生命理工学系 News
外部操作を必要としない微小ロボット集団の制御に期待
東京工業大学 情報理工学院 情報工学系の瀧ノ上正浩准教授(生命理工学コース副担当)と早川雅之日本学術振興会特別研究員(現・理化学研究所)らは、定常的なラチェット型ポテンシャル[用語1]のもとで、粒子同士の相互作用によって自己組織的に粒子が輸送される集団輸送方法の開発に成功した。
瀧ノ上准教授らは輸送される粒子間の相互作用を利用し、時間変化させないラチェット型ポテンシャルのもとで自己推進力を持たないマイクロ粒子を集団的に輸送することを実現した。また、この現象が粒子密度に依存して起こることを解明した。
今後は、粒子集団の運動原理を解明するアクティブマター物理学やソフトマター物理学[用語2]における基礎研究やLab-on-a-chipデバイス[用語3]内などのマイクロメートルスケール環境における粒子操作技術などの応用研究への貢献が期待される。
従来は非対称形状のラチェット型ポテンシャルによって粒子を輸送するラチェット輸送[用語4]では、ポテンシャル[用語5]の時間変化または粒子の自己推進力のいずれかが、輸送方向の方向性を出すために必要だった。
研究成果は4月7日にドイツの科学誌「Advanced Intelligent Systems(アドバンスト・インテリジェント・システムズ)」のオンライン速報版で掲載された。
近年のマイクロ加工技術の発展により、Lab-on-a-chipデバイス内などのマイクロメートルスケール環境における粒子操作技術は欠かせないものとなっている。中でも、非対称な周期ポテンシャル[用語6]を用いた粒子の輸送が注目されている。この輸送手法は、粒子の運動をラチェット型ポテンシャルのような非対称な周期ポテンシャル(トータルの勾配はゼロ)によって整流することが可能であり、ラチェット輸送と呼ばれる。
したがって、ラチェット輸送は輸送方向に沿ったマクロなポテンシャルの勾配を必要とせずに輸送を実現することができる。一般的に、ラチェット輸送では時間変化するポテンシャルまたは粒子の自己推進力のいずれかが必要である。
例として、フラッシングラチェット[用語7]と呼ばれる周期ポテンシャルのON/OFF切り替えを利用した手法が、ブラウン運動のような等方拡散する粒子の輸送を実現することが知られている。また、細胞のような自己推進粒子[用語8]は、ラチェット型に作られた立体障害などによって運動が整流され、一方向性の輸送[用語9]が可能になる。
瀧ノ上准教授らは今回、新たなラチェット輸送として、粒子間相互作用によって実現する集団的なラチェット輸送を提案した。以前の研究とは異なり、今回の研究では時間変化するラチェット型ポテンシャルも粒子自身の自己推進力も必要とせず、粒子密度が高い場合に生じる排除体積[用語10]的な粒子混雑効果[用語11]によって、自己組織的にあたかもラチェット型ポテンシャルがON/OFFされているような状況を自発的に生み出し、粒子集団が一方向に輸送される現象を実現した(図1)。
瀧ノ上准教授らはノコギリ歯状マイクロ電極によって形成された非対称静電ポテンシャル[用語12]の下で、マイクロ粒子同士が相互作用することで輸送される集団輸送方法の開発に初めて成功した。実験はポリスチレンマイクロ粒子をノコギリ歯状マイクロ電極上に分散させ、定電圧を印加、その様子を観察することで行われた(図2)。
電極間の粒子密度が低い条件では粒子は最も安定な位置である図3の線分PQ(点Pと点Qを結んだ線)上に制限され、一方向の輸送は観察されなかった。一方、粒子密度が高い条件では、粒子集団内の混雑効果により、粒子が一方向へ集団輸送された(図3)。それぞれの粒子は安定なPQ上に集まろうとするが、粒子の排除体積により存在できる粒子数が限られているため、PQ上を占有できなかった粒子が一方向へ輸送された。
この結果は粒子に作用する静電気力、誘電泳動力[用語13]および衝突の効果を導入したモデルによるシミュレーションにおいても同様に確かめられた(図4)。さらに研究グループはノコギリ歯状マイクロ電極によって形成された非対称静電ポテンシャルを一次元のラチェット型ポテンシャルとして単純化し、数理モデルを構築した。
モデル内ではそれぞれの周期内に存在する粒子の数によってポテンシャルが弱まる。この単純化モデルは実験で観察された集団輸送現象を再現するだけでなく、粒子数(混雑度合い)と輸送スピードの非自明な非線形的依存性を明らかにした(図4)。
今回の研究では新たなラチェット輸送として、研究グループは粒子混雑効果によって実現する集団的なラチェット輸送の原理を示した。この集団輸送において、粒子には主に衝突と電気的相互作用の力が加わる。
