生命理工学系 News

深海が作り出すイオン電池を発見

生命起源の理解に貢献

  • RSS

2024.10.17

概要

東京科学大学 未来社会創成研究院(研究当時:東京工業大学 国際先駆研究機構)地球生命研究所の中村龍平教授(理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター生体機能触媒研究チームリーダー)、イ・ヘウン基礎科学特別研究員(研究当時)、高知大学海洋コア国際研究所の奥村知世准教授らの国際共同研究グループは、マリアナ海溝北東斜面の水深約5,700 mに位置する深海熱水噴出孔[用語1]の構造を詳細に解析しました。その結果、熱水噴出孔の中には、イオンを選択的に運ぶための小さな通路が存在し、熱水噴出孔が発電していることを突き止めました。

イオンの濃度差を利用した発電は、生命がエネルギーを生成する際に利用している仕組みです。この生命の基本的な仕組みが自然に発生していることを発見した本研究は、生命の起源に関する手掛かりを提供するものです。

私たちヒトも含め全ての生命は、細胞内でイオンの濃度差を利用してエネルギーを生み出しています。そのため、生命がどのようにしてこの仕組みを利用し始めたのかという疑問は、生命の起源に迫る重要な問いです。

国際共同研究グループは、生命が誕生した場所として有力視されている深海熱水噴出孔をナノレベル[用語2]で詳細に調べました。その結果、熱水噴出孔が板状の形を持つ鉱物で構成され、その鉱物が規則正しく並ぶことで、イオンを運ぶために最適な通路を形成していることが判明しました。さらに、この熱水噴出孔のサンプルは、海水中のイオンを選択的に運ぶことで電気を生み出していることが確認されました。

この発見は、生命のエネルギー変換システムの一部が、地球の自然の化学反応によって生成されることを示す成果です。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(9月25日付)に掲載されました。

深海熱水噴出孔が作り出すイオン電池

背景

光が届かない深海には、巨大な構造物である深海熱水噴出孔がそびえ立っています。この煙突状の構造物は、さまざまな金属イオンを含む熱水を冷たい海水に向けて放出し続け、その過程で徐々に成長し、時にはその高さが60 mにも達することがあります。そして熱水噴出孔には、地表とは異なる独自の生命圏が形成されています。

近年、この構造物は地球だけにとどまらず、土星の衛星エンケラドス[用語3]など、氷に覆われた天体でも発見されています。また、熱水噴出孔は、生命が誕生する以前の太古地球にも存在していたため、研究者たちは、これらの熱水噴出孔が、地球上で最初の生命が誕生するための「天然の化学合成装置」として重要な役割を果たしていた可能性があると考えています。

これまで中村チームリーダーらは、最先端の材料化学の知見を用いて、熱水噴出孔の解析に取り組んできました。2010年から現在に至るまで、黒煙を噴出するブラックスモーカー型熱水噴出孔の解析に取り組み、この噴出孔が燃料電池[用語4]のように発電し、その電気を使って二酸化炭素から有機分子が生成されることを明らかにしました注1)。

今回、国際共同研究グループは、もう一つのタイプであるホワイトスモーカー型熱水噴出孔の解析に取り掛かりました。400℃近い高温の熱水を放出するブラックスモーカー型とは異なり、ホワイトスモーカー型は90℃程度の温和なアルカリ性の熱水を噴出します。そして、マグネシウムやシリコンなどの金属水酸化物が主成分となり、細孔をたくさん持つ多孔質状の構造を作り出します。この特異な構造と環境が生命起源に関する重要な手掛かりを提供する可能性があると考えられています。そのため、国際共同研究グループは、深海マリアナ海溝より採取されたホワイトスモーカー型サンプルに対して、実験室における物性評価と併せて、大型放射光施設「SPring-8」[用語5]において詳細なナノレベルでの構造解析を行いました。

2022年12月8日 クローズアップ科学道「深海の発電現象から探る無機物と生命の接点」|RIKEN別窓

研究成果

国際共同研究グループは、地球上で最も深い海溝の一つであるマリアナ海溝の北西側斜面、水深約5,700 mに位置する「しんかいシープフィールド」から採取された熱水噴出孔サンプルを研究対象にしました。ここでは、カンラン石[用語6]と水が反応することでできたアルカリ性の熱水により、板状の形を持つブルーサイト[用語7]と呼ばれる鉱物を主成分としたホワイトスモーカー型の熱水噴出孔が作り出されています(図1a)。

