生命理工学系 News
既存薬と骨格の異なる構造新規性の高い薬剤開発への活用を期待
東京工業大学 情報理工学院 情報工学系の関嶋政和准教授(生命理工学コース副担当)、山本一樹研究員、物質・情報卓越教育院の安尾信明特任講師による研究グループは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)の治療薬探索において重要な、ウイルス複製に必要な酵素の一つである3CLプロテアーゼの阻害化合物を新規に6個発見した。
現在、経口投与可能な3CLプロテアーゼ阻害薬として、ニルマトレルビル(PF-07321332)がFDAにより緊急使用許可されている。ニルマトレルビルは3CLプロテアーゼの活性部位のCys145残基と反応する共有結合性阻害剤[用語1]であるが、ペプチド結合を含むことや、体内での代謝安定性を高めるためにリトナビルを併用する必要があり、併用注意薬剤の多い新薬である。一方、今回発見したヒット化合物は非共有結合性相互作用[用語2]で3CLプロテアーゼを阻害し、化合物空間[用語3]上でも既知の阻害剤とは異なる空間に属し構造新規性が高い。また、ペプチド様の2級アミド化合物[用語4]を除外し、極性を抑えたライブラリからの選抜を行ったため、得られた化合物は物性予測上、一定程度の膜透過性と安定性が期待されるものとなっている。
本研究成果は2022年1月11日に、国際科学誌「Journal of Chemical Information and Modeling」にオンライン掲載された。
新型コロナウイルス感染症がパンデミックとなった2020年以来、ワクチンの普及が奏功してはいるものの、いまだ流行制圧には程遠い状況であり、集団免疫の獲得に加えて、特効薬の開発も喫緊の課題となっている。低分子創薬の主要な標的分子としては、RNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)やメインプロテアーゼ(3CLプロテアーゼ)が挙げられ、前者を標的とするレムデシビルやモルヌピラビルは既に実用化に至っている。しかし後者を標的とする薬剤は、ニルマトレルビル・リトナビル合剤であるパキロビッドパックが最近本邦でも特例承認されたばかりである。
3CLプロテアーゼ阻害剤の探索は20年前のSARS発生の時点から始まっていたものの、そのファーマコフォアはペプチド様にならざるを得ず、極性が高くなる傾向にあり経口薬としての開発に難があった。その課題を解決し、経口薬化にいち早く成功したのがニルマトレルビルである。しかし、体内の代謝酵素CYP3A4により酸化を受けるため、代謝安定性を高めるためにリトナビル併用によってCYP3A4を阻害する必要があり、併用注意薬剤が多い。加えて、将来的な耐性ウイルスの出現も想定すると、薬剤候補となり得る新規骨格を増やしておくことは有用である。
本研究では、ペプチド様化合物とは異なる化合物空間からヒット化合物を取得するために、まず化合物ライブラリからペプチド結合を有する2級アミド化合物を取り除いてから、ドッキングシミュレーションによるSBVS(立体構造に基づくバーチャルスクリーニング)を実施した。SBVSによって抽出した180化合物を対象に酵素阻害アッセイ実験[用語5]を実施したところ、6化合物でIC50[用語6]の測定に成功した(図1)。
活性は10-4 Mオーダーと比較的微弱であるものの、多くがペプチド様である既知の阻害化合物群とは異なる新規骨格が得られた(図2)。これらの化合物には、物性予測上も一定程度の膜透過性や安定性が期待される。最適化によって活性改善を進める価値のある結果と考えられる。
本研究グループでは、得られたヒット化合物から、より薬らしい化合物を生成するAI創薬手法を開発している。今回獲得したヒット化合物に対しても当該手法を適用することで、COVID-19治療薬開発の指針となるような薬候補化合物の創出を目指していく。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)の支援により実施した。
[用語1] 共有結合性阻害剤 : 標的タンパク質の特定のアミノ酸残基と共有結合することで、標的の機能を阻害する阻害剤。結合が可逆的なタイプと不可逆的なタイプがあるが、いずれも長時間の薬効持続が期待される。Covalent warheadと呼ばれる反応性の官能基を仕込んで設計する。代表的な共有結合性阻害剤として、古くはアスピリンがある。
[用語2] 非共有結合性相互作用 : 水素結合、ファンデルワールス力、静電相互作用、芳香環相互作用など、共有結合ではない分子間相互作用を介した、薬剤と標的分子の間の相互作用。
[用語3] 化合物空間 : 存在しうる化合物全体の集合を化合物空間(ケミカルスペース)と呼び、原子数に応じて化合物空間は爆発的に増大する。分子量 150 程度まででは 109だが、分子量 500程度まででは 1060にもなると見積もられている。
[用語4] 2級アミド化合物 : カルボニル基と窒素原子との結合をアミド結合と呼ぶが、窒素原子の置換基の数により1級(カルボニル炭素のみ)、2級(カルボニル炭素以外に置換基が1つ)、3級(置換基2つ)に分類される。ペプチド結合は2級アミド化合物のアミド結合の一種である。環状アミドはラクタムと呼ばれ、本研究では除外せずにスクリーニング対象に含めた。
[用語5] アッセイ実験 : 生体分子や細胞などを用いて、化合物などの影響を調べる試験。バイオアッセイとも呼ぶ。今回の研究では、3CLプロテアーゼへの化合物の阻害活性を、化合物の濃度を一定にした場合と変化させた場合で調べた。
[用語6] IC50 : 50% 阻害濃度(half maximal (50%) inhibitory concentration)。化合物が標的の働きを半分阻害するのに必要な濃度のこと。値が小さいほど活性が強い。本件では、3CLプロテアーゼの活性を半分阻害する濃度の値を示す。
[参考文献] Yoshino, R., Yasuo, N. & Sekijima, M. Identification of key interactions between SARS-CoV-2 main protease and inhibitor drug candidates. Sci Rep 10, 12493 (2020).
DOI: 10.1038/s41598-020-69337-9
掲載誌 : | Journal of Chemical Information and Modeling |
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論文タイトル : | Screening for Inhibitors of Main Protease in SARS-CoV-2: In Silico and In Vitro Approach Avoiding Peptidyl Secondary Amides |
著者 : | Kazuki Z. Yamamoto, Nobuaki Yasuo, and Masakazu Sekijima |
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