生命理工学系 News
東京科学大学(Science Tokyo)※生命理工学院 生命理工学系の金子真也助教(生命理工学コース 主担当)は、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、公益財団法人岩手生物工学研究センター、大分県農林水産研究指導センター、株式会社北研、九州大学の研究グループと共同で、シイタケの発生温度を決定する遺伝子座を特定し、高温で発生する菌株を判別できるDNAマーカーを開発しました。
シイタケは空調施設内での菌床栽培や屋外での原木栽培によって生産されています。シイタケの発生は温度に強く依存し、品種によって異なることが知られています。シイタケは比較的低温を好むきのこで、現在広く栽培されている品種の多くは通常10〜22℃で発生します。一方、近年の気候変動に伴う温暖化の影響を受けた発生不良や、冷房等に用いる光熱費の高騰による生産コストの上昇が懸念され、それらの問題に対応できる品種の作出が期待されています。研究グループは、シイタケの発生温度を決める遺伝子座をQTL[用語1]解析によって特定し、高温で発生する菌株を判別するDNAマーカーを開発しました。さらに、このDNAマーカーで選抜したシイタケが高温条件下で発生することを栽培試験で実証し、菌株の選抜にかかる時間を従来の方法から約75%削減することができました。
このDNAマーカーの開発により、高温で発生可能なシイタケ株の選抜の効率化や新品種の作出促進、そして原木栽培での安定発生や菌床栽培での光熱費の削減など、シイタケ産業の発展に貢献することが期待されます。
本研究成果は、日本きのこ学会誌Vol.32にて公開されました。
※2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
シイタケは東アジアを中心に、世界で最も広く栽培される食用きのこの一つです。日本においても、シイタケは栽培きのこの中で生産額が最も高く(農林水産省令和4年特用林産物生産統計)、空調設備のある施設内での菌床栽培や、屋外での原木栽培によって生産されています。シイタケの発生は温度に強く依存し、品種によって異なることが知られています。近年の気候変動に伴う温暖化等の影響による発生不良や、冷房費などの光熱費の高騰による生産コストの上昇などが懸念されています。そのような問題に対応するため、菌床栽培では光熱費の削減に資する品種、原木栽培では温暖化した地域でも安定的に発生する品種の作出が期待されています。
栽培きのこの従来の品種作出方法では、交雑育種[用語2]によって目的の特性(収量やきのこの形など)を有する菌株[用語3]を選抜し、交配を重ねて菌床栽培による発生試験をおこない特性を評価するため、非常に多くの時間と労力がかかります。これに対してDNAマーカー利用選抜(MAS)と呼ばれる方法は、目的の形質に関わる遺伝子座を対象に、PCRによって目的の菌株のDNAだけが増幅するマーカー(以下、DNAマーカー)を使って容易に目的の菌株を選抜することが可能です。
MASが開発できれば、20℃以上の高温で発生するシイタケの選抜が簡便にできるようになり、新品種の作出を加速させることができます。そのためには、シイタケの発生する温度に関与する遺伝子を特定する必要があります。
本研究では、シイタケの発生温度に関与する遺伝子座を探るために、ゲノム上の位置(量的形質遺伝子座:QTL)の特定に着手しました(図1)。まず高温できのこが発生する品種(以下、高温性品種)と低温で発生する品種(低温性品種)の交配によって交雑F1株を作出し、その交雑株の胞子を取得しました。それら胞子から成長した一核菌糸の塩基配列パターンを解析して染色体の連鎖地図を構築しました。その一方で、一核菌糸によるきのこの発生に適した温度を評価しました。取得した一核菌糸と低温性品種の一核菌糸を交配[用語4]して92株のF2集団を作出し、10℃〜22℃までの4段階の温度が異なる施設内において、通常よりも20分の1以下のサイズの50 g小型菌床[用語5]および1.5 kgの通常サイズの菌床を用いて発生試験を行いました。そしてQTL解析を行うために、連鎖地図と発生評価試験の結果を統合して、シイタケの発生温度に関与する可能性が高いと考えられる遺伝子座を解析しました。
