生命理工学系 News
―舌だけではない!全身の味細胞の機能解明へ―
東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センターの廣田順二准教授(生命理工学コース主担当)、生命理工学院 生命理工学系の山下純平大学院生(日本学術振興会特別研究員)、米国モネル化学感覚研究所の松本一朗研究員らの研究グループは、生体の様々な器官に分布して生体防御反応に関与すると考えられている化学感覚細胞[用語1]のマスター因子[用語2]の同定に成功しました。
口腔内で苦味・甘味・旨味を感知する味細胞の産生に必須な転写因子Skn-1a(別名Pou2f3)[用語3]を欠損したマウスで、体中のTrpm5陽性化学感覚細胞[用語4]が消失していることを見出しました。この発見は、Skn-1aがこれら化学感覚細胞のマスター因子であることを明らかにしたもので、謎に包まれたTrpm5陽性化学感覚細胞の生理機能の解明にむけた重要な成果といえます。
私たちは口腔内の味細胞[用語5]によって味物質を感知しています。近年、味細胞と形態が類似し、味覚に関連する遺伝子を発現する細胞が、気道や消化器官をはじめ体中の様々な器官で見つかってきました。これらの細胞は、共通してTrpm5と呼ばれるイオンチャネルを有し、そのほとんどが味覚受容体を発現していることから、Trpm5陽性化学感覚細胞(以下、化学感覚細胞)と呼ばれています。一般に、苦味を呈する化学物質は毒物であることが多く、ヒトは苦味を舌で感じたときに、それを吐き出し、自分の身を守ることができます。興味深いことに、全身に分布する化学感覚細胞の多くは “苦味”の受容体を発現していることから、生体防御反応への関与の可能性が考えられています。
この成果は、現地時間2017年12月7日(日本時間12月8日午前4時)に米国のオンライン学術誌『PLOS ONE』(プロスワン)に掲載されました。
生物は嗅覚や味覚といった感覚器官によって外部環境中の化学物質を感知し、生存に必要な行動をとります。例えば、苦味を呈する化学物質は毒物であることが多く、動物は苦味を舌で感じたときに、それを吐き出すことで自分の身を守ります。近年、体の様々な部位に化学物質を感知する細胞が存在することがわかってきました。これら一連の細胞は、共通してTrpm5と呼ばれるイオンチャネルを発現し、その多くは味覚受容体を有していることから、Trpm5陽性化学感覚細胞と呼ばれています。
最近の研究によって、気道に存在する化学感覚細胞は、侵入してきた有害物質を苦味受容体によって検出し、有害物質から体を守る反射応答を引き起こすことがわかりました。さらに小腸の化学感覚細胞は寄生虫感染を、尿道では細菌感染を感知し、生体防御反応を誘導することが明らかになっています。このようにTrpm5陽性化学感覚細胞は、生体防御反応において重要な役割を担っていると考えられていますが、これらの化学感覚細胞ができるメカニズムは明らかになっていませんでした。
2011年に米国モネル化学感覚研究所の松本研究員らの研究によって、口腔内で苦味・甘味・旨味を感知する味細胞の産生には転写因子Skn-1aが必須であることが明らかになりました。マウスの様々な器官に存在するTrpm5陽性化学感覚細胞は、細胞の頂点に微絨毛を有し、Trpm5などの味覚関連分子を発現しており、味細胞との共通性を有します。そこで廣田准教授と松本研究員らの共同研究グループは、口腔外に存在するTrpm5陽性化学感覚細胞における転写因子Skn-1aの機能解析を開始し、2013年に呼吸上皮で、2014年に嗅上皮でTrpm5陽性細胞の産生にSkn-1aが必須であることを明らかにしました。
これまでの研究から、転写因子Skn-1aが味細胞を含む全身のTrpm5陽性化学感覚細胞の産生に必須なマスター因子として機能している可能性が考えられました。この仮説を検証するために、同研究グループはTrpm5陽性化学感覚細胞の存在が報告された体中の器官を網羅的に解析しました。まずSkn-1aがTrpm5陽性細胞に発現しているかどうかを解析しました。その結果、解析したすべての器官(気道、胃、小腸、大腸、耳管、尿道、胸腺、膵管)においてSkn-1aがTrpm5陽性細胞に発現していることがわかりました。