採取したサンプルについて顕微鏡を用いた観察を行ったところ、大きさが100ナノメートル(nm、1 nmは10億分の1メートル)程度の小さな板状の結晶が集合することで分厚い膜を作り、熱水と海水の通り道を作り出していることが分かりました(図1b)。そして、この膜には、周期的なしま模様が刻まれ、これが何層にも重なることで200~400マイクロメートル(μm、1 μmは100万分の1メートル)の厚さに成長していました(図1c、d、e)。

図1. マリアナ海溝から採取した熱水噴出孔サンプル
(a)深海熱水噴出孔のサンプルの写真。(b)サンプルの光学顕微鏡写真。(c、d、e)サンプルの電子顕微鏡写真。

次に、鉱物から出来上がった膜の構造を詳しく調べるために、放射光X線回折実験[用語8]を行いました。試料の複数の領域をX線でスキャンし、回折強度の最も強い方向を矢印で示しました(図2上)。この図では、ブルーサイトが整列する方向を色分けしました。驚くことに、スキャンした試料の全体にわたって、板状の形を持つブルーサイトのナノ結晶が規則正しくきれいに配列し、海水と熱水の通り道から放射状に広がっていることが分かりました(図2下)。そして、この配列により、80 cmの高さを持つ試料全体に、イオンを運ぶのに適したナノサイズのチャネル(通路)のような構造物が作り出されていることが確認されました。

図2. 熱水噴出孔サンプルの放射光X線回折計測と回折強度の図
(上)熱水噴出孔の内部に含まれるブルーサイト結晶の顕微鏡像と配向性。
(下)ブルーサイト結晶の集積により作り出されるイオンを選択的に運ぶ通路の模式図。

実際に、国際共同研究グループは、この仮説を検証するために、試料を海水中に含まれるナトリウムやカリウムなどのイオンの濃度に違いがある環境に浸し、イオンの輸送を調べました(図3左)。その結果、ナノサイズのチャネルが持つ表面電荷によって、熱水噴出孔全体が選択的なイオン輸送材料として働き、ナトリウムイオンやカリウムイオン、そして塩化物イオンや水素イオンなどの濃度の違いを電気エネルギーに変換できることが分かりました(図3右)。つまり、天然の熱水噴出孔は、海水中の多様なイオンを選択的に運ぶことで、電気エネルギーを生成する浸透圧発電システム[用語9]として機能する可能性があることが示されました。

図3. 熱水噴出孔サンプルのイオン輸送評価
(左)熱水噴出孔サンプルの発電特性を評価している様子。
(右)熱水噴出孔サンプルでカリウムイオンと塩化物イオンが選択的に輸送される模式図。

今後の期待 

今回の研究結果は、生命にとって不可欠なイオンを利用したエネルギー変換が、地質学的な過程によって自然に生じることを示しました。イオンの濃度差は自然界で広く見られ、生命が誕生する以前の太古の地球でも同様の現象が起こっていた可能性があります。また、最近の研究では、土星の衛星エンケラドスなどの氷に覆われた天体で熱水活動が確認されています。将来、これらの天体からのサンプルが地球に持ち帰られ、詳細な解析が行われることで、類似した構造と発電現象が見つかる可能性もあります。

また、自然界に豊富に存在するブルーサイトにより発電現象を実証した本研究の成果は、海水と淡水を利用する浸透圧発電のための新たな材料合成法としても期待されます。そのため、この研究成果は、国際連合が定めた持続可能な開発目標(SDGs)[用語10]の「7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに」にも寄与するものです。

国際共同研究グループ・発表者

  • 東京科学大学 未来社会創成研究院(研究当時:東京工業大学 国際先駆研究機構) 地球生命研究所
    教授 中村龍平(理研 環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チームリーダー、発表者)
  • 東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所
    特任助教イ・ヘウン(Hye-Eun Lee)(理研 環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム 基礎科学特別研究員(研究当時、現 客員研究員)、発表者)
  • 東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所
    准教授 マックグリン・エリン・ショーン(Shawn Erin McGlynn)(理研 環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム 客員研究員、地球生命コース 主担当)
  • 東京科学大学 物質理工学院
    山口晃 助教(理研 環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム 客員研究員)
  • 東京科学大学 物質理工学院
    高橋紘哉(理研 環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム 研修生)
  • 理化学研究所 環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム
    研究員 大岡英史
  • 理化学研究所 環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム
    特別研究員(研究当時) イ・ジウン(Ji-Eun Lee)
  • 理化学研究所 創発物性科学研究センター 物質評価支援チーム
    チームリーダー 橋爪大輔
  • 理化学研究所 創発物性科学研究センター 物質評価支援チーム
    テクニカルスタッフI 足立精宏
  • 理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門
    部門長 山本雅貴
  • 理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門
    研究員(研究当時) 引間孝明
  • 理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門
    専任技師 平田邦生
  • 理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門
    専任技師 河野能顕
  • 理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門
    客員研究員 松浦滉明
  • 高知大学 海洋コア国際研究所
    准教授 奥村知世(発表者)
  • 海洋研究開発機構
    研究員 山本正浩
  • ソウル大学校(韓国)
    教授 ナム・キテ
  • 海上保安庁海洋情報部海洋研究室
    室長 小原泰彦(海洋研究開発機構 招聘上席研究員、名古屋大学 大学院環境学研究科 客員教授)

