生命理工学系 News
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の田中幹子教授(生命理工学コース主担当)が、第41回猿橋賞を受賞しました。東工大からの受賞は、今回で3度目となります。主催する一般財団法人「女性科学者に明るい未来をの会」が5月22日、発表しました。
猿橋賞とは、猿橋勝子博士によって1980年に創立された「女性科学者に明るい未来をの会」により、毎年1名、自然科学(物理、化学、生物、数学、地球化学等)の分野で顕著な業績を収めた女性科学者に贈呈される賞です。
猿橋勝子博士は、海洋放射能の研究で世界的業績を残した地球化学者です。「女性科学者に明るい未来をの会」は、女性科学者の地位向上を目指した猿橋博士とその趣旨に賛同した友人らの寄附によって創設されました。学術賞(猿橋賞)の贈呈は、同会の主な事業となっています。
同会はウェブサイトで猿橋賞設立の趣旨について「立派な研究業績をあげていても、女性なるが故に低い地位に置かれている女性科学者の未来に一条の光を当てること」と説明しています。自然科学の女性科学者に贈られる学術賞として、毎年、大きく報道され注目を集める賞です。
脊椎動物の手足はどのように形づくられるのか?田中幹子氏は、発生に進化的な視点を取り入れ、独創的な研究を一貫して進めてきています。
ヒトの手足にはアヒルの足のような水かきがありません。ヒトでは、おなかの中で成長する間に、指の間の細胞が失われるためです。これは指間細胞死として知られる現象ですが、田中氏は、この現象には、活性酸素が必要であることを示しました。さらに、この発生の仕組みは、動物が陸上に進出して大気中の酸素に晒された進化の過程でできたことを実験的に示しました。
ヒトの手足は、古代魚のヒレから進化したと考えられています。ヒトの手の骨は根元には1本の骨があり、体とつながっていますが、古代魚のヒレの根元には複数の骨があったとされています。田中氏は、古代魚のヒレの特徴をもつサメを題材に、ヒレから手への進化の過程では、ヒレの前側領域(親指側に相当する領域)よりも後側領域(てのひら側に相当する領域)が広くなっていくことで根元の骨が1本になり、手の形に近づいていくことを示し、その原因となるゲノム配列の変化を明らかにしました。
ヒトの手足と異なり、サメのヒレの筋肉は、体幹部からまっすぐ伸びたような単純な構造に見えます。ヒトの手足の複雑な筋肉をつくる遊離筋と呼ばれる移動能力のある筋芽細胞は、ヒレから手足へと進化した過程で、サメよりも進化的に新しい生物で誕生したとされていました。田中氏は、定説を覆し、サメのヒレの筋肉も、遊離筋様な筋芽細胞からつくられることを明らかにし、手足の筋肉の発生様式の起源がこれまで思われていたよりも古い可能性を示しました。
このように、田中氏は、脊椎動物の手足をモデルにして、その形がどうやって進化してきたのかという生命現象の本質的な課題の一つを独自のアプローチで明らかにしてきました。
田中教授
このたびは、猿橋賞という名誉ある賞を頂きましたこと、心より光栄に存じます。この栄誉は、これまでに私を支えて下さった周りの多くの皆様、研究室の優秀なスタッフや学生達のお陰であると実感しております。
私の研究は、動物の形がどのようなメカニズムで進化してきたのかを理解することを目指すものです。動物の形は、胚が発生していく過程を制御する発生プログラムが変化することで変わっていきます。そこで私はどのように発生プログラムが変化すると、形が進化するのかという視点で研究に取り組んでいます。このようなアプローチの方法によって、発生プログラムの変化しやすいポイントを明らかにできるだけでなく、次世代の発生プログラムへの影響を与えうる要因などについても考察できるような研究へと展開することができると期待しています。
このような栄誉ある賞を頂きましたことを心から感謝するとともに、大きな責任を改めて感じております。今後は、猿橋賞の名に恥じぬよう、生命科学研究の発展に努め、真理を探究することの重要性、そして楽しさを伝えていければと思います。