(数十µm程度)をもつ単結晶が報告された(Science, vol. 361, pp. 48-52, 2018)。この報告では、図2に示すCOF-300[用語2]とよばれる3次元COFの単結晶が報告された。
なお、COF-300などに用いられるイミン結合[用語3]は600 kJ/mol程度の強さをもつ一方、過去に非常に弱い共有結合(80-130 kJ/mol、配位結合と同程度)を用いてCovalent Organic Network(Nature Chemistry., vol. 5, pp. 830-834, 2013)という近縁物質の報告があり、そこでは100 µm以上の単結晶が得られていた。これは、結合の弱さのため、熱安定性を持たない点、自立できる孔構造を持たない点などから、一般的な意味のCOFには必ずしも分類されていない(例えばJ. Am. Chem. Soc., vol. 141, pp. 1807-1822, 2019)ものであった。
本研究では、対象として上述の先行研究で用いられたCOF-300(図2)を選び、その成長後の結晶サイズを決める要因を探究した。その結果、少量添加するイオン液体[用語4]などの塩の種類に依存して、生成する結晶サイズが著しく異なることを見いだした。このとき、用いた塩の種類によらず、結晶の析出量はほとんど変わらなかったため、塩の添加とその種類は核生成、すなわち生じる結晶の数に強く影響することが明らかになった。
研究の結果、生成した結晶のサイズの順序関係が、ホフマイスター順列[用語5]という、経験的な尺度によく一致することを発見した(図3)。また、今回の成果(下記「論文情報」参照)中では、ホフマイスター順列の可能なメカニズムの候補うち、どの可能性が該当しているかについても特定して明らかにした。
この影響因子の発見と利用により、図3右下の写真に示すように、従来、最大級のCOF単結晶(Science, vol. 361, pp. 48-52, 2018, 写真中の赤の外形線)から飛躍的にサイズを増大させた、長軸方向のサイズが0.2 mmを超える、COFでは最大となる単結晶の生成に成功した。これは肉眼で結晶外形を明確に認識できる恐らく世界初のCOF単結晶となっている。
今後、このようなユニークな試料を用いることにより、現状未解明なCOF本来の物性(熱伝導率や機械的特性など)を計測、解明する計画である。また、COFという次世代材料を用いた新技術シーズの創出のため、このサイズならではの応用検討を推進する。そのため、今後は民間企業との連携も検討し、本成果を活用できる新規用途の探索を進めていく計画である。
また、さらなる試料の改善として、ミリメートルスケールのCOF単結晶の創出を目指す。そのような真にマクロスケールの単結晶の実現により、ナノ骨格をもつ材料にトップダウン加工[用語6]を組み合わせる新しい方法論による材料科学の領域を開拓する計画である。
[用語1] 粒間の結合形成の可逆性 : 結合が形成される順反応と、それが切断される逆反応とが並行して高いレートで起きることを「可逆性が高い」という。結晶成長では結晶面に溶液から新たな構成粒子が到達するが、そのとき、周期性が乱れて結晶面に付加される場合(エラーの発生)もある。可逆性が低ければその乱れは維持され、エラーの訂正はされず正常な結晶成長の継続を妨げる。一方、可逆性が高い場合は、生じたエラーを逆反応によって随時修正できるため、周期性を維持した結晶成長が容易になる。このため、強い(弱い)結合に基づく結晶成長は、エラー訂正が困難(容易)なために、大きな結晶を得ることが困難(容易)になる。
[用語2] COF-300 : COFには多くの種類があり、種類ごとに発明者が命名する習慣がある。これは米国のカリフォルニア大学バークレー校のグループが2009年に報告したものであり、図2に示す2種類の原料分子を共有結合でつないで周期骨格を形成する3次元COFの一種である。
[用語3] イミン結合 : 炭素-窒素の二重結合。カルボニル化合物と第1級アミンを脱水縮合して形成される結合。
[用語4] イオン液体 : イオンのみからなる常温で液体の塩。有機物の陽イオンと、有機物または無機物の陰イオンとからなる。以前は「イオン性液体」と呼ばれることもあったが、無溶媒の溶融塩である点を強調するために、近年は「イオン液体」の用語が専ら用いられている。
[用語5] ホフマイスター順列 : 19世紀に、タンパク質の水溶液に添加された塩が、塩析を起こす能力を順序付けるものとして見いだされたもの。ホフマイスター順列の適用範囲は広く、非水系にも拡張されており、溶質の析出や安定性に関する順序関係を与えることが知られている。英語はHoffmeister series、ホフマイスター系列とも訳される。
[用語6] トップダウン加工 : ある程度の大きさをもつ素材を、切削や穴あけなどによって質量を減らす方向に加工してゆき、所望の形状を得る加工の概念。
掲載誌 : | Chemical Communications(英国王立化学会) |
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論文タイトル : | Ionic additive strategy to control nucleation and generate larger single crystals of 3D covalent organic frameworks |
著者 : | Xiaohan Wang, Riku Enomoto, Yoichi Murakami |
DOI : | 10.1039/D1CC01857D |