イ・ヘウン

中村龍平

奥村知世


  • 付記

本研究は、理化学研究所基礎科学特別研究員(SPDR)制度(代表者:イ・ヘウン)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「化学班:CO環境で駆動される前駆代謝システムの実証(22H05153、研究分担者:中村龍平)」および若手研究「化学合成微生物群集によるストロマトライト形成の検証(15H05468、研究代表者:奥村知世)」「合成実験とゲノム解析から明らかにするチムニー内初期生命誕生・進化のシナリオ(19K14830、研究代表者:奥村知世)」の助成を受けて行われました。また、試料の解析は、大型放射光施設「SPring-8」のビームラインBL32XUおよびBL38B1において実施されました。本研究では、マリアナ海溝海洋国定公園における調査に関する米国魚類野生生物局の特別使用許可(#12541-14001)の下、有人潜水調査船「しんかい6500」および支援母船「よこすか」を用いた調査航海(YK14-13)にて採集された試料を使用しました。

  • 用語説明

[用語1] 深海熱水噴出孔:海底にある熱水が噴き出す場所。海底火山活動によって生じ、ミネラルの豊富な熱水が放出され、周囲には特殊な生物群が生息している。

[用語2] ナノレベル:ナノメートル(nm、1 nmは10億分の1メートル)単位の規模。ナノスケール化された物質や構造は、一般的に1 nm以下の大きさを持つ。

[用語3] エンケラドス:土星の周りを公転する衛星の一つ。表面は氷に覆われているが、その下には熱水噴出孔や液体の水があり、地球外生命の発見につながると注目されている。エンセラダスと呼ばれることもある。

[用語4] 燃料電池:水素などの燃料と酸素を化学反応させて電気を生成する装置。排出物はほとんど水だけで、クリーンなエネルギー源として注目されている。主に電気自動車や家庭用発電装置に利用されている。

[用語5] 大型放射光施設「SPring-8」:兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理研の実験施設。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する細くて強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外線から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光が得られるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。

[用語6] カンラン石:主にマグネシウムと鉄から成る鉱物で、地球内部のマントルに多く含まれる。

[用語7] ブルーサイト:水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)から成る鉱物。

[用語8] 放射光X線回折実験:放射光X線を使って結晶性の物質の構造を詳しく調べる手法。放射光施設では、実験室でのX線よりも非常に強力で小さいX線ビームが得られるため、微小な試料や複雑な構造の解析が可能である。これにより、材料科学や化学、生物学など幅広い分野での研究に役立っている。例えば、新素材の開発やタンパク質の構造解析などに使われる。

[用語9] 浸透圧発電システム:海水と淡水が作り出すイオンの濃度差を利用して発電する技術。

[用語10] 持続可能な開発目標(SDGs):2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴールから構成され、地球上の誰一人として取り残さないことを誓っている。SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に推進している。

  • 論文情報
掲載誌: Nature Communications
論文タイトル: Osmotic Energy Conversion in Serpentinite-Hosted Deep-Sea Hydrothermal Vents
著者: Hye-Eun Lee, Tomoyo Okumura, Hideshi Ooka, Kiyohiro Adachi, Takaaki Hikima, Kunio Hirata, Yoshiaki Kawano, Hiroaki Matsuura, Masaki Yamamoto, Masahiro Yamamoto, Akira Yamaguchi, Ji-Eun Lee, Hiroya Takahashi, Ki Tae Nam, Yasuhiko Ohara, Daisuke Hashizume, Shawn Erin McGlynn, Ryuhei Nakamura
DOI: 10.1038/s41467-024-52332-3別窓

関連ページ

お問い合わせ

東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所

教授 中村龍平

Email ryuhei.nakamura@elsi.jp

  • RSS

ページのトップへ

CLOSE

※ 東工大の教育に関連するWebサイトの構成です。

CLOSE