次にTrpm5陽性細胞におけるSkn-1aの機能を明らかにするために、Skn-1aの機能が欠失したマウス(Skn-1aノックアウトマウス)の解析をおこないました。Skn-1aノックアウトマウスでは、解析したすべての器官においてTrpm5の発現が消失していただけでなく、Trpm5陽性化学感覚細胞のマーカーである味覚関連遺伝子の発現も消失していました(図1)。以上の結果から、Skn-1aがマウスのTrpm5陽性化学感覚細胞のマスター因子であることが明らかになりました。
Skn-1aがTrpm5陽性化学感覚細胞のマスター因子であることが明らかとなり、Trpm5陽性化学感覚細胞の産生メカニズムに関する研究が飛躍的に進展することが期待されます。また、全身でTrpm5陽性化学感覚細胞が消失するSkn-1aノックアウトマウスは、各器官における化学感覚細胞の生理機能の全容を明らかにするための有用なモデル動物になると考えられます(図2)。さらに化学感覚細胞に発現する味覚受容体を同定することによって、細菌・寄生虫感染に対する生体防御反応のメカニズムの解明、そして感染症や喘息などの疾病の治療に向けた創薬研究への発展が見込まれます。
用語説明
[用語1] 化学感覚細胞 : 化学物質(匂い物質、味物質)による刺激を感知する細胞の総称。主に匂いと味の知覚に関与するが、近年、新たな化学感覚細胞が呼吸上皮、気管、消化器官、尿道などで見つかっている。これらの化学感覚細胞は、細菌や寄生虫の感染、炎症を感知し、生体防御反応に寄与すると考えられている。
[用語2] マスター因子 : 個体の発生や細胞産生において、他の一連の遺伝子を連鎖的に駆動させて、特定の形態を形成したり、特定の性質もった細胞群をつくったりするために必須な転写因子。
[用語3] Skn-1a : マウス皮膚上皮に発現するPOU型転写因子として同定された。Skn-1aは味蕾の甘味・苦味・旨味細胞や呼吸上皮の化学感覚細胞の産生に必須な機能であることが報告されている。
[用語4] Trpm5陽性化学感覚細胞 : Trpm5は甘味・苦味・旨味受容細胞において同定された、一価の陽イオンを選択的に透過させるカルシウム依存性のチャネルである。甘味・苦味・旨味情報のシグナル伝達に必須の分子である。Trpm5陽性化学感覚細胞はマウスの様々な器官に局在しており、Trpm5のほかに共通してvillinが発現している。甘味・苦味・うま味を感知する味細胞、呼吸上皮の孤立化学感覚細胞(solitary chemosensory cells)、気管や尿道のブラッシュ細胞(brush cells)、消化器官におけるタフト細胞(tuft cells)などがある。
[用語5] 口腔内の味細胞 : 味の基本五味(うま味、甘味、苦味、塩味、酸味)を感知する細胞群の総称
論文情報
掲載誌 : | PLOS ONE |
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論文タイトル : | Skn-1a/Pou2f3 functions as a master regulator to generate Trpm5-expressing chemosensory cells in mice |
著者 : | Junpei Yamashita, Makoto Ohmoto, Tatsuya Yamaguchi, Ichiro Matsumoto, Junji Hirota |
DOI : | 10.1371/journal.pone.0189340 |
東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター/生命理工学院 生命理工学系
廣田順二 准教授
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
山下純平 大学院生(日本学術振興会特別研究員)
山口達也 大学院生
モネル化学感覚研究所
松本一朗 研究員
應本真 研究員
本成果は主に、文部科学省(MEXT)/日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金、山崎香辛料振興財団、米国国立衛生研究所のサポートを受けて行われました。
お問い合わせ先
東京工業大学
バイオ研究基盤支援総合センター 生物実験分野
廣田順二 准教授
E-mail : jhirota@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5830 / Fax : 045-924-5832