生命理工学系 News
ウイルスの存在が目で見える! 簡便、迅速、低コストでウイルスを検出
専門分野は機能性タンパク質(主として抗体)です。端的に言うと、タンパク質を人間にとって使いやすいように、人工的に作り替える研究です。体内にウイルスなどの病原体が侵入すると、その異物を抗原として認識し、これら標的を抑制・排除するための抗体が作られます。この人体の免疫機能のことを、抗原抗体反応といいます。抗体は認識する分子の特異性が非常に高く、医薬品としても利用されています。このような作用機序を用いて、機能性タンパク質の研究開発を行っています。
近年では、抗原抗体反応を利用した抗原の濃度測定法(免疫測定法)も開発されています。さまざまな種類の病原体を検出できることから、検査・診断における優れた測定法として重要性が増しています。しかし、より簡便、迅速、高感度で測定できることが求められています。それに対し、私の研究室では、新規蛍光免疫測定素子「Q-body」を開発しました。Q-bodyは、免疫測定に用いる抗体分子に、蛍光色素を結合させたものです。通常、この蛍光色素は消光(Quench)しており、抗原と結合することで初めて蛍光を発することから、高い感度で測定できることが最大の特徴です。Q-bodyを用いることで、インフルエンザウイルスについても微量で検出が可能となりました。Q-bodyを抗原が解けている溶液に混ぜるだけで検出が可能ですので、操作が簡便で、迅速、低コストという点も特徴です。
加えて、私達の研究室では、准教授の北口先生と一緒に細胞内で抗原が結合すると光るバイオセンサー「Flashbody」なども開発しています。これは、抗体に蛍光タンパク質を結合させたもので、細胞内にウイルスなどの抗原が取り込まれると、蛍光顕微鏡を使って観察できるのが長所です。
R. Abe, et al. J. Am. Chem. Soc. 133, 17386-17394 (2011). [10.1021/ja205925j]
Q-bodyもFlashbodyも原理は多少異なりますが、標的とする抗原への結合能力が高いのが特徴です。例えば、今後Q-bodyを使って新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を高精度で検出するには、最適な抗体を見つけ出すことがポイントになります。現在、候補となる抗体が挙がってきていますので、その性能を調べているところです。また、感度を上げ、コストを下げることが課題となります。1つの抗体では、抗原との結合能力に限界がありますが、複数個の抗体を連結させることで結合能力を高め、感度を上げていく計画です。
米国では、ウイルスがつくと蛍光を発するマスクが開発されているそうですが、私もこのようなものを作りたいと思っています。実際にウイルスを目で見るということが実現すると有用だと思います。
H.J. Jeong , J. Dong and H. Ueda "Single step detection of influenza virushemagglutinin using bacterially produced Quenchbodies"
Sensors 19, 52 (2019).[1424-8220/19/1/52]
上田宏教授からのメッセージ
私自身は化学工学が専門ですが、私が学生時代、バイオテクノロジーブームが起こり、所属していた研究室の教授が「タンパク質工学」に注力し始めたことから、私も傾倒するようになりました。その中で、私は、抗原抗体反応に興味を抱き、ヒト型抗体の作製を学ぶため、ケンブリッジ大学のラボに留学しました。とはいえ、将来、医薬品を開発して社会に貢献しようと意気込んだわけではなく、単なる研究の面白さからでした。今回、COVID-19が感染拡大する中、注力している「Q-body」に関しても、抗原が結合すると蛍光を発するという性質は偶然見つけた現象であり、決して狙ったものではありません。これらの経験から私が若い方々に伝えたいことは自分が面白いと思うことを大切にしてほしいということです。社会に役立つ研究かどうかは誰にもわかりません。