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深共晶溶媒により多くの長所を実現したフォトン・アップコンバーター
東京工業大学 工学院 機械系の村上陽一准教授らは、太陽電池や光触媒などの様々な光利用技術で利用されずにエネルギー損失となっている光波長部分を利用可能な波長に変換するフォトン・アップコンバージョン(UC)技術の応用実現性を飛躍的に高める新しい材料プラットフォームを開発した。近年注目されている新しい液体「深共晶溶媒[用語1]」を媒体に用いることで、応用に望ましい性質である「低コスト・低環境負荷・難揮発性・高熱安定性・高UC効率」を同時に実現することに成功した。
本成果に関するUCの方法は低強度の太陽光にも適用可能な現状唯一の方法であり、応用への強みを有する一方、従来の実施形態では高い可燃性や揮発性を有し、不安定で環境親和性の低いものが大半で、あるいは高コストで生分解性に乏しいものに限られていたため、UC技術の応用実現に向けた障害となっていた。
このような長所の同時実現は従来の関連技術にない顕著な進歩点であり、今回の成果はUC技術の応用実現性を飛躍的に高めたランドマークになると考えられる。
本成果は英国王立化学会の査読付学術誌「フィジカル・ケミストリー・ケミカル・フィジックス(Physical Chemistry Chemical Physics)」に、10月25日先行オンライン掲載された。
東工大の村上准教授らは様々なエネルギー変換において未利用で損失となっている光を利用可能な光に変換する波長変換技術である「フォトン・アップコンバージョン(UC)」において、実用上多くの長所をもつ「深共晶溶媒」を用いることに着目。探索と試行を経て、世界に先駆けて試料開発に成功し、併せて試料の諸物性の解明を行った。
光は波の性質を持つと同時にフォトン(光子)というエネルギーの粒からなる。太陽電池・光触媒・人工光合成などの光を用いたエネルギーや物質の変換には、各材料に固有な「しきい値エネルギー」(あるいは「しきい値波長」)があり、それより低いエネルギーのフォトン(しきい値波長より長波長側の光スペクトル)は現状では利用できていない(図1)。これは光エネルギーの損失であり、この点が様々な光変換技術の効率を制限する根本原因となっている。すなわち、高エネルギーのフォトン群(短波長の光)は様々な変換に用いることができ、低エネルギーのフォトン群(長波長の光)より遥かに利用価値が高い。このような光エネルギー変換における損失(無駄)を根本的に回避する方法がUCである(図1)。 UCとは現状未利用な「エネルギーの低い光子群(長波長の光)」を利用可能な「エネルギーのより高い光子群(短波長な光)」に変換する波長変換操作である。
深共晶溶媒は低コスト・低毒性な2種類の物質を混合させるだけで生成でき、一般に高い熱安定性と生分解性をもつことから、環境負荷の低い流体として近年応用探索が活発化している比較的新しい流体である。深共晶溶媒は難揮発性と難燃性とを備えた安全かつ低コストの液体である。深共晶溶媒を形成可能な原料の組み合わせは無数に存在し、事実上無限の種類が可能なため、用途や目的に応じて2種類の原料を適切に選択する必要がある。
今回の研究では、深共晶溶媒の探索と試行により、ある一群の「疎水性深共晶溶媒[用語2]」がUCの目的に適することを見出し、これが成果につながった。図2に開発した試料を示す。このように、緑色光から青色光へのUCを実現し、試料の熱安定性(難着火性)を確認した。
さらに試料のUC効率が、用いた深共晶溶媒を構成する2つの成分比によることを見出し、様々な光計測実験結果に基づき、その理由を解明した。最大の変換効率を示した試料はUC量子収率(最大が0.5の定義;UCでは2個の低エネルギー光子から最大1個の高エネルギー光子を生成するため)が0.21に達した。これは、最大効率を100%とした量子効率では42%にあたる、比較的高い値である。
本成果の意義はUCを行う有機分子の媒体に深共晶溶媒を用いることに着目し、目的に適する深共晶溶媒を見出したこと、そして低コスト・低環境負荷・難揮発性・高熱安定性・高効率の長所を同時に実現したフォトン・アップコンバーターを初めて開発し、UC技術の応用実現性を飛躍的に高めたことにある。
