リベラルアーツ研究教育院 News
~「豪・日・米」を渡り歩いた音楽文化研究の40年―琵琶語りから社会・地域貢献へ ~

2026年3月5日、リベラルアーツ研究教育院(ILA)において、音楽学を専門とするヒュー・デフェランティ(Hugh de Ferranti)教授による最終講義が開催されました。講義では、教授がこれまで40年以上にわたり取り組んできた研究・教育・社会連携の歩みについて振り返りました。
デフェランティ教授の研究は、シドニー大学での日本の口承音楽研究を出発点としながら、移民社会の音楽文化、利他の思想、地域社会における音楽の実践へと広がってきました。研究拠点もまた、オーストラリア、日本、アメリカへと国際的に展開し、音楽文化の研究と社会実践を結びつける独自の研究領域を築いてきました。

教授の研究の出発点は、日本の琵琶語り、とりわけ平家語りの口承伝統の研究にあります。1980年代初頭、オーストラリアのシドニー大学で雅楽や口承音楽の構造論を学んだ後、日本において薩摩琵琶奏者・普門史城氏のもとで実地稽古を行いながら研究を進めました。
この経験を通して、記譜※1された楽譜と実際の音響表現のあいだに存在する差異に着目し、薩摩琵琶の伝承における記譜の役割を理論化しました。博士課程での研究では、日本に古くから存在する盲目の琵琶弾きの語りに見られる定型的構造をテキスト、メロディ、システムとして整理し、口承芸能の分析に新しい視点を提示しました。
1990年代初頭には熊本や鹿児島など九州地域で約10カ月におよぶフィールドワークを実施し、琵琶語りの演奏者や地域住民から多くの証言を収集しました。また、最後の琵琶法師と言われる山鹿良之氏による「俊徳丸」「道成寺」などの演奏ぶりについて、地域の人びととのネットワークを通じて記録を蓄積し、貴重な調査成果を得ました。
研究成果はその後、著書『The Last Biwa Singer』としてまとめられ、2010年の田辺尚雄賞※2を受賞した2冊のうちの1冊に選ばれました。また、2007年には自身が一部の解説を執筆し、日本伝統文化振興財団が制作した琵琶語りの録音を収めた3枚組CDと解説書が文化庁芸術選奨優秀賞を受賞するなど、研究と記録の双方において高い評価を得ています。
※1
記譜法(きふほう)は、音楽の音高やリズム、演奏上の指示を視覚的に表現するための一定の規則を指す。現代の西洋音楽では、五線譜が最も一般的で、五本の水平線上に音符を配置することで音の高さを示し、音符や休符の形や配置で時間的な長さ(音価)を表す。
※2
1983年に設立された日本における音楽学、とりわけ民族音楽学の優れた研究業績に対する賞。この賞は、東洋音楽学会によって毎年授与され、東洋音楽学・民族音楽学の分野における最も権威のある賞とされている。

その後、研究の関心は移民社会における音楽文化へと広がりました。デフェランティ教授は、オーストラリアにおける日本人・日系人の音楽活動について、写真資料や口述史、現地調査を通じて研究を進めてきました。
1900年代前半のオーストラリアでは、日本人移民が三味線や歌を通してコミュニティ文化を形成していたことが、聞き取り調査や写真資料から明らかになり、一部の地域では、日本人と中国人、マレー人、オーストラリア先住民などの家庭文化の中で音楽が共有されていたことも紹介されました。
これらの研究成果は、2023年に刊行された共編著『Unsilent Strangers』としてまとめられています。同書では、戦前のオーストラリアやアメリカ・カリフォルニアにおける日本人・日系人の音楽文化と、現代日本の都市に暮らす移民コミュニティの音楽実践を比較し、音楽が人々の存在を社会の中で「可聴化」する役割を果たすことが論じられています。

デフェランティ先生、長い間ありがとうござました
教育面では、アメリカでの教育経験を生かし、日本語と英語を併用した講義を行ってきました。研究者と実演家を結びつける教育活動にも力を入れ、薩摩琵琶奏者の公演などを大学で実現してきました。2011年には 東京工業大学(現Science Tokyo)に着任し、外国語教育とともに人間科学系科目において音楽文化研究の講義を担当してきました。
また、近年取り組んでいる社会実践として、NPO法人ケリアプロジェクト「介護施設ゆかりの木」の活動も紹介されました。同施設では、重度障害のある若者の居場所づくりを行うとともに、音楽イベントなどを通じて社会的つながりの形成を支援しています。
また、教授は居住している埼玉県川越市において、多文化共生を目的とした若者の音楽交流プログラムの構想も進められています。ネパールやベトナムなどの若者と日本の若者が歌や踊りを通して交流する場をつくり、地域社会の理解促進を目指す取り組みです。
講義の最後に教授は、これまでの研究を振り返りながら、音楽が人々の記憶やコミュニティをつなぐ重要な役割を持つことを強調しました。今後は研究活動を継続するとともに、移民の音楽文化に関する口述史資料のアーカイブ化や地域社会との連携プロジェクトを進めていく予定です。
40年以上にわたる研究と教育の歩みを総括するとともに、学術研究と社会実践を結びつける新たな展望を示した講義となりました。
<関連サイト>
デフェランティ教授はご子息の介護ケアを通して、障がいを持つ子供たちの親たちと一緒に発足させた重度障がい者のための生活介護施設「ゆかりの木」の運営などに携わっており、奥様の山岸史津子さんが施設長を務めています。この介護施設は、主に20代から30代の利用者が通っています。
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特定非営利活動法人ケリアプロジェクトと介護施設「ゆかりの木」
