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東京工業大学 工学院の山本貴富喜(たかとき)准教授らは、病原性ウイルスのセンサーにつながるデバイス構造を開発している。ナノ(10億分の1)メートル(nm)幅の流路を設け、流路を通るウイルスを電気的に検出する仕組み。
この仕組みにより、ウイルスの大きさ・形状によって異なるインピーダンス(電気抵抗)スペクトルが得られることを確かめた。この結果はウイルスの構造や成分などからウイルスを識別できる可能性を示唆しており、既知・未知を問わない網羅的なウイルスセンシング法が実現できると期待される。
我々の生活圏は、ヒトに限らずペット、家畜、農作物に至るまで常に病源性ウイルスの脅威に晒されており、我が国でもこれまで発症例の無いデング熱の発症が確認される昨今、エボラウイルスなどのさらなる危険性の高いウイルス感染も対岸の火事とは言えない状況にある。
このようなウイルス感染を未然に防ぐためのウイルス監視技術や早期発見技術の確立は、工学に課せられた急務であることは言うまでも無い。そのための最重要課題がウイルスセンサーの実現である。ウイルスセンサーが実現すれば、あらゆる場所で常時監視して、感染を未然に発見して対策が可能となる。対策が間に合わず発症してしまった場合でも、ウイルスセンサーのネットワーク網があれば、最短時間で感染域の特定と局所的医療対策が可能となるので、次世代医療インフラとして画期的なものとなる。
ところが、このような環境中のウイルスセンシング技術は世界的にも全くの未開である。医療診断技術である免疫染色法やPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法は、感染後でなくては検出ができないうえ、バッチ処理の1回使い捨てが基本であるため、長期の監視手段としては不適である。
さらに、こうした従来法は原理的に未知や新型ウイルスの検出が困難である。すなわち、様々な環境中のウイルスを網羅的に監視するような技術体系は皆無と言っても過言では無い。従ってウイルスセンサーの実現は、新しい学術・技術体系の創成を通じて、大きな社会的課題を解決するイノベーションのシーズとなるのは明らかである。
このような課題に対し、山本准教授らは低電圧で高電界が得られるナノ空間の特徴を合目的的に活用し、高電界中で得られる非線形な電気インピーダンス応答によるウイルスセンシング技術に挑戦した。
ウイルスはDNA/RNAやタンパク質などの生体分子が、タンパク質や脂質で作られた球殻容器に閉じ込められた、いわば構造化ナノ粒子である。このため、ウイルス粒子の物理的構造や物性を電気インピーダンス計測することにより、既知・未知を問わない網羅的なウイルスセンシング法が実現できると可能性があり、今回の研究ではその初期的な評価を実施した。
センシングデバイスはナノ流路とナノ流路を挟むように作製したナノギャップ電極および入出力ポートからナノ流路への送液を容易にするマイクロ流路を有した構成である。ウイルスは大きさが数10 nm~数100 nmである。そこで単一のウイルス検出の検討も進めることを目的に、幅数100 nmのナノ流路をフォトリソグラフィーや収束イオンビーム(FIB)で作製し、測定した。
まだ初期的な段階だが、図のようにウイルスの大きさ・形状に依存したインピーダンススペクトルが得られることが分かった。これらの結果は、ウイルスの構造や成分などからウイルスを識別できる可能性を示唆している。さらに、開発したデバイスは数cm角に収まる小型サイズであるので、モバイルで網羅的かつ長期連続的に様々な環境中のウイルスをモニターするようなセンサーへの応用が期待できる。
ウイルスの大きさや成分、構造などのウイルス固有の情報とインピーダンススペクトルとの相関を明らかにし、解析手法の開発とさらなる高感度化・高精度化を通じてウイルスセンサーとして確立していく。
論文情報
掲載誌 | Frontiers in Microbiology, vol. 6, pp. 940-947 (2015). *open access journal |
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論文タイトル | Nonlinear electrical impedance spectroscopy of viruses using very high electric fields created by nanogap electrodes |
著者 | Ryuji Hatsuki1, Ayae Honda2, Masayuki Kajitani3, Takatoki Yamamoto1 |
所属 | 1Tokyo Institute of Technology, Department of Mechanical and Control Engineering, Tokyo 152-8550, Japan 2Housei University, Faculty of Bioscience and Applied Chemistry, Tokyo, Japan 3Teikyo University, Department of Bioscience, Tochigi, Japan |
DOI | 10.3389/fmicb.2015.00940 |