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エピジェネティックマークを生体内で観るための細胞内抗体プローブを開発

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2016.09.05

要点

  • ヒストンH4メチル化修飾の生細胞計測に成功
  • 生細胞で働く抗体プローブの結晶構造を解明
  • 線虫の初期発生過程におけるヒストンH4メチル化を観察

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の木村宏教授(生命理工学コース主担当)と佐藤優子研究員を中心とした共同研究グループ(早稲田大学、国立遺伝学研究所、大阪大学、近畿大学、中部大学、かずさDNA研究所、情報通信研究機構などが参加)は、ヒストン蛋白質の特定の翻訳後修飾[用語1](ヒストンH4蛋白質の20番目リジンのモノメチル化,H4K20me1)を生体内で可視化する技術の開発に成功した。

細胞内でDNAと結合しているヒストン蛋白質の翻訳後修飾は、遺伝子の働きを制御する重要な役割を果たしている。その中でもH4K20me1は、DNA損傷修復や不活性X染色体[用語2]のマークとして重要であることが知られていたが、生きた細胞内での修飾の変化を観察する技術はなかった。

今回、H4K20me1を直接検出する細胞内抗体プローブH4K20me1-mintbodyを開発し、生きた細胞や線虫で転写抑制されたX染色体のライブイメージングに成功した(図)。また、抗体プローブの抗原結合領域の結晶構造を明らかにした。抗体は本来細胞外で作られる蛋白質であるため、細胞内では環境の違いにより適切な構造を形成・維持できない場合が多い。H4K20me1-mintbodyの細胞内での機能の成否に関わるアミノ酸残基を同定し、立体構造に与える影響を明らかにした。本研究成果は、細胞機能におけるH4K20me1の意義を調べるツールとして有用であることに加え、さらに細胞内抗体プローブの開発において今後広く役立つことが期待される。

この成果は8月14日に米科学誌Journal of Molecular Biologyオンライン速報に掲載された。

H4K20me1を直接検出する細胞内抗体プローブH4K20me1-mintbody

図. H4K20me1を直接検出する細胞内抗体プローブH4K20me1-mintbody

研究成果

ヒストンH4タンパク質20番目リジンのモノメチル化(H4K20me1)特異的抗体の可変領域を取得し、GFP融合型一本鎖可変領域抗体(single-chain variable fragment, scFv)として細胞に発現させ、細胞内抗体プローブ(modification-specific intracellular antibody, mintbody)を作製した。分裂酵母細胞や哺乳動物細胞を用いて、H4K20me1-mintbodyがH4K20me1に特異的に結合することを確かめた。また、生きた細胞や線虫の不活性化X染色体のライブイメージングに成功した。さらに、プローブの標的認識部位であるscFvの結晶構造を明らかにし、細胞内でのH4K20me1-mintbodyが適切な構造を形成・維持するために必要なアミノ酸残基を同定した。

背景

多細胞生物の体を構成する細胞では、個々の細胞に特有の遺伝子が活性化している。この遺伝子発現制御には、エピジェネティック制御が重要であることが示されてきた。エピジェネティック制御とは、DNA配列の変化を伴わずに起こる遺伝子発現の制御であり、DNAのメチル化やDNA結合蛋白質であるヒストンの翻訳後修飾などにより引き起こされる。ヒストン修飾は、細胞分化過程やシグナル応答などの発現遺伝子がダイナミックに変化する際に可逆的に変化するため、特に重要な役割を果たすと考えられている。H4K20me1は、DNA損傷修復や遺伝子発現制御、またX染色体の不活性化などに関与することが報告されているが、生きた細胞でどのようにこの修飾が変化するのかを調べる方法は開発されていなかった。

研究の経緯

蛋白質の翻訳後修飾の検出法として、細胞を固定した後に修飾特異的抗体を反応させる方法が最もよく用いられている。しかし翻訳後修飾の役割をより詳細に理解するためには、生きた細胞でダイナミックに変化する修飾を個々の細胞単位で調べる必要がある。木村教授らのグループはこれまで、修飾特異的抗体由来の生細胞プローブを開発し、生きた細胞の中で起こるヒストン蛋白質の翻訳後修飾を、蛍光顕微鏡を用いて観察するシステムを樹立してきた。特に抗体の可変領域を蛍光蛋白質融合型scFvとして細胞内に発現させたプローブmintbodyは、遺伝子改変動物の個体レベルの解析などに応用可能である。

今後の展開

H4K20me1は、DNA損傷修復や遺伝子発現制御、またX染色体の不活性化などに関与することが報告されているが、詳細な作用機序や意義は未だ明らかにされていない部分が多い。本研究により得られたH4K20me1-mintbodyにより、生細胞での解析が可能となり、この修飾の新たな側面が見いだされることが期待できる。また、抗体は本来細胞外で作られる蛋白質であるため、細胞内では環境の違いにより適切な構造を形成・維持できない場合が多い。今回、H4K20me1-mintbodyの細胞内での機能の成否に関わるアミノ酸残基を同定し、立体構造に与える影響を明らかにした。この成果は、一般的な細胞内抗体プローブの開発において今後広く役立つことが期待される。

用語説明

[用語1] 翻訳後修飾 : 蛋白質は細胞内で生合成された後、アセチル化、メチル化、リン酸化など様々な化学修飾を受ける。細胞内のほとんどの蛋白質は、これらの修飾により機能や活性が調節されている。

[用語2] 不活性X染色体 : ヒトやマウス、線虫の性染色体構成は、雄はXY型、雌はXX型である。X染色体上には生存に必須な遺伝子が存在するが、雌雄間での発現量を補正するために、片方のX染色体は染色体全体で遺伝子発現の不活性化が起こる(線虫の場合は両方のX染色体遺伝子の発現量が半減して補正する)。

論文情報

掲載誌 : Journal of Molecular Biology
論文タイトル : A genetically encoded probe for live-cell imaging of H4K20 monomethylation
著者 : Yuko Sato, Tomoya Kujirai, Ritsuko Arai, Haruhiko Asakawa, Chizuru Ohtsuki, Naoki Horikoshi, Kazuo Yamagata, Jun Ueda, Takahiro Nagase, Tokuko Haraguchi, Yasushi Hiraoka, Akatsuki Kimura, Hitoshi Kurumizaka, Hiroshi Kimura
DOI : 10.1016/j.jmb.2016.08.010 別窓

問い合わせ先

科学技術創成研究院 細胞制御工学研究ユニット
教授 木村宏

Email : hkimura@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5742

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