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全方位型キラル光ナノアンテナへ
東京工業大学 物質理工学院 材料系の松方妙子大学院生(博士後期課程2年)、三宮工准教授(材料コース 主担当)、スペインICFOのF. Javier García de Abajo(ハビエ ガルシア デ アバホ)教授らの研究グループは、新規開発した完全偏波4次元カソードルミネセンス法[用語1]を用いた光の位相マッピング[用語2]により、球体からの円偏光放射[用語3]の制御が可能であることを見出した。
完全な対称性をもつ球体はキラル[用語4]な性質をもたないが、電子線を用いて球状シリコンナノ粒子中の双極子[用語5]の位相制御をすることで、円偏光の抽出に成功した。
球体を用いたキラルな光ナノアンテナは、全方位型のアンテナとして機能するため、次世代光通信などへの応用が期待される。
本研究成果は2020年8月26日付の「ACS Nano」(American Chemical Society米国化学会)オンライン速報版に掲載された。
円偏光は、電磁波である光の電場が光の進行方向に対してらせん状に回転する光である。そのらせん回転の方向を二値的なデジタル信号にすることで、円偏光を利用した量子通信や暗号化などへの応用が期待されている。コンパクトな光デバイスを実現するためには、このような光の偏光状態をナノスケールで制御する必要がある。
物質と光の相互作用において、円偏光の回転選択性は、物質のキラルな構造の有無に依存する。一方、多くの発光源はキラルな性質をもたないため、円偏光を選択的に発生させるためには、直線偏光した光源からの放射に波長板など光学素子を通すか、キラル構造をもつ光アンテナに発光源をカップリングして、放射する光の円偏光を制御することになる。
特に、ナノスケールのデバイスにおいては、アンテナをナノスケール化した、「光ナノアンテナ」を用いる方法が提案されてきている。しかし、キラル構造をもつ光ナノアンテナの円偏光の回転方向は、アンテナの構造に固定されており、回転方向を自在に制御することはできない。
一般に円偏光は、位相の異なる二つの直交する双極子からの放射の重ね合わせとして表現することができる。光ナノアンテナからの円偏光を定量的にとらえるには、この二つの双極子の位相差を検出することになる。また、アンテナは放射角や周波数(エネルギー)依存性を持つので、光ナノアンテナの評価には、放射角とエネルギーを同時分解した放射を、ナノスケールの空間分解能をもって解析する必要がある。
本研究では、2つのアプローチで球形の光ナノアンテナにおける円偏光場制御に成功した。一つ目は加速電子線を励起源として用いることで位相差をつけて2つの直交する双極子を励起する方法である(図1a)。マイナスのチャージを持った加速電子が球体を横切るとき、位相の異なる縮退[用語6]した双極子が励起される。
二つ目のアプローチはシリコン(Si)をはじめとした誘電体物質を材料とすることで、電気双極子に加えて、極に直交する回転電場を伴う磁気双極子を励起する方法である(図1b)。これら電気・磁気双極子は異なる共鳴エネルギーを持つため、双極子間に位相差が生じ、円偏光を生成することが期待できる。本研究ではこれらの球体からの円偏光生成のコンセプトを、実験的および理論的に実証した。
今回、電子線励起による円偏光生成をナノスケールで測定するため、放射角・エネルギーの同時分解可能な完全偏波4次元カソードルミネセンス法を新規に開発した。図2に手法の概略を示す。この測定は、走査型透過電子顕微鏡[用語7]をベースにしており、1 nmスケールの高空間分解能での光電場分布を可視化することができる。
試料からの電子線励起発光(=カソードルミネセンス)の角度分散[用語8]を空間的に保持したまま、分光器の2次元CCDカメラ面で一度に計測することで4次元計測(空間2次元+角度1次元+エネルギー1次元)を可能にしている。また、偏光素子と1/4波長板[用語9]によって直線偏光・円偏光両方の偏光場の計測が可能になっている。この手法を利用して、6つの偏光状態における強度分布から、直交場の相対位相差及び偏光状態を示すストークスパラメータの空間分布を算出できる。今回はSiナノ球からの円偏光放射の測定を行った。
図3aは電気双極子の共鳴エネルギー域における相対位相差δのマッピングである。この位相差δが0<|δ|<πのとき、放射場は円偏光成分を持つ。図3aにおいて、位相差の符号が左右で反転しており、放射される円偏光の回転方向が反転していることがわかる。これは励起位置が左右で反転したとき、左右に分極した双極子モードの符号が反転しているためである。これは図1aで示したような円偏光生成を実証している。
図3bは電気・磁気双極子の干渉エネルギー域における相対位相差δのマッピングである。対角極同士で同符号を持つ4極の位相分布を得ることができた。これは、図1bで示したように、回転方向が4極に分布するような円偏光放射の様子を実験的に証明している。また、これらの結果は理論的な解析計算からも裏付けられている。以上のように、2つのコンセプトにおける円偏光放射を実験的に実証し、それを作り出す直交する電場の位相差分布の取得に成功した。
本研究で提案したような対称性の高い構造からの円偏光制御は、全方位型の円偏光アンテナとして有用であると考えている。また、本研究で開発した完全偏波4次元カソードルミネセンス法はナノスケールでの偏光状態や位相抽出が広く可能となるため、今後の光デバイスやナノフォトニック材料の解析や研究開発に強力なツールとなる。
[用語1] カソードルミネセンス法 : 加速電子により励起された発光(カソードルミネセンス)を計測する手法。カソードルミネセンスは、古くはブラウン管ディスプレイ(CRT)などで用いられている。
[用語2] 光の位相マッピング : 電磁波である光は、電場と磁場の振幅と位相から構成される。通常の光検出では、振幅成分(エネルギー)しか検出できないが、位相の基準となる参照波と干渉させることで位相成分の抽出も可能である。ここでは、加速電子による発光の相対位相を検出した。
[用語3] 円偏光放射 : 電場成分が時間的に回転する光の放射。電場が一方向に固定された放射は直線偏光。
[用語4] キラル : 構造が、その鏡像と重ね合わすことができない性質。例えば、右手の鏡像である左手は、右手と重ね合わすことができないため、右手(あるいは左手)はキラルな構造である。
[用語5] 双極子 : 正と負の電荷にわかれた電荷対(あるいは磁荷対)。この電荷が振動することで光(電磁波)が放射される。
[用語6] 縮退 : モードのエネルギーが同じであること。エネルギー分解だけで縮退したモードを区別することはできない。
[用語7] 走査型透過電子顕微鏡 : 高エネルギーの電子線を試料に収束させ、電子線をスキャンすることにより、ナノスケール(およびサブナノスケール)で物質や生体をイメージングする顕微鏡。
[用語8] 角度分散 : 放射角度とエネルギーの2次元的な関係。
[用語9] 1/4波長板 : 複屈折により、直交する光電場に1/4波長分の位相差を与える光学素子。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究領域「光の極限制御・積極利用と新分野開拓(研究総括:植田 憲一)」における研究課題「加速電子線を用いた光ホログラフィ」(研究者:三宮工(JPMJPR17P8))、科学研究費 特別研究員奨励費(研究者:松方妙子(20J14821))を受けて行われました。
掲載誌 : | ACS Nano |
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論文タイトル : | Chiral Light Emission from a Sphere Revealed by Nanoscale Relative Phase Mapping |
著者 : | Taeko Matsukata, F. Javier García de Abajo, Takumi Sannomiya |
DOI : | 10.1021/acsnano.0c05624 |