生命理工学系 News
~1分子分析・診断法の開発~
大阪大学産業科学研究所の川井清彦准教授、Xu Jie(ジョ ジェ)招へい研究員、藤塚守教授らの研究グループは、東京工業大学生命理工学院の丸山厚教授(生命理工学コース主担当)との共同研究で、三重項-三重項エネルギー移動速度を1分子で測定する手法を開発し、バイオマーカーであるmiRNAの一分子検出に成功しました。時間とコストを要する情報の増幅を必要としない、1分子分析・診断法への展開が期待されます。
本研究成果は、独国科学誌「Angewandte Chemie, International Edition」に、3月30日に公開されました。
これまで、化学反応速度の1分子測定を利用した分析法は、1億分の1秒程度の短い寿命を有する一重項励起状態の化学反応の測定が中心でした。これに対して、三重項励起状態は、一重項励起状態に比べて1万倍以上長い寿命を有するものの、分子の分解へと至る化学反応を引き起こしてしまうため、1分子分析法へと応用することは困難でした。川井准教授らは、1分子から放たれる光が点滅して観測される現象(=蛍光blinking※2 )を利用して、化学反応速度を蛍光blinkingにおいて消えて見える時間の長さとして1分子測定してきました。今回、三重項励起状態の生成により蛍光blinkingが起こるように操り、光による分子の分解を防ぐことが知られている「1,4,5,8-cyclooctatetraene(COT)」を、安定化剤、兼、エネルギーアクセプターとして用いることにより、三重項励起状態の代表的な化学反応である、三重項―三重項エネルギー移動速度の1分子測定に成功しました。これにより、これまでは分析原理とはならなかった、100分の1秒程度までの時間領域で起こる、例えば核酸やタンパク質の分子運動などの現象を1分子測定することが可能となり、これら分子運動に影響を与える様々な分子・因子を1分子レベルで分析・診断可能になると期待されます。
極微量の試料を分析するためには、PCRに代表されるように情報の増幅操作が行われますが、時間とコストを要しました。本研究成果により、増幅操作を必要としない、1分子をそのまま検出し分析、診断する手法への応用に期待されます。
本研究成果は、2021年3月30日に独国科学誌「Angewandte Chemie, International Edition」(オンライン)に掲載されました。
掲載誌: | Angewandte Chemie |
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タイトル: | Control of Triplet Blinking Using Cyclooctatetraene to Access the Dynamics of Biomolecules at the Single-Molecule Level |
著者名: | Jie Xu, Shuya Fan, Lei Xu, Atsushi Maruyama, Mamoru Fujitsuka, and Kiyohiko Kawai |
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※1 三重項励起状態: 分子に光をあてると、一重項励起状態を生じます。一重項励起状態の寿命は1億分の1秒程度と短いですが、三重項励起状態に変換されると1万倍以上長い寿命を有します。
※2 蛍光blinking: 光をあてると光る蛍光分子は、何かしらの化学反応が起こるとしばしば光らなくなります。さらに化学反応が起こりもとの状態に戻ると、再び光りだします。一つの分子に注目すると、蛍光が点滅(=blinking)しているように観測されます。点滅の際の消えている時間の長さから、化学反応速度を1分子測定することができます。
生体分子や材料を破壊する悪者として扱われる三重項励起状態ですが、今回この暴れ馬を乗りこなすことにより、1分子分析を達成することができました。