生命理工学系 News
近畿大学 生物理工学部(和歌山県紀の川市)遺伝子工学科 准教授の山縣一夫、北里大学 メディカルセンター(埼玉県北本市)研究部門 上級研究員の山﨑大賀、本学 科学技術創成研究院 教授の木村宏(生命理工学コース主担当)らの研究グループは、近年話題のゲノム編集[用語1]と呼ばれる技術に着目し、動物の発生に影響を与える「DNAメチル化[用語2]」を、細菌由来の酵素遺伝子を利用してマウス受精卵に“書き込む”ことに世界で初めて成功しました。本研究成果によって、効率的な生殖細胞作製や遺伝子治療に新たな道が開かれることが期待されます。
本件に関する論文が、2017年5月19日(金)午前3時(日本時間)に米国のオンライン学術誌『PLOS ONE』で公開されました。
私たちの身体を構成する細胞はすべて同じ遺伝情報(ゲノム)を核内に持っています。同じ遺伝情報からさまざまな種類の組織や細胞が作られるのは、それぞれの細胞にとって必要な遺伝子だけが使われ、不必要な遺伝子は使われないからです。遺伝情報(ゲノム)を設計図とすれば、部品の採用不採用を記した付箋をエピゲノムといい、設計図をもとに付箋の情報を集約して作った完成品が細胞となります。
エピゲノムは、後天的遺伝情報と呼ばれ、DNAに生じる目印のようなものです。エピゲノムの一つがDNAメチル化であり、正常な個体が発生するために重要な役割を果たすことが知られています。
本研究では、最近話題のゲノム編集技術と細菌由来の酵素遺伝子を利用して、マウス受精卵にDNAメチル化情報を書き込むことに世界で初めて成功し、受精卵にDNAメチル化を効率的に導入することが可能であることを示しました。本研究で開発された技術は、これまで不明だった染色体の機能未知領域(ぺリセントロメア)におけるDNAメチル化の果たす役割を解析する一助となる技術として期待されます。
研究グループはゲノム編集と呼ばれる技術に着目し、ゲノム編集で用いられているTALENおよびCRISPR/Cas9など任意のDNA配列に対して結合することが可能なDNA結合モジュールと、スピロプラズマと呼ばれる細菌が保有するDNAメチル化酵素SssIとの融合遺伝子を作製し、マウスのペリセントロメアに存在するDNA配列であるメジャーサテライトに対してDNAメチル化導入が可能か検討し(図1)、マウス受精卵(図2)およびマウスES細胞(図3)において効率的なメチル化導入が可能であることを示しました。このDNAメチル化の亢進はバイサルファイトシーケンスによる1塩基レベルの解像度だけでなく、DNAメチル化検出用の蛍光プローブを使った顕微鏡レベルでも検出可能なものであり、大規模にDNAメチル化が導入される様子をライブセルイメージングによって追跡することが可能でした。さらに、ペリセントロメアにDNAメチル化を導入したマウス受精卵の細胞分裂期における染色体分配異常を調べたところ、DNAメチル化導入した受精卵とDNAメチル化導入していない受精卵において大きな違いは認められず、着床前初期胚発生の細胞分裂機能にペリセントロメアのDNAメチル化は重要ではないことが示されました。
従来のエピゲノム編集で使用されてきた哺乳動物由来のDNAメチル化酵素は、協調して働く分子を必要としますが、本研究で作製された細菌由来の人工酵素はそれ単独で機能するため、他の生体作用の影響を受けずに安定したDNAメチル化導入効果が期待されます。
なお、本研究は文部科学省科学研究費補助金、新学術領域研究「動的クロマチン構造と機能」(代表:胡桃坂仁志 早稲田大学教授)の支援のもとで行いました。
近年、ゲノム編集技術は大きな広がりを見せています。遺伝子組換え動物を作製する際には、受精卵の中でゲノム編集する方法が一般的です。海外では、ヒト受精卵でゲノム編集を行ったという報告がなされており、新たな遺伝子治療法としての有効性に注目が集まるなかで、その倫理基準などについては多くの議論を呼んでいます。
一方、ゲノム編集技術を応用して特定遺伝子領域のDNAメチル化状態を操作する「エピゲノム編集」が、基礎研究レベルで徐々に報告されはじめています。これは、例えば遺伝情報の読み出しに必要な目印を変える技術であり、遺伝子配列そのものを改変するわけではないので、倫理的問題を解決する可能性があります。これまでは培養細胞などで実験されていましたが、本研究では受精卵を用いたエピゲノム編集について検討を行いました。
マウス生殖細胞のセントロメア(細胞分裂に必須な染色体配列)には、大規模なDNA脱メチル化が生じていることが報告されています。本研究成果によって、マウス受精卵にDNAメチル化を効率的に導入することが可能となるため、生殖細胞の発生・分化に関する研究に応用できるものと考えます。また、複数のがん細胞においても生殖細胞と同様にセントロメアのDNA脱メチル化が大規模に生じていることが報告されており、がんに特徴的なゲノム不安定性との相関性が指摘されています。本研究によるDNAメチル化操作によって、がん細胞におけるゲノム不安定性とDNA低メチル化状態との因果関係を研究することが可能となり、新たながん研究の解析ツールとなることが期待されます。
また、本研究で使用したDNA結合モジュールは任意のゲノム領域に設計できることから、ペリセントロメア以外のさまざまなゲノム部位に対してDNAメチル化の導入を行うことが可能となります。遺伝子破壊を伴わずに遺伝子の発現抑制を行うことが可能であることから、がん遺伝子をはじめとする疾患原因遺伝子の発現抑制など、ゲノムを書き換えない遺伝子治療への将来的な応用展開が期待されます。
用語説明
[用語1] ゲノム編集 : 特定の遺伝子部位に結合するDNA結合モジュールとDNA切断活性をもつタンパク質の働きによって部位特異的な遺伝子破壊や書き換えを可能とする技術。遺伝子破壊動物の効率的な作製などの基礎研究分野、変異遺伝子の修復などの医療分野においても応用可能であることから、近年大きな注目を集めている。
[用語2] DNAメチル化 : 設計図(ゲノム)に書かれているDNAの4種類の文字(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)のうち主にシトシンに付加される目印のことを指す。シトシンがメチル化されると遺伝子を「使わない」、メチル化が外れると遺伝子を「使う」というはたらきがある。
[用語3] エピゲノム : 後天的遺伝情報と呼ばれ、体細胞分裂後にも継承されるDNA塩基配列以外の情報の総称。主にDNAメチル化やヒストンの化学修飾などがよく知られており、これらの組み合わせが遺伝子の発現と抑制に重要な役割を果たしている。
論文情報
掲載誌 : | 米国のオンライン学術誌 PLOS ONE (インパクトファクター:3.057 2015) |
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論文タイトル : | Targeted DNA Methylation in Pericentromeres with Genome Editing-Based Artificial DNA Methyltransferase.(ゲノム編集技術を応用したペリセントロメアへの人為的・配列特異的DNAメチル化誘導) |
著者 : | Taiga Yamazaki, Yu Hatano, Tetsuya Handa, Sakiko Kato, Kensuke Hoida, Rui Yamamura, Takashi Fukuyama, Takayuki Uematsu, Noritada Kobayashi, Hiroshi Kimura, Kazuo Yamagata |
DOI : | 10.1371/journal.pone.0177764 |