生命理工学系 News
宮崎大学農学研究科の安田仁奈准教授と台湾アカデミアシニカの和田直久博士、東京工業大学生命理工学院 生命理工学系の伊藤武彦教授・梶谷嶺助教(共に生命理工学コース主担当)・湯淺英知特別研究員、九州大学大学院医学研究院の林哲也教授・後藤恭宏助教・ 小椋義俊准教授(現久留米大学教授)、国立遺伝学研究所豊田敦特任教授らは、サンゴの天敵であり、インド・太平洋のサンゴ礁生態系の保全上大きな問題となっているオニヒトデの体表に、未知の細菌(1菌種)が共在菌としてほぼ独占的に存在していることを発見し、全ゲノム[用語1]配列を解読しました。ゲノム情報を用いた解析から、この細菌は、これまでに知られているどの細菌とも系統的に大きく異なる新種であると考えられました。さらに紅海からインド洋、太平洋に渡る様々な海域から得られたすべてのオニヒトデに存在することから、オニヒトデがインド洋・太平洋種に種分化する200万年以上前から共在し、オニヒトデと安定な共生関係を築いていると推察されました。様々な海洋生物で、共生細菌が重要な役割を果たす可能性が指摘されていますが、不明な点が多いため、海洋生物と細菌の共生機構の研究を進めるうえで、今回発見したオニヒトデと細菌の共生系は非常に有用なモデルシステムになると期待されます。また、オニヒトデ共生細菌とそのゲノム情報はオニヒトデのモニタリングにも利用でき、大量発生の早期検出などに活用できる可能性があると考えられます。
この成果は令和2年8月24日にMicrobiome誌(電子版)に掲載されました。本研究は、科学研究費ゲノム支援、先進ゲノム支援221S0002, 16H06279(PAGS)、若手研究B(25870563)、若手研究A(17H04996)、特別研究員奨励費(18J23317)の支援を受けて行われました。
サンゴの天敵であるオニヒトデの大量発生はインド洋・太平洋に分布するサンゴ礁生態系における最も大きな脅威の一つです。沖縄から本州の温帯域においても慢性化・頻発化しているオニヒトデの大量発生による食害が問題になっています(図1)。
一方で、こうした海洋生物の体表面にはさまざまな細菌が共在していることが近年明らかになってきており、免疫や、栄養の供給、窒素固定などホストの生物にとって重要な機能をもつのではないかといわれていますが、実際の機能や役割については殆どわかっていません。オニヒトデにおいても、オニヒトデ自体については多くの研究がなされていたものの、オニヒトデに共生する細菌についてはほとんどわかっていませんでした。 本研究では、まず、オニヒトデの体のさまざまな部位(背中や腕、口側の棘、胃袋、管足)についてどのような細菌がいるか、網羅的に遺伝子配列を解析する細菌叢解析を行いました。その結果、オニヒトデのすべての体表面の組織で、単一の細菌が独占的に存在していることが分かりました(図2の赤色)。これほど高レベルに単一の細菌が見つかることは非常に珍しいことです。
さらに、体表面の組織を採集し、FISH法と呼ばれる方法で、この細菌の遺伝子を特異的に赤く光らせたところ、図3のように、体表面の最表面に存在するクチクラ層[用語5]と実質組織の間の空間にみっしりと膜状に分布していることがわかりました。
また、ホロゲノム解析[用語6]という手法を用いて、この細菌の全ゲノム配列を決定することに成功しました。得られたゲノム情報を用いて解析した結果、この共生菌がスピロヘータ(梅毒・ライム病・ワイル病の原因菌が含まれる)の仲間ではあるものの、既知のスピロヘータとは大きく異なる新種の細菌であることが判明しました(図4)。ゲノム情報の詳細な解析からは、海水環境に適応するための遺伝子を持つことや、菌が移動するために必要な鞭毛を持つにも関わらず、移動の方向性を決定するために必要な走化性に関わる遺伝子が見つからないことなど、既知の細菌と大きく異なる特徴が明らかになりました。
さらに、この細菌がオニヒトデに普遍的に存在しているのかを調べるために、イスラエル(Acanthaster sp. 紅海種)、タイ(インド洋北種 Acanthaster planci)、日本・オーストラリアグレートバリアリーフ・ハワイ(太平洋種 Acanthaster cf. solaris)で採取された3種のオニヒトデを調べたところ、全ての個体からこの共在細菌が見つかりました(図5)。つまり、これらのオニヒトデ3種は200万年前に分岐したと考えられているため、今回発見した細菌は200万年あるいはそれ以前からオニヒトデと共生していると考えられます。
