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魚類に特有なNa+-Cl- 共輸送体2遺伝子を 哺乳動物などでも発見

体液の恒常性を維持する分子機構進化の解明に前進

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2023.02.08

要点

  • 魚類に特有とされてきたNa+-Cl- 共輸送体2をコードする遺伝子(NCC2遺伝子)が、一部の哺乳動物や非鳥類型爬虫類、両生類にも存在することを発見。
  • ヒト・マウスを含む大部分の哺乳動物、鳥類、一部の真骨魚類では、NCC2遺伝子が偽遺伝子化・欠損していることを確認。
  • NCC2遺伝子の偽遺伝子化や欠損が脊椎動物のさまざまな系統で独立に起きたことを示唆。

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の元島登哉大学院生(研究当時)、永嶌鮎美助教(生命理工学コース主担当)、太田地洋学士課程学生、加藤明准教授(生命理工学コース主担当)らは、同学院の西原秀典助教(生命理工学コース主担当)、ミシガン州立大学のIngo Braasch(インゴ・ブラーシュ)准教授との共同研究により、魚類特異的とされてきたNa+-Cl- 共輸送体2(NCC2)[用語1]遺伝子が、哺乳動物などの四肢動物にも存在することを明らかにした。

血液などの体液に最も多く存在するイオンであるNa+とCl-の濃度は、厳密に制御されている。真骨魚類[用語2]はNa+とCl-の恒常性の維持を担う膜輸送体として、ヒトなどの哺乳動物も有するNa+-Cl- 共輸送体(NCC1)[用語3]に加えて、エラ塩類細胞[用語4]に発現するNCC2と呼ばれる類似タンパク質を有する。NCC2遺伝子は真骨魚類のみで見つかっており、真骨魚類が四肢動物と分岐した後に獲得されたと考えられてきた。

本研究では、さまざまな脊椎動物[用語5]の公開ゲノムデータベースを用いて、真骨魚類のNCC2遺伝子と相同な四肢動物の遺伝子座を解析した。その結果、NCC2遺伝子は、ヒトなど多くの哺乳動物では偽遺伝子[用語6]化して存在し、ウマと単孔類(カモノハシ、ハリモグラ)にのみ無傷で存在することがわかった。また両生類や非鳥類型爬虫類[用語7]にも存在するが、鳥類や一部の真骨魚類(フグなど)では欠損し、サメなど軟骨魚類には存在しなかった。さらに、ウマやミシシッピアカミミガメ、アフリカツメガエル、スポテッドガーに由来するRNAを用いてNCC2遺伝子の発現組織を調べると、主に卵巣や未成熟生殖腺に発現していた。

これらの結果から、NCC2遺伝子は脊椎動物に広く存在し、進化的・地理的に広く分布するさまざまな系統において独立に偽遺伝子化・欠損したことが明らかになった。これらの結果は、Na+とCl-の恒常性を維持する分子機構がどのように進化したかを理解する上で有用な知見になることが期待される。

この成果は、2023年1月16日に米国生理学会が発行する「Physiological Genomics(フィジオロジカル・ゲノミクス)」にオンライン掲載された。

背景

陽イオン-塩化物イオン共輸送体(cation-coupled Cl cotransporter, CCC)ファミリーは、溶質輸送体12(Solute carrier 12, SLC12)ファミリーとしても知られ、ヒトなどの哺乳動物においては9つのメンバーから構成されている。このSLC12ファミリーに含まれ、ヒトやマウスが有するNa+-Cl共輸送体(NCC1, SLC2A3)は、主に腎臓の遠位曲尿細管(distal convoluted tubule, DCT)の管腔側細胞膜に局在し、腎臓におけるNaCl再吸収の約5%を担う。このNCC1はサイアザイド系利尿薬の標的分子としても知られ、その活性は血圧や体液量の恒常性維持に寄与している。これまでは、哺乳動物が有するNa+-Cl共輸送体はこのNCC1のみだと考えられてきた。

