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I型コラーゲン生合成過程の可視化に成功

教科書に修正を迫る成果、肝線維症など難治性疾患の治療法開発に期待

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2022.04.13

要点

  • 不可能とされてきたI型コラーゲンの可視化に世界に先駆けて成功
  • 定説とは異なるプロコラーゲンタンパク質の「細胞内」プロセシングを証明
  • 肝線維症の原因である肝星細胞の活性化に伴うプロセシング変化を発見

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の田中利明助教(生命理工学コース主担当)の研究グループは、不可能とされてきたI型コラーゲンの可視化に成功し、株式会社資生堂との共同による高解像度ライブイメージング解析などによってコラーゲン生合成過程を分子細胞レベルで解析することを可能にした。

皮膚や骨、軟骨などの組織では、年齢と共に減少するコラーゲンの保持が課題となっている。一方で、臓器におけるコラーゲンの過剰や変質は、逆に肝線維症や肺線維症などの臓器線維症や関節リウマチなどの膠原病といった疾患につながる。こうした疾患はまだ根治法のない難治性疾患となっている。根治法がない原因としては、プロセシング[用語1]、輸送、分泌過程といったコラーゲン生合成過程についての分子細胞レベルでの情報不足が挙げられている。

本研究では、可視化I型コラーゲンを用いたライブイメージング解析などの結果として、これまでの定説とは異なり、プロコラーゲン[用語2]は「細胞内」プロセシングを受けること、および、肝線維化の原因である肝星細胞[用語3]の活性化に伴って、この細胞内プロセシングが変化することなどを明らかにした。本成果により、コラーゲン異常を原因とする難治性疾患に対する薬剤や、皮膚や骨などのコラーゲン量を保持する薬剤・成分について、新たなコンセプトに基づく薬剤開発および早期診断法開発が進むと期待される。

本研究成果は、生命科学系のオープンジャーナル「Life Science Alliance」に2月18日付でオンライン発表された。

研究成果

東工大の田中利明助教らは、これまで不可能と報告されてきたI型コラーゲンの可視化に成功した。これにより、細胞内のコラーゲン前駆体(プロコラーゲン)の発現からその修飾の様子(プロセシング、部分切断)、細胞内輸送、分泌といった一連の過程を分子細胞レベルで解析可能にした(図1)。そのうえで、コラーゲン分泌を担う皮膚の線維芽細胞に可視化I型プロコラーゲンを導入し、株式会社資生堂との共同研究として高解像度共焦点顕微鏡による解析を実施した結果、生きた細胞でコラーゲンタンパク質が作られて細胞外へ分泌される詳細な様子の動画撮影(ライブイメージング解析)に成功した(図2)。

開発した可視化I型プロコラーゲンの模式図

図1. 開発した可視化I型プロコラーゲンの模式図

皮膚線維芽細胞に可視化I型プロコラーゲンを発現させた様子。黄色=プロコラーゲン、緑=コラーゲン

図2. 皮膚線維芽細胞に可視化I型プロコラーゲンを発現させた様子。黄色=プロコラーゲン、緑=コラーゲン

これらの解析を通して、プロコラーゲンはこれまでの定説とは異なり、「細胞内」でプロセシング(N端(N-pp)、C端(C-pp)の切断)を受けていること、および、コラーゲン生合成過程では、タンパク質合成後のプロセシング、細胞内輸送、および、分泌過程が律速段階となっていることを発見した。ライブイメージング解析においては、コラーゲン本体とN-ppは同様に細胞外に分泌される一方、C-ppは細胞内に残り分解されること、またGolgi後のTGN輸送[用語4]では、コラーゲンは複数ある仮足の内の1つに沿って輸送され、仮足先端以外からも細胞外に分泌される様子が捉えられた。さらに、可視化I型コラーゲンにより肝線維症の原因細胞である肝星細胞を調べた結果、その活性化に伴い、プロコラーゲンのプロセシング過程が変化することも明らかになった。

現在、医学専門書をはじめとする教科書には、コラーゲンは「細胞外」でプロセシングを受けると記載されている。本研究によりプロセシングが「細胞内」で行われていることを証明したことは、世界中の教科書の修正が必要になるような成果だといえる。また本研究の情報をもとに、コラーゲン異常を原因とする難治性疾患に対する新たな治療法や診断法の開発が期待される。さらに、これまで困難であったコラーゲンのプロセシングおよび輸送過程の検出が、ライブイメージング解析といった容易な手法で可能になったことは、コラーゲン生合成過程の分子細胞レベルでの理解につながる。

本研究成果は、EMBO press、Rockefeller Univ. press、Cold Spring Harbor Lab. pressが共同運営する、生命科学一般を扱うオープンジャーナル「Life Science Alliance」においてオンライン発表された。

背景と経緯

コラーゲンは、細胞外マトリックスの主要成分として、体を構成する全タンパク質のおよそ30%を占めており、全身の組織・器官の物理的な保持はもちろんのこと、細胞の増殖・分化といった細胞活動にも重要な役割を担っている。超高齢化社会に向かう日本では、皮膚や骨、軟骨などの組織において年齢と共に減少するコラーゲンを維持する方法の開発が課題となっている。

