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熱電気化学発電の強制対流冷却への統合とコンセプト実証
現代文明は冷却に支えられている。世界の発電量の2%を消費するに至ったデータセンターはCPU群の正常動作のために、発電所のタービンは効率を上げるために、積極的な冷却が必須である。冷却とは多量の熱エネルギーを高温側(排熱源)から低温側(作動流体)に移す作業だが、このとき「熱エネルギーの電気(仕事)への可換分」の多くが失われる。これまでの強制対流冷却では、冷却の必要上このロスは仕方ないとし、冷却の世の中での広い使用にも関わらず、対処がされてこなかった。
東京工業大学 工学院 機械系の村上陽一准教授の研究グループは、「強制対流冷却」と「熱電気化学発電」という、これまで別々に発展してきた技術を統合することにより、「物体を冷やしながら発電する」新技術を創出し、実証することに成功した。
本成果で重要なのは、実証セル部分に冷媒を流して通過させるのに要するポンプ仕事より多い発電量を得たこと(すなわち、発電のゲインが1を超えたこと)であり、この発見は、本コンセプトの妥当性を証明した極めて重要なものである。本成果は、これまで未対処だった上述の「強制対流冷却に伴うロス」を回収しうる、新世代冷却技術への転換マイルストーンとなる革新的な基本技術である。
本成果は王立化学会(英国)の学術誌「Physical Chemistry Chemical Physics」に11月15日に掲載された。本論文はオープンアクセスで無料公開されている。
現代の我々の便利な生活は、電力と情報技術によって支えられている。それらを生み出す現場では、冷却が本質的に必要である。
遠隔地に建設されることの多いデータセンターでは、CPU群の動作と故障回避のために積極的な冷却が必須であり、多くは水の循環冷却(強制対流冷却[用語1])によって行われている。さらにその冷却水の循環にも電力(ポンプ仕事)が投入されている。一方、発電所では、火力・原子力を問わず、熱力学の原理法則によって、排熱面を積極的に冷却することが発電効率の維持に必須である。すなわち、冷却とは、我々の文明を支える根幹である。
ところが、熱を高温側(=排熱源)から低温側(=水などの冷却の作動流体)に移すと、熱エネルギーの電気(仕事)への可換分[用語2]の多くが失われるという原理的事実がある。平たく言えば、「積極的な冷却」とは「熱をどんどん低温側に移す作業」であり、それが積極的であるほど「本来電気に変えられたはずの熱の価値が壊される」ということである。この問題点は、緊急度の高い冷却の必要性に隠れ、これまで仕方ないものと考えられてきた。あるいは、当たり前すぎて気づかれることのなかった盲点といえる問題点であった。
実は、原理的に、温度差があり熱流がある場所からは、電力を産み出すことができる。強制対流冷却が広く社会で用いられていることを考えれば、この問題点の対処がこれまで効果的に取り組まれてこなかったのは、現代技術の盲点であり、空白であった。
本学の研究グループ(研究主任:村上陽一准教授)は、この問題を認識した上で、その解決の一般的方法を与える技術の創出に向け研究を行ってきた。その指針としたのが、既存の固体熱電変換技術とは対照的な、「液体側で熱→電気変換を行う」ということ、および、その液体を冷却の作動流体に用いることであった。これは、流体ならば流れや流路の柔軟なデザインが可能で、また、温度境界層という固体面上での流れ中に急峻な温度差がつく層を利用することで、短距離間で発電に有利な大きな温度差を得やすい、という利点に着目したことによる。
この流体側での発電の具体的方法として、研究グループは、従来、強制対流冷却とは無関係に追究されてきた、静的な排熱利用技術の一種である「熱電気化学発電」に注目した。これは、冷却の義務が課せられていない「廃熱」に適用し、電力を回収するという技術であり、酸化還元対[用語3]という化学種を溶かした液中に、異なる温度の2本の電極を挿入し、温度差から電極間に起電力を生じさせる技術である。この技術の研究は、ほぼすべての場合について、密閉容器内で静的な状況(温度差による自然対流のみが存在する状況)で行われてきた。撹拌などを伴う準・動的な研究もあったが、この技術を強制対流冷却と結び付け、積極冷却の義務が存在する状況に統合する試みは従来存在しなかった。
本研究グループは、強制対流冷却に熱電気化学発電を統合することで、上述の「物体を冷やしながら発電する」のコンセプトを創出し、実証した。図1にこのコンセプトの模式図に示す。具体的に、作動流体には実用上不揮発・不燃とみなせる安全性の高いイオン液体[用語4]を選んで100 ℃以上の高温排熱面にも適用可能とし、酸化還元対には高い性能が知られていたコバルト錯体塩を使用した。