2008年、魚類から2つ目のNa+-Cl共輸送体が単離・同定され、NCC2(またはSLC12A10、NCCβなど)と命名された。魚類では、NCC1 (SLC12A3) は腎臓や腸に発現し、NCC2(SLC12A10)はエラ、卵巣を含むさまざまな器官に発現する。NCC2は、ゼブラフィッシュではエラ塩類細胞の頂端膜に発現し、淡水からのイオン吸収の一部を担っていることから、魚類の浸透圧制御や淡水順応に重要な役割を担うタンパク質であると考えられている。

これまで、NCC2は哺乳動物を含む四肢動物には存在せず、魚類のみに存在すると考えられてきた。真骨魚類は他の脊椎動物と比べて全ゲノム重複を1回多く経験している。そのため、哺乳動物に1つある遺伝子が魚類に2つ存在することは珍しいことではなく、NCC2も真骨魚類のみで起きた全ゲノム重複の産物だと考えられていた。

研究成果

本研究では、公開されているさまざまな脊椎動物のゲノムデータベースを用いて、真骨魚類のNCC2遺伝子と同じ遺伝子座に相同遺伝子が存在するか解析した。まず、条鰭類に属する古代魚のスポテッドガーと、肉鰭類に属する古代魚のシーラカンスのゲノムを解析したところ、これらの生物種はNCC1とNCC2を1つずつ有することが明らかになった。シーラカンスは四肢動物と共通祖先を有する。従って、シーラカンスNCC2の存在は、四肢動物NCC2の存在を強く示唆するものであった。またさまざまな真骨魚類のゲノムデータを解析したところ、大部分の真骨魚は1つ以上のNCC2遺伝子を有していたが、フグ目はNCC2遺伝子を欠損していることが明らかになった。

続いて、両生類、爬虫類、鳥類のゲノムデータベースを解析したところ、両生類および主要な3系統の爬虫類(トカゲ・ヘビ類、カメ類、ワニ類)は、NCC1とNCC2を1つずつ有することが明らかになった。一方、調べた全ての鳥類ゲノムデータベースは、1つのNCC1遺伝子を有する一方で、NCC2遺伝子を欠損していた。

さらに、哺乳動物のゲノムデータベースを解析したところ、全ての哺乳動物はNCC1遺伝子を1つ有していた。ヒトを含む大部分の有胎盤類および有袋類は偽遺伝子化したNCC2遺伝子(NCC2偽遺伝子)を有していた(図1)。一方で、マウスなど一部の種はNCC2遺伝子全体を欠損していた。興味深いことに、単孔類に属するカモノハシとハリモグラ、および奇蹄目に属するウマとシマウマには無傷のNCC2遺伝子が存在していた。一方、同じ奇蹄目に属するサイ、ロバ、モウコノウマのNCC2遺伝子は偽遺伝子化していた。

図1. ヒトNCC2遺伝子の偽遺伝子化

図1. ヒトNCC2遺伝子の偽遺伝子化

古代魚や四肢動物において、実際にNCC2遺伝子が転写されているかどうかを確認するため、スポテッドガー、アフリカツメガエル、ミシシッピアカミミガメ、ウマのさまざまな組織に由来するRNAを用いてNCC2遺伝子の発現組織を調べたところ、主に卵巣や未成熟生殖腺に発現していた。スポテッドガーやアフリカツメガエルは淡水中に生息し、エラや皮膚に塩類細胞を有しているが、スポテッドガーのエラや、アフリカツメガエルの皮膚やエラ(幼生)にはNCC2は発現していなかった。比較のため、NCC1の組織発現も解析したところ、解析した全ての種においてNCC1は主に腎臓に発現していた(図2)。

図2. 脊椎動物におけるNCC1、NCC2の発現部位の比較

図2. 脊椎動物におけるNCC1、NCC2の発現部位の比較

以上の解析により、NCC1とNCC2は脊椎動物に広く存在することが明らかになった。NCC1は解析した全ての生物種に存在したが、NCC2は鳥類、大部分の哺乳動物、一部の魚類において偽遺伝子化もしくは欠損していた(図3)。このことは、NCC2が進化的・地理的に広く分布するさまざまな系統において独立に偽遺伝子化・欠損したことを示している。また、組織発現解析によれば、NCC1の腎臓における発現は種を超えて保存されていた。一方、NCC2が種を超えて保存されている発現部位は卵巣・生殖腺であることが示唆された。