海洋生物と体表面に存在する細菌の共在関係における機能や役割はまだほとんどわかっていません。今回発見したオニヒトデ共生菌については、オニヒトデとの普遍的で緊密な共生関係から、オニヒトデにとって重要な役割を演じている可能性が高いと考えられますが、その機能については未だ不明です。また、培養にも成功できていません。しかし、全ゲノム配列が明らかにできており、さらに一種類の細菌が独占的に存在するという極めてシンプルな共生関係であることから、私達が見出したオニヒトデと細菌の共生系は、海洋生物とその体表面に共在する細菌の機能や役割についての研究を進める上で、非常に優れたモデル系になると期待されます。また、最終的には海水中の細菌数からオニヒトデの大量発生を予測したりモニタリングしたりする有効な手段となるかもしれません。
宮崎大学農学研究科の安田仁奈准教授と、台湾アカデミアシニカの和田直久博士・Sen-Lin Tang教授 、東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の伊藤武彦教授・梶谷嶺助教・湯淺英知特別研究員、九州大学大学院医学研究院の林哲也教授・後藤恭宏助教・小椋義俊准教授(現久留米大学教授)、国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授らは、元東京工業大学生命理工学院 生命理工学系の吉村大博士、元宮崎大学農学研究科の東村幸浩氏、オーストラリア海洋科学研究所のHugh Sweatman博士、ハワイ海洋生物研究所のZac Forceman博士、テルアヴィヴ大学のOmri Bronstein博士、クイーンズランド大学Gasl Eyal博士、プーケット海洋生物センターのNalinee Thongtham博士とともに研究を行いました。
[用語1] ゲノム : 生物が正常な生命活動を営むために必要な、遺伝子群を含む染色体のこと。
[用語2] 細菌叢解析 : 細菌が共通にもつ部分遺伝子領域を人工的に増幅させ、どのような種類の細菌がどの程度いるのかを明らかにする解析。
[用語3] FISH法 : Fluorescence in situ hybridization法(FISH法)のことで、蛍光物質をつけた合成遺伝子を標的rRNAにくっつけること(相補結合)で、蛍光顕微鏡下で可視化する方法。
[用語4] スピロヘータ : らせん状の形態をした細菌の一グループのこと。梅毒・ライム病・ワイル病の原因菌が含まれる。
[用語5] クチクラ層 : 体の表面を覆う層で、内部の保護の役割を果たしたりする層のこと。
[用語6] ホロゲノム解析 : 生き物も含めその内外全部のゲノムを取得・解析する解析手法。
[用語7] PCR : Polymerase Chain Reactionの略で、人工的に限られた長さの遺伝子領域を増幅する技術のこと。
掲載誌 : | Microbiome |
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論文タイトル : | A ubiquitous subcuticular bacterial symbiont of a coral predator, the crown-of-thorns starfish, in the Indo-Pacific |
著者 : | Naohisa WADA; Hideaki YUASA; Rei KAJITANI; Yasuhiro GOTOH; Yoshitoshi OGURA; Dai YOSHIMURA; Atsushi TOYODA; Sen-Lin TANG; Yukihiro HIGASHIMURA; Hugh SWEATMAN; Zac FORSMAN; Omri BRONSTEIN; Gal EYAL; Nalinee THONGTHAM; Takehiko ITOH; Tetsuya HAYASHI; Nina YASUDA |
DOI : | 10.1186/s40168-020-00880-3 |
お問い合わせ先
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
教授 伊藤武彦
E-mail : takehiko@bio.titech.ac.jp
宮崎大学農学部海洋生物環境学科
准教授 安田仁奈
E-mail : nina27@cc.miyazaki-u.ac.jp
九州大学大学院医学研究院
教授 林哲也
E-mail : thayash@bact.med.kyushu-u.ac.jp