そして、この着想の実証セルを設計し、実験を行ったところ、上述の狙い通り、強制対流冷却をしながらの発電に成功した。具体的には、流路形状の最適化がされていない状態にも関わらず、620 W/(m2K)という十分に高い熱伝達率(固体表面冷却の性能指標)を達成した。この冷却と同時に、約2.5 cm角の小さな電極サイズにも関わらず、0.26 mWの発電に成功した。試験セルが小型であるために今回の発電量は大きくないが、これは今後、スケールアップや、酸化還元対濃度の増大、流体粘度を低下などの、様々な方策によって改善が見込める数値である。
重要なのは、発電量が、このセルに冷却流体を流すのに必要な流体駆動仕事を上回ったという点である。すなわち、本コンセプトにより創出した技術は、原理上、冷却ユニット部に流体を通過させる仕事よりも多くの電力を発生できる(=ゲインが1を超えている)ことが示された。この点が、本成果の極めて重要な側面であり、本コンセプトの妥当性を裏付けるとともに、今後、本創出技術に対する興味を喚起する重要な発見となっている。
「背景」で述べたように、年々消費電力が増加するデータセンターでは、CPU群自体の消費電力に加え、それを水冷するための冷却システムの稼働電力も大きなものとなっている。本成果は、今まで無駄に捨てていた、積極冷却に伴う「熱の電気(仕事)への可換分のロス」の一部を取り戻し、それを水冷のポンプ仕事に充てることが原理上可能であることを示したものであり、上述の従来技術の空白を埋め、新世代冷却技術への転換マイルストーンとなる基本技術となっている。
本研究グループは、2014年にこのコンセプトの着想を得て、2015年4月より公益財団法人 東電記念財団の研究助成支援[参考文献1]を受けて研究を開始し、2017年5月には、解釈が十分ではない段階の予備結果を第54回日本伝熱シンポジウムにおいて発表した。このたび、実験結果に対する十分な解釈を得、対外的に説得力をもって結果を公表できる段階に至ったこと、および、上述の「ゲイン > 1」という本コンセプトの妥当性を証明した重要知見を得たことを受け、下記の英文学術雑誌への論文掲載をもって、本プレスリリースを行うに至った。
本成果は実験室レベルの小型の実証セルによって得られたもので、その発電量は少ない。しかし、これは、上述のように様々な方策で増大が可能なものである。今後の展開として取り組むべき事項は、(1)スケールアップとその影響の検証、(2)流路形状と流れのデザインの最適化、(3)発生電力量に直結する、高い溶解濃度を達成できる新規な酸化還元対種の開発である。(1)と(2)は本研究グループにおいて引き続き研究を進める予定である。(3)については、共同開発パートナーとなる化学メーカーまたは化学研究者を募り、本技術の飛躍的な性能向上に向け、今後、中~長期的に展開してゆく予定である。
[用語1] 強制対流冷却 : 流体(液体または気体)を駆動し、高温の固体面に接触させて流すことにより、固体面からの除熱を行う方法。
[用語2] 電気(仕事)への可換分 : 熱エネルギーは乱雑な原子・分子の運動の集まりなので、そのすべてを(整然として有用なエネルギーである)電気に変換することはできない。電気も仕事の一種である。熱エネルギーから電気(仕事)に変換できる割合は、「同量の熱エネルギーでも、高温にある熱エネルギーほど高く、低温にある熱エネルギーほど低い」という原理がある。これは熱力学の第2法則とよばれ、「熱エネルギーは、それが高温にあるほど有用」とも表現できる。
[用語3] 酸化還元対 : 物質から電子を奪うことを「酸化」、電子を与えることを「還元」という。電子をこれから受け入れる分子は「酸化体(Ox)」、電子をこれから他に与える分子は「還元体(Red)」という。これら両種分子の組(RedとOx)を酸化還元対と呼び、これらのペア間では、電子をキャッチボールするように、「Ox + 電子 ⇄ Red」の反応によって、繰り返し電子の受け渡しを行うことができる。
[用語4] イオン液体 : イオンのみからなる常温溶融塩。高い熱安定性と極めて小さい蒸気圧によって実用上不揮発・不燃とみなせるために、安全性の高い流体として、近年、バッテリーへの応用を含む、様々な応用が提案されている、比較的新しいジャンルの液体である。
[1]
公益財団法人 東電記念財団 研究助成(基礎研究,平成27年4月~平成30年3月)
東電記念財団 財団ニュース No.51, 2018年8月発行.
掲載誌 : | Physical Chemistry Chemical Physics(王立化学会、英国) |
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論文タイトル : | Integration of thermo-electrochemical conversion into forced convection cooling |
著者 : | Yutaka Ikeda, Kazuki Fukui, and Yoichi Murakami |
DOI : |
村上 陽一,電気評論,vol. 103, pp. 66-69, 2018.(T2R2 東京工業大学リサーチリポジトリ)
本解説記事は、なぜ従来からある固体熱電変換材料によってはこのコンセプトの実現が難しいかを、システムの観点から説明している。