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光で繊毛運動を調節する新規タンパク質の発見

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2021.03.04

概要

繊毛は、細胞から生えている毛状の構造です。私たちの体内にも存在し、精子の運動や、脳、気管、輸卵管などの上皮組織の水流発生を担っています。また、気管などの呼吸器官では、ウイルスや細菌を排除するために重要です。繊毛の中で力を生み出し、運動を起こしているのが、分子モーターであるタンパク質複合体「ダイニン」です。ダイニンの働きは、化学物質や光などの細胞外からの刺激によって変化することが知られています。本研究では、海産動物であるホヤと単細胞緑藻類であるクラミドモナスを用いて、繊毛のダイニンに結合してその動きを調節する、新規の光応答性タンパク質を発見しました。

今回発見されたタンパク質は、青色光の受容に関与する領域を持ち、ダイニンのモーター部分と結合することが分かりました。生物に強い光が当たると、細胞内に活性酸素などが発生し毒性を示します。このため、多くの生物は強い光を避ける傾向があります。クラミドモナスに強い光を当てると、光を避ける行動が見られ、それが長い時間維持されます。一方、このタンパク質を欠いたクラミドモナス変異体は、一時的に強い光を避けますが、すぐに慣れて、再び光に寄っていくようになりました(順化)。つまり、本タンパク質は、ダイニンの動きを調節して、光に順化してしまうのを防止する役割があると考えられます。

今後、繊毛運動の光調節機構の詳細を明らかにすることにより、将来的には、繊毛運動を光で人為的に調節できる可能性も期待されます。

本成果は2021年2月26日(現地時間)に米国科学誌「Science Advances」に掲載されました。

背景

繊毛は細胞から突出している毛状の構造で、波打ち運動をすることで、単細胞の移動や上皮細胞の周りの水流発生を司っています。繊毛の構造は、単細胞生物からヒトに至るまでの進化の過程で、非常によく保存されてきました。精子の鞭毛も繊毛の一種で、ヒトではそれ以外にも気管、脳室、輸卵管などに生えています。運動性の繊毛が異常になると、水頭症や呼吸器不全、不妊、内臓逆位などの疾患を引き起こします。また、細胞外からの刺激の受容にも関与しており、機械刺激や化学物質などの刺激は、細胞膜に存在する受容体を介して、細胞内の情報伝達物質を変化させ、それに応答して、繊毛運動を駆動する分子モーターであるタンパク質複合体「ダイニン」の働きが変化します。一方、光も、細胞外からの刺激として、緑藻類などの繊毛の運動性に影響を及ぼすことが知られています。

研究内容と成果

今回、本研究チームは、分子モーターのダイニンに直接結合する新規の光受容タンパク質を発見しました。海産動物であるカタユウレイボヤから、精子鞭毛の内腕ダイニン[用語1]を精製したところ、これまで知られていないタンパク質が結合していることを見出しました。このタンパク質には、FAD[用語2]と結合し青色光の受容に関与するBLUF(sensors of Blue Light using FAD)と呼ばれる領域が含まれており、これがダイニン分子のモーター部分と結合していたことから、本タンパク質を「ダイニン結合BLUFタンパク質(DYBLUP)」と命名しました。すでに明らかにされている遺伝子情報に基づいて解析した結果、DYBLUPは繊毛を持つ多くの生物に存在することも分かりました。

さらに、単細胞緑藻類であるクラミドモナスを用いて研究を進めたところ、DYBLUP はMOT7遺伝子の産物であり、カタユウレイボヤと同様に、内腕ダイニンのモーター部分に結合することが分かりました。また、DYBLUPが、繊毛を構成する微小管にダイニンをつなぎとめるテザーと呼ばれる構造の成分であることが明らかになりました。クラミドモナスは、通常、光に向かっていく性質がありますが、光が強すぎるとそれを避ける行動が見られ、それが長い時間維持されます。これは、毒性の高い強い光を避けるためにも重要な反応です。しかし、DYBLUPを欠いた変異体では、一時的に強い光を避けるものの、またすぐに光に寄っていってしまう光への順化が起こりました(図1)。このとき、正常なクラミドモナスは、いったん強い光に向かいますが、すぐに2本の鞭毛の運動性を変化させて方向転換し、光源から遠ざかります。一方、DYBLUPを欠損した変異体では、この方向転換を行うための鞭毛運動が異常になっていました(図2)。つまり、DYBLUPには、ダイニンを調節し、光に順化してしまうのを防止する役割があると考えられます。