一方で、体内の臓器でのコラーゲンの過剰や変質は、逆に疾患につながることも知られている。肝線維症や肺線維症などの臓器線維症では、臓器が炎症を繰り返すことでコラーゲン分泌細胞が慢性的にコラーゲンを過剰分泌し、臓器不全にいたる。また、超高齢化社会では関節リウマチなど膠原病の増加も予想されている。膠原病もコラーゲン異常を原因とする疾患である。

日本国内には現時点で、慢性関節リウマチだけで約70万人、肝線維症は肝炎ウイルスに由来する患者数だけで約40万人が報告されている。また肺線維症は、ポストコロナ社会の大きな問題になることが危惧されている。こうしたコラーゲン異常を原因とする疾患については、現在でもメカニズムに未解明の部分が残されており、治療法が確立されていない難治性疾患であるため、新たなコンセプトに基づく根治法の開発が喫急の課題となっている。

現在、コラーゲンには28種類の型が知られているが、コラーゲン全体の90%以上がI型である。上述のコラーゲン異常を原因とする難治性疾患では、I型コラーゲンの過剰発現およびその変異が多く認められている。一方、I型コラーゲンタンパク質は、わずかな変異によってタンパク質が不安定化し、線維が形成されなくなるため、現在の研究手法として多く行われている変異導入やタグ分子の付加が困難である。そのため現時点では、プロセシング、輸送、分泌や線維形成といったコラーゲン生合成過程に関する、分子細胞レベルでの基本情報が著しく欠如しており、このことがコラーゲン異常を原因とする疾患の治療法および診断法の開発に大きな障害となっている。

今後の展開

本研究で得られた、コラーゲン生合成過程の情報に基づいて、今後はコラーゲン異常を原因とする臓器線維症などの難治性疾患の根治薬や、早期診断法の開発、および、皮膚や骨などのコラーゲン量を保持する薬剤・成分の開発が進むと期待される。特に、これまではターゲットとされてこなかったコラーゲン生合成の過程を狙うことにより、新たなコンセプトに基づくこれまでにない薬剤が開発されると予想される。

田中助教のグループでは、可視化I型プロコラーゲンをもちいた薬剤・成分スクリーニング系が開発されており(図3)、これを利用した、皮膚や骨のコラーゲン量を保持する薬剤・成分の開発や、コラーゲン異常を原因とした難治性疾患に対する薬剤などの開発が急がれている。また、本研究から得た情報をもとに、コラーゲン分泌の新規マーカー開発も進められている。将来的には、体内コラーゲン量を容易に知ることができる低侵襲的方法を開発することにより、体内コラーゲン量変化を体の健康状態を知る指標の1つにすることが期待される。

可視化I型コラーゲンによる薬剤・成分評価系およびスクリーニング系の模式図

図3. 可視化I型コラーゲンによる薬剤・成分評価系およびスクリーニング系の模式図

  • 用語説明

[用語1] プロセシング :合成されたタンパク質が様々な修飾を受けること。プロコラーゲンにおいてはN端(N-pp)およびC端(C-pp)の切断を意味する。

[用語2] プロコラーゲン : I型コラーゲンタンパク質は、生合成の際には、線維を形成するコラーゲン本体の両端に、N-pp、C-ppが付加した前駆体として形成される。細胞内においてプロコラーゲンは、C-pp からN-ppに向かって約 500 nmの3重らせんを形成し、これがコラーゲン線維の基本となる。

[用語3] 肝星細胞 : 肝臓を構成する主要細胞である実質細胞と類洞内皮細胞の間(ディッセ腔)に介在する間質細胞。平常時はビタミンA の貯蔵などに機能しているが、炎症により活性化すると、貯蔵ビタミンA やコラーゲン増産因子である TGF-βを放出するとともに、コラーゲンなどの細胞外マトリックスを放出する。肝線維化の進展に中心的役割を担っていると考えられている。

[用語4] TGN輸送 : 「トランス・ゴルジ・ネットワーク輸送」の略称。一般的に、小胞体で翻訳されたタンパク質は、ゴルジ体に受け渡されて糖付加などの修飾を受け、その後、ゴルジ体の外側にあるトランス槽から別の細胞内器官や細胞外分泌へと向かう。このとき、ゴルジ体トランス槽から先の経路がTGNと呼ばれる。

  • 論文情報
掲載誌 : Life Science Alliance volume 5, No. 5, 2022. (On line published at 18/Feb/2022.)
論文タイトル : Visualized procollagen Iα1 demonstrates the intracellular processing of propeptides
著者 : Toshiaki Tanaka, Koji Moriya, Makoto Tsunenaga, Takayo Yanagawa, Hiromi Morita, Takashi Minowa, Yoh-ichi Tagawa, Nobutaka Hanagata, Yutaka Inagaki, Toshiyuki Ikoma
DOI :

10.26508/lsa.202101060別窓

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助教 田中利明

E-mail : ttanaka@bio.titech.ac.jp
Tel :045-924-5723

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