図3. 脊椎動物におけるNCC2遺伝子の進化

図3. 脊椎動物におけるNCC2遺伝子の進化

社会的インパクト

本研究の成果は、Na+とCl-の恒常性を維持する分子機構が脊椎動物の進化や環境適応の過程でどのように進化したかを理解する上で、有用な知見になることが期待される。またヨーロッパウナギのNCC2には、NCC1を標的としたサイアザイド系利尿薬が作用しない性質があることから、NCC1とNCC2の比較によって、利尿薬の標的部位の解明に寄与できる可能性もある。

今後の展開

NCC2のエラ塩類細胞における生理機能は、ゼブラフィッシュ等の淡水魚を用いた実験から世界的に研究が進み、その役割が解明されつつある。一方で本研究は、進化的に最も保存されたNCC2の発現部位が卵巣であることを明らかにした。このことからは、NCC2が魚類、非鳥類型爬虫類、両生類の卵巣においても重要な生理機能を有することが示唆される。今後は、これらの生物種の卵巣におけるNCC2の生理機能の解明が期待されるとともに、水棲動物の生殖制御に有用な分子機構の解明につながる可能性もある。

  • 付記

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究B(17H03870、21H02281および19H03272)および若手研究(21K14781)の支援を受けて実施された。本研究の一部は東京工業大学ダイバーシティ推進室ワークライフ両立支援部門の「育児・介護中の研究者のためのアシスタント配置プログラム」の支援によって行われた。Braasch研究室が担当した実験は、the US National Science Foundation EDGE(grant no. 2029216)およびthe US National Institutes of Health(R01 OD011116)の支援を受けて実施された。

  • 用語説明

[用語1] Na+-Cl- 共輸送体2 : Na+-Cl- 共輸送体(用語3)の類似タンパク質として魚類より見出された。魚類のみに存在すると考えられてきたが、本研究により哺乳類などにも広く存在することが明らかになった。

[用語2] 真骨魚類 : 魚類の系統群。条鰭類の進化過程でもっとも後に生じたグループ。魚類の大半を占める。

[用語3] Na+-Cl- 共輸送体 : Na+とCl-を同方向に輸送する膜タンパク質。種を越えて体液の恒常性維持に重要であるとされている。腎臓の遠位曲尿細管に発現し、尿中のNa+とCl-を再吸収する。

[用語4] 塩類細胞 : 主に魚類のエラ表面に散在する、ミトコンドリアに富んだ細胞。体内と外界との間で直接イオンを吸収・分泌することにより、体内のイオン濃度の維持に寄与する。

[用語5] 脊椎動物 : 脊椎(背骨)を持つ動物の総称。魚類、爬虫類、両生類、鳥類、哺乳類を含む。また軟骨魚類(サメ、エイなど)や円口類(ヌタウナギ、ヤツメウナギ)も脊椎動物に含まれる。

[用語6] 偽遺伝子 : かつては機能していたが、突然変異や一部配列の欠失により機能を失った遺伝子。さらに時間が経過すると、偽遺伝子の配列全体がゲノムから完全に失われる。

[用語7] 非鳥類型爬虫類 : 鳥類を爬虫類内に含める分類体系において、鳥類以外で爬虫類に分類されるグループ。トカゲ・ヘビ類、カメ類、ワニ類が該当する。

  • 論文情報
掲載誌 : Physiological Genomics
論文タイトル : Na+- Cl cotransporter 2 is not fish-specific and is widely found in amphibians, non-avian reptiles, and select mammals
著者 : Toya Motoshima, Ayumi Nagashima, Chihiro Ota, Haruka Oka, Kohei Hosono, Ingo Braasch, Hidenori Nishihara, Akira Kato
DOI : 10.1152/physiolgenomics.00143.2022
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准教授 加藤明

E-mail : akirkato@bio.titech.ac.jp
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