したがって、今後はサンプルの形状や大きさ、電気的パラメーターと集団輸送の関係を考えることで、輸送速度や方向を選択するより高度な集団輸送原理の開発につながる。将来的には、Lab-on-a-chipなどのマイクロメートルスケール環境における柔軟性と賢さを兼ね備えた高度なサンプル輸送の手法としての発展が期待される。
本研究成果は、文部科学省 科学研究費補助金の支援のもとで得られたものである。また東京工業大学の岸野友輔学部生(当時)との共同研究である。
[用語1] ラチェット型ポテンシャル : ラチェットとは爪車のこと。図1に示してあるような、極小点の左右で傾きが異なるノコギリ歯の形状を持つ周期ポテンシャル。
[用語2] アクティブマター物理学やソフトマター物理学 : アクティブマターはエネルギーを消費して運動を持続する物質・物体、およびそれらの集合体を対象とする物理学。ソフトマターは高分子や液晶、コロイド、両親媒性分子などの物質系を対象とする物理学。
[用語3] Lab-on-a-chipデバイス : チップ上に、フォトリソグラフィなどの微細加工技術を用いて作られた、反応・検出などを行う素子を統合したデバイス。サンプル消費量の少ない点や高い比表面積による反応時間の高速化などのメリットがあり、近年、顕著に発展している。
[用語4] ラチェット輸送 : ラチェット型ポテンシャルを利用し、Lab-on-a-chipデバイス内などの微小環境において、粒子などのサンプルを目的の場所に移動させること。
[用語5] ポテンシャル : 電気的なエネルギーなどの高低を表す指標。ポテンシャルが低い方が安定なので、一般に、物体などはポテンシャルが低い方へ動いていく。
[用語6] 非対称な周期ポテンシャル : ポテンシャルの安定な位置が空間的に偏っている場合、非対称なポテンシャルであるという。それが周期的に繰り返されている場合、非対称な周期ポテンシャルという。今回の研究では、ノコギリの歯のように周期的に並べられた電極の傾きが片方に偏っているため、非対称な周期ポテンシャルである。
[用語7] フラッシングラチェット : ラチェット型ポテンシャルのON/OFF切り替えと粒子の等方拡散を利用した輸送モデル。ラチェット型ポテンシャルの極小点にトラップされた粒子はポテンシャルがOFFになると粒子は等方的に拡散する。再びポテンシャルがONになると極小点にトラップされるが、ラチェット型ポテンシャルの極小点は非対称に偏っているため正味の輸送に方向性が出る。
[用語8] 自己推進粒子 : 周囲のエネルギーを利用して自発的に推進する粒子。例えば、遊走する細胞も自己推進粒子とみなすことができる。
[用語9] 一方向性の輸送 : ブラウン運動のようなランダムな運動には粒子集団全体を見ると特別な方向に動いているわけではないため、輸送方法としては適していない。逆に、粒子集団全体が同じ方向に揃って輸送されている時、一方向性の輸送という。
[用語10] 排除体積 : 物質が占有する空間(体積)。この空間には他の物質は入り込めない。
[用語11] 粒子混雑効果 : 多数の粒子が密集することで現れる効果。本研究では、マイクロ粒子の排除体積により、いくつかの粒子が非対称ポテンシャルの極小点を占有できなくなる効果を指す。
[用語12] 非対称静電ポテンシャル : 安定な位置が空間的に偏った電気的エネルギーに関するポテンシャル。
[用語13] 誘電泳動力 : 静電ポテンシャルの分布が不均一な場所で、ポリスチレンなどの誘電体に働く力。
掲載誌 : | Advanced Intelligent Systems |
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論文タイトル : | Collective ratchet transport generated by particle crowding under asymmetric sawtooth-shaped static potential |
著者 : | Masayuki Hayakawa, Yusuke Kishino, Masahiro Takinoue* (早川雅之、岸野友輔、瀧ノ上正浩*) |
DOI : | 10.1002/aisy.202000031 |
お問い合わせ先
東京工業大学 情報理工学院 情報工学系
准教授 瀧ノ上正浩
E-mail : takinoue@c.titech.ac.jp / masahiro.takinoue@takinoue-lab.jp
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