暗室で行った実験の様子(上図)と、強い青色光に対するクラミドモナスの反応(下図)。

図1. 暗室で行った実験の様子(上図)と、強い青色光に対するクラミドモナスの反応(下図)。

シャーレ内のクラミドモナスに、矢印の方向から強い青色光を当てると、最初は、野生株、DYBLUP欠損株ともに光源から離れるが、欠損株では順化が起き、60分後にはほとんどが再び光源に向かう。

DYBLUPが光順化を防止する仕組み。

図2. DYBLUPが光順化を防止する仕組み。

光と反対の方向に移動した野生株は、一時的に光に向かう運動を示すが、すぐに方向転換して強い光を回避する。この運動調節は、DYBLUPが青色光を受容し、ダイニンとテザーの結合を安定化させることにより生じる。DYBLUP欠損株では、ダイニンとテザーの結合が不安定で、方向転換する運動を行うことができず、強い光に順化してしまう。

今後の展開

DYBLUPのような、光によって分子モーターを直接調節するタンパク質は、これまで知られていません。本研究チームは、DYBLUPがいかに光情報を受容し、分子モーターの活性変化を起こしているのか、その分子機構を明らかにすべく、研究を進めています。光による分子モーターの調節機構が明らかになれば、繊毛運動を光によって自由にコントロールできると期待されます。繊毛は、呼吸器系におけるウイルスやバクテリアの排除、精子の運動、脳脊髄液の循環など、ヒトの器官においても極めて重要な役割を果たしています。今後の研究により、光に対する生物の応答機構について新しい視点が開かれるとともに、将来的には、繊毛運動を光で人為的に調節できる可能性もあります。

研究代表者

  • 筑波大学生命環境系 : 稲葉一男 教授
  • 大阪大学大学院理学研究科 : 昆隆英 教授
  • 東京工業大学科学技術創成研究院化学生命科学研究所 : 若林憲一 准教授(ライフエンジニアリングコース主担当)
  • スイス・ポール・シェラー研究所 : 石川尚 グループリーダー
  • 研究資金

本研究は、科学研究費基盤研究(A)、基盤研究(B)、挑戦的研究(萌芽)、特別研究奨励費、スイスNSF、筑波大学研究基盤支援プログラム(タイプA)他の研究プロジェクトの一環として実施されました。

  • 用語説明

[用語1] 内腕ダイニン : 繊毛のダイニンは、微小管上の結合位置によって外腕ダイニンと内腕ダイニンに区分される。「腕」と呼ばれるのは、その形が腕を曲げたように見えることに由来する。

[用語2] FAD :フラビンアデニンジヌクレオチドの略。代謝酵素の補酵素として酸化還元反応に関与する。フラビンはBLUFタンパク質において、青色光を受容する発色団として働く。

掲載誌 : Science Advances
論文タイトル : A dynein-associated photoreceptor protein prevents ciliary acclimation to blue light (ダイニン結合性光受容タンパク質は繊毛の青色光順応を防止する)
著者 : 久冨理1,2*、山本遼介1,3*、広瀬恵子4、水野克俊1,5、中桐侑平3、今井洋3、苗加彰6、Jagan Mohan Obbineni6,7、Noemi Zimmermann6,8、中島昌子9、柴田大輔1、柴田珠杉1、柴小菊1、北将樹10,11、木越英夫10、田中優衣3、山﨑裕也3、朝比奈佑磨9,12、宋致宖13、野村真未1、野村守1、中島綾子1、中地美都1、山田力志14、中澤志織14、澤田均14、村田和義13、光岡薫15、石川尚6,8、若林憲一9,12、昆隆英3、稲葉一男1** 1筑波大学生命環境系/下田臨海実験センター、2山梨大学医学部、3大阪大学大学院理学研究科、4産業技術総合研究所、5福井大学医学部、6スイス・ポール・シェラー研究所、7インド・ベロール工科大学、8チューリッヒ工科大学、9東京工業大学科学技術創成研究院、10筑波大学数理物質系、11名古屋大学生命農学研究科、12東京工業大学生命理工学院、13生理学研究所、14名古屋大学理学研究科、15大阪大学超高圧電子顕微鏡センター、*共同筆頭著者、**責任著者
DOI :

10.1126/sciadv.abf3621別窓

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お問い合わせ先

筑波大学生命環境系/下田臨海実験センター

教授 稲葉一男

E-mail : kinaba@shimoda.tsukuba.ac.jp
Tel : 0558-22-1317

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

准教授 若林憲一

E-mail : wakaba@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5235

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