その結果、4つの遺伝子座がシイタケの温度発生に関与する可能性が高いことが分かりました(図2)。中でもqTF1と名付けた遺伝子座に基づいて作成したDNAマーカーを用いると、高温性品種、低温性品種を明確に判別することができました(図3)。さらに本研究では、DNAマーカーの効果を確認するため、高温性品種を識別するDNAマーカーを使い、45菌株から13菌株を選抜して菌床栽培による発生試験を行ったところ、全ての菌株が22℃の高温条件下できのこを発生しました(図4、図5)。
従来の方法で高温性菌株を選抜する場合、交配した全ての菌株に対して菌床栽培による発生試験をして評価・選抜するため、多大な労力と時間を要していました。しかし本研究で開発したDNAマーカーを使えば、全ての菌株に対して発生試験をする必要がありません。そのため、従来の方法で選抜する場合と比べて、高温性菌株のスクリーニング作業にかかる時間を約75%削減することが可能になりました。このDNAマーカーを用いることにより、高温性菌株の選抜を効率化することで、高温条件下でも栽培可能な新品種の作出が促進されます。こうした新品種の栽培により、原木栽培における高温による発生障害を軽減するとともに、菌床栽培での光熱費を削減することで、シイタケ産業の発展に貢献することが期待されます。
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、公益財団法人岩手生物工学研究センター、大分県農林水産研究指導センター、株式会社北研、東京科学大学、九州大学
研究費:農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業「シイタケの高温発生品種を効率的に作出するための技術開発」(平成23年度~平成25年度)、生物系特定産業技術研究支援センター・イノベーション創出強化研究推進事業「マーカー利用選抜による気候変動に適応した菌床栽培用シイタケ品種の開発」(平成28年度~令和2年度)
[用語1] QTL(Quantitative trait loci):量的形質遺伝子座。量で表すことができる形質を支配する遺伝子のあるゲノム中の場所。DNAマーカー育種ではこのQTLの位置を確かめることが重要となる。
[用語2] 交雑育種:遺伝的に異なる品種の間で人工的に交配を行い、新しい品種を作ること。ここでは高温性菌株と低温性菌株の菌糸を人工的に交配させることを指す。
[用語3] 菌株:同一の遺伝子型を共有する菌糸の集まりで、培養によって維持されているもの。
[用語4] 一核菌糸からのきのこの形成:一核菌糸は遺伝情報を持つ染色体が1組しかない菌糸で、この状態ではきのこは作れない。しかし適合性を示す別の一核菌糸と接合することで染色体を2組有した二核菌糸となり、成長が進み、条件が整うときのこを形成する。
[用語5] 小型菌床による栽培試験:通常サイズの菌床を用いた栽培試験に比べて、省スペース、低コスト、短期間で試験が可能である。本研究では、小型菌床により一次選抜した後、通常サイズの菌床で二次選抜を行った。
掲載誌 : | 日本きのこ学会誌 Vol 32(1): 31-40 |
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論文タイトル : | Mapping of quantitative trait loci associate with temperature for fruiting body induction in Lentinula edodes (shiitake mushroom) |
著者 : | MIYAZAKI Kazuhiro(宮崎和弘)、SAKAMOTO Yuichi(坂本裕一・岩手生物工学研究センター)、SATO Shiho(佐藤志穂・岩手生物工学研究センター)、MIYAMOTO Ryohei(宮本亮平・大分県農林水産研究指導センター)、YADA Ryoko(彌田涼子・大分県農林水産研究指導センター)、ISHII Hideyuki(石井秀之・大分県農林水産研究指導センター)、YAMAUCHI Takahiro(山内隆弘・株式会社北研)、GOTO Fumikazu(後藤史和・株式会社北研)、KINOSHITA Akihiko(木下晃彦)、KANEKO Shinya(金子真也・東京科学大学)、ASANO-MATSUSHITA Satomi(浅野(松下)さとみ・元東京工業大学)、MIYAZAKI Yasumasa(宮崎安将)、OKII Erika(沖井絵理香・九州大学)、SHIRAISHI Susumu(白石進・九州大学) |