生命理工学系 News
再発・難治多発性骨髄腫の新たな創薬標的を発見
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の山本淳一助教と山口雄輝教授(共に生命理工学コース主担当)、東京医科大学の半田宏特任教授、埼玉医科大学の木崎昌弘教授らの研究グループは、多発性骨髄腫[用語1]の治療薬であるポマリドミド[用語2]の抗がん作用にARID2[用語3]というタンパク質の分解が関わっていることを明らかにした。
サリドマイド誘導体であるレナリドミド[用語4]やポマリドミドは免疫調節薬[用語5]とも総称され、治癒の難しい血液がんである多発性骨髄腫などに対する治療薬として用いられている。ポマリドミドはレナリドミド抵抗性の患者にも有効なことから、レナリドミドとは異なるメカニズムで抗がん作用を発揮すると考えられるが、その詳細は不明だった。
今回の研究により、ポマリドミドがARID2の分解を引き起こすことでレナリドミドとは異なる抗がん作用を発揮していることが明らかとなった。さらに、ARID2がレナリドミド耐性や再発・難治性の多発性骨髄腫で高発現しており、患者の予後を予測する「予後不良マーカー」として有用であることも明らかとなった。
今回の研究の成果により、再発・難治骨髄腫の新たな診断法や治療法の開発が期待される。この研究成果は9月21日(米国時間)、米科学誌「ネイチャーケミカルバイオロジー(Nature Chemical Biology)」に掲載された。
多発性骨髄腫は1990年代までは抗がん剤による病勢コントロールが治療の主体であった。2000年以降、新たな治療薬の登場により、その生命予後は大きく改善しているが、多発性骨髄腫は依然として治癒を得ることが難しい難治な血液がんである。本研究は現在の多発性骨髄腫治療の中心となる免疫調節薬レナリドミドとポマリドミドの作用機序に関するものである。
サリドマイドは1950年代に鎮静剤として開発されたが、深刻な催奇形性を有することから世界的な薬害事件を引き起こし、市場から撤退した。しかし、その後の研究からサリドマイドがハンセン病や多発性骨髄腫などの難病に有効であることが明らかとなり、厳格な統制下での投与が再び認可されるに至っている。
同研究グループは2010年にサリドマイドの分子標的がタンパク質分解を司るユビキチンリガーゼ複合体[用語6]の構成因子であるセレブロンというタンパク質であることを明らかにした。その後の研究から、サリドマイド系薬剤がセレブロンに結合するとその基質特異性が変化し、通常は分解されないタンパク質が分解されるようになることが明らかになってきた。このような特定の薬剤の存在下でのみ分解される標的タンパク質を「ネオ基質」と呼び、サリドマイド系薬剤の多様な薬理作用は様々なネオ基質の分解によって引き起こされると考えられている。
サリドマイド誘導体であるレナリドミドやポマリドミドは免疫調節薬とも総称され、多発性骨髄腫の治療薬として用いられている。レナリドミドが多発性骨髄腫の標準治療で用いられているのに対し、ポマリドミドは標準治療に対して無反応だったり再発したりした場合にサルベージ治療[用語7]で用いられている。
レナリドミドやポマリドミドの多発性骨髄腫に対する抗がん作用に関与するネオ基質として、IkarosとAiolos[用語8]というタンパク質が見つかっているが、これらはレナリドミドでもポマリドミドでも分解され、両者の薬効の違いを説明できない。ポマリドミドがレナリドミド抵抗性の多発性骨髄腫に抗がん作用を示す理由は不明だった。
山口教授らの研究グループは、ARID2というタンパク質がポマリドミド特異的なネオ基質であることを明らかにした。ポマリドミドはレナリドミドよりもARID2を分解する活性が遥かに高く、レナリドミド耐性の多発性骨髄腫細胞においてもARID2を分解し、増殖阻害を引き起こした。これらの結果から、ポマリドミドはIkarosとAiolosに加えてARID2も分解に導くことでレナリドミドよりも優れた抗がん作用を発揮していることが示唆された(図1)。
また、ARID2が高発現している多発性骨髄腫患者は予後が悪いこと(図2A)、ARID2が再発・難治多発性骨髄腫患者において高発現していること(図2B)も判明し、ARID2が予後不良マーカーとして有用であることが示唆された。
ARID2はクロマチンリモデリング複合体PBAF[用語9]を構成するサブユニットの1つである。セレブロンがポマリドミド依存的にARID2を分解する際には、PBAF複合体の別のサブユニットであるBRD7がセレブロンとARID2の間を「橋渡し」していることも当研究グループは突き止めた。また、PBAF複合体が多発性骨髄腫の増殖に必須な「アキレス腱」として知られているMYC遺伝子の発現に重要であり、ARID2が分解されるとMYC遺伝子[用語10]の発現が低下して、多発性骨髄腫が死滅することも明らかにした。