本研究で用いたUCは有機分子の励起三重項状態[用語3]とそれらの分子間のエネルギー移動を用いる方式であり、これは太陽光やランプ光などの偏光が揃っていない光(非コヒーレント光)に対して有意な効率でUCが行える現状では唯一の方式であるため、近年研究が活発化している。この方法は近距離での分子間エネルギー移動を用いるため、有意なUC効率を追求する場合、媒体中での有機分子間の適切な衝突が必要となる。そのため従来は低粘度液体であるトルエンやベンゼンなどの有機溶媒を媒体に用いる報告が大半であった。あるいは揮発性の回避のために、ポリウレタンやアクリルなどの樹脂に有機分子を埋め込んだ報告もあったが、それらの試料では一般に有機分子の拡散性が著しく低下し、UC効率が犠牲となっていた。また、これらの試料では依然可燃性と着火性が高く、熱安定性に乏しいことが応用実現に向けた問題となっていた。他方、可燃性と揮発性の問題を解決した試料として、イオン液体(常温溶融塩)を用いたアップコンバージョン試料を同研究グループが以前開発していたが、イオン液体は原料と合成のコストが比較的高く、一般に生分解性が低いことから、これらの解決が必要であった。このような背景と経緯により、同研究グループはこれらの課題解決への取り組みを行い、今回の成果をあげることに成功した。
今回の研究で得られたUC量子収率0.21(UC量子効率42%)は高い値と言えるが、理論上限である0.5(100%)までには依然余地がある。そのような上限値の達成は容易ではないが、ある程度の効率向上は、例えばより励起三重項状態寿命が長い分子を用いることにより実現が見込まれる。また、今回の成果は緑色光(530 nm付近)から青色光(440 nm付近)へのUCについてのものだが、異なる波長域に対応する有機分子についても特性の検証が必要である。この成果はUCの実施に適する材料面での共通プラットフォームを開発したものであり、今後のUCの応用実現を大きく推進すると期待される。
本成果はラグナトプル大学(インド)のSudhir Kumar Das博士との国際共同研究で得られた。研究遂行にあたり日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 若手研究(A)(課題番号JP26709010)および日本化薬株式会社の助成支援を受けた。
用語説明
[用語1] 深共晶溶媒 : 2種類の物質、「水素結合ドナー」および「水素結合アクセプター」(その両方または一方は室温で固体)をある混合比で混合することにより、共晶融点降下により室温で液体となるもの。通常、「水素結合ドナー」も「水素結合アクセプター」も無害あるいは毒性が実用上問題とならない程度低いものが多い。高い熱安定性、化学反応を伴わない単純混合で作製できる点、低コスト、生分解性、環境親和性から、また、事実上無限に存在する「水素結合ドナー」と「水素結合アクセプター」の組み合わせにより物性をデザインできる特長から、近年研究開発が活発になってきている。似たような液体としてイオン液体(常温溶融塩)が存在するが、不揮発性と不燃性の点では深共晶溶媒より優れるものの、生成に化学反応を必要とし原料コストも一般に高いため、深共晶溶媒はイオン液体の長所を有しつつ短所を解決した液体とみなされることがある。深共晶溶媒の詳しい解説論文には、Chemical Reviews, vol. 114, pp. 11060−11082 (2014)やACS Sustainable Chemistry & Engineering, vol. 2, pp. 1063−1071 (2014)などがある。
[用語2] 疎水性深共晶溶媒 : 深共晶溶媒は通常すべて親水性である。しかしUCの目的に用いられる有機分子は多環芳香族分子で、これらは一般に疎水性である。そのため、通常の親水性の深共晶溶媒を用いると、高いUC効率の到達に必要な溶解度が得られない問題があった。一方、有機分子を親水基で修飾して親水化すると、有機分子と深共晶溶媒との間に強すぎる水素結合相互作用が発生してしまい、分子拡散性が妨げられる問題が判明した。このような「溶解度」と「分子拡散性」のジレンマを解決したのが、最近初めて報告された疎水性深共晶溶媒を用いる着想である。本成果では、Green Chemistry, vol. 17, pp. 4518–4521 (2015)に報告された疎水性深共晶溶媒を用いている。
[用語3] 励起三重項状態 : 分子の励起状態では最高被占軌道と最低空軌道とに一個ずつ電子が入る。それらの電子のスピンが同じ向きになるのが三重項状態で、比較的長い励起状態寿命(~ミリ秒)をもつ。
論文情報
掲載誌 : | Physical Chemistry Chemical Physics(Royal Society of Chemistry) |
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論文タイトル : | Triplet-sensitized photon upconversion in deep eutectic solvents |
著者 : | Yoichi Murakami, Sudhir Kumar Das,Yuki Himuro, Satoshi Maeda |
DOI : | 10.1039/C7CP06494B |