以上の結果から、ARID2はレナリドミド耐性を示す再発・難治多発性骨髄腫の診断や治療において有望な標的であることが判明した。
多発性骨髄腫治療の有望な標的としてARID2が同定されたので、今後はARID2を標的とした、より効果の高い薬剤の開発が期待される。最近の別の研究から、ARID2を含むPBAF複合体ががん免疫療法に対する耐性に関与することも分かってきているので、PBAFを標的とした抗がん剤は多発性骨髄腫だけでなく、様々な種類のがん治療に役立つことが期待される。
[用語1] 多発性骨髄腫 : 血液細胞の一種である形質細胞ががん化した状態。がん化した形質細胞(骨髄腫細胞)は血液を作り出す骨髄の中で増殖し、さまざまな影響を及ぼす。
[用語2] ポマリドミド : サリドマイドの誘導体であり、抗骨髄腫作用と免疫調節作用を有する医薬品。レナリドミド治療に抵抗性を示す多発性骨髄腫や治療後に再発した多発性骨髄腫の治療に用いられる。
[用語3] ARID2 : クロマチンリモデリング複合体PBAFを構成するサブユニットの1つであり、DNA結合能をもつ。ARID2をコードする遺伝子はCoffin-Siris症候群の原因遺伝子としても知られる。
[用語4] レナリドミド : サリドマイドの誘導体であり、抗骨髄腫作用と免疫調節作用を有する医薬品。多発性骨髄腫の治療全般に用いられる。
[用語5] 免疫調節薬 : サリドマイドやその誘導体で、免疫システムの機能調節のほか、抗がん作用など多様な薬理作用を持つ化合物の総称。
[用語6] ユビキチンリガーゼ複合体 : 細胞内のタンパク質を分解する主要な経路の1つがユビキチン・プロテアソーム系であり、ユビキチンリガーゼ複合体はその経路において分解するべきタンパク質にユビキチンという目印をくっつける役割を果たすタンパク質複合体である。
[用語7] サルベージ治療 : がんが他の治療に対して無反応であった後に行う治療のこと。主に造血器腫瘍において、治療の効果が得られない場合(治療抵抗性)、あるいは再発・再燃した場合に用いる治療のこと。がんの種類によって治療内容は異なるが、その多くは複数の薬を組み合わせた治療となる。
[用語8] Ikaros、Aiolos : リンパ球の細胞増殖や細胞分化に関与する転写因子で、多発性骨髄腫の増殖にも重要な役割を果たす。レナリドミド とポマリドミドの抗骨髄腫作用に関与するセレブロンのネオ基質。
[用語9] クロマチンリモデリング複合体PBAF : クロマチンはゲノムDNAとヒストンタンパク質の複合体であり、クロマチンリモデリング複合体はDNA複製や転写反応などの際にクロマチンの構造変換を担うタンパク質複合体である。
[用語10] MYC遺伝子 : 様々なタイプのがんで頻繁に過剰発現しているがん遺伝子。多発性骨髄腫では増殖に必須な「アキレス腱」遺伝子として知られる。
掲載誌 : | Nature Chemical Biology |
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論文タイトル : | ARID2 is a pomalidomide-dependent CRL4CRBN substrate in multiple myeloma cells |
著者 : | Junichi Yamamoto, Tetsufumi Suwa, Yuki Murase, Shumpei Tateno, Hirotaka Mizutome, Tomoko Asatsuma-Okumura, Nobuyuki Shimizu, Tsutomu Kishi, Shuji Momose, Masahiro Kizaki, Takumi Ito, Yuki Yamaguchi, and Hiroshi Handa |
DOI : | 10.1038/s41589-020-0645-3 |
お問い合わせ先
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
教授 山口雄輝
E-mail : yyamaguc@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5798
東京医科大学 ケミカルバイオロジー講座
特任教授 半田宏
E-mail : hhanda@tokyo-med.ac.jp
Tel : 03-5323-3250