生命理工学系 News
がんの有無の判別や種類の特定に有効、がん診断への貢献に期待
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の星野歩子准教授(生命理工学コース主担当)らは、コーネル大学をはじめとする研究機関と共に、広範囲に渡るヒトのエクソソームに共通する「エクソソームマーカー」を発見し、これを用いてがん種を特定することが可能であることを明らかにした。
エクソソームは全ての細胞から産生される微小胞である。エクソソームには細胞由来のタンパク質、核酸、脂質など多様な情報が含まれていることから、様々な疾患を反映したバイオマーカー[用語1]としての期待が高まっている。
今回の研究では、426のヒト由来サンプルの分析から、様々な組織(血漿、血清、手術組織等)でエクソソーム全てに共通する「エクソソームマーカー」の候補を見つけることに成功した。また機械学習によって、エクソソームを用いてがんの有無が判定できること、さらにすべてのステージにおいてがんの種類を特定できることを確認した。さらに、がんの判別やがんの種類の特定に用いることができるエクソソーム含有タンパク質パネル[用語2]には、がん細胞が直接産生するエクソソームだけでなく、その他の“正常細胞”から得られるメッセージが有力であることが分かった。
この成果から、エクソソームを用いたバイオマーカーでは、がんの足跡だけを追いかけるのではなく、がん種別に体全体で起きている変化をバーコードのようにスキャンすることが期待できる。将来的には、がん診断の精度向上にもつながる重要な成果だといえる。
研究成果は2020年8月13日(米国東部時間)に米国科学誌「Cell(セル)」オンライン速報版で公開された。
エクソソームは、全ての細胞から産生される50-150 nmサイズの微粒子であり、1 mlの血液中に数百億個から数兆個のエクソソームが流れている。従来は細胞の不要物を処理する機構と考えられてきた。しかし近年、エクソソームが産生細胞から別の細胞へ取り込まれることが明らかになり、新たな細胞間コミュニケーションツールとして注目を浴びている。
研究グループはこれまでに、肺・肝臓・脳において、がん細胞が産生するエクソソームが、がんの未来転移先へ事前に到達してその臓器内細胞へ取り込まれることで、がん細胞が転移しやすい環境を作っていることを証明してきた[参考文献1,2]。また、がん細胞由来エクソソームには、特定のタンパク質(肺・肝臓では特定のインテグリン[用語3]、脳ではCEMIP[用語4])が選択的に含まれており、それらが「郵便番号」のような役割をすることで、エクソソームの臓器特異的な分布を規定していることを明らかにした。さらに、がん患者の血中エクソソームのELISA解析[用語5]を行うと、肺や肝臓転移があった患者の血中エクソソームでは特定のインテグリンが上昇していることが分かった。すなわち、がん患者の血中にはがん細胞由来のエクソソームが流れていることになる(図1)。こうした背景から、血中エクソソームのタンパク質を元にしたがん診断マーカーの開発が期待されており、この観点から今回の研究を行った。
研究グループは、エクソソーム含有タンパク質に注目して、エクソソームのプロテオミクス解析[用語6]データを用いる機械学習を行った。その結果、エクソソームをマーカーとして使うことで、がん患者と健常者を分けることができるだけでなく、がん種の特定にも有効であることが分かった。
本研究では、426のヒト由来サンプルを用いた分析で、様々な組織(血漿、血清、手術組織等)からのエクソソーム全てに共通する「エクソソームマーカー」候補を見つけることに成功した。そのうえで、様々なステージの16種類のがん(乳がん、肺がん、中皮腫、膵臓がんなど成人のがんと、骨肉腫、神経芽細胞腫などの小児がん)の患者の血漿由来エクソソームのプロテオミクス解析と健常人のものを元に、機械学習を用いてエクソソーム含有タンパク質の種類によって、がんの有無を判定することができることを見出した。さらに、プロテオミクスから得られたエクソソームに含まれるタンパク質パネルを元に、がん種を分けられることを発見した(図2)。さらに、がん種特定やがんの有無を分けるために用いることができるエクソソーム含有タンパク質パネルには、がん細胞が直接産生するエクソソームだけでなく、その他の“正常細胞”から得られるメッセージが有力であることを明らかにした。これらの結果から、がん細胞が産生するエクソソームだけでなく、得られる全てのエクソソームによってがんの有無を確認でき、さらにがん種の特定まで可能であることを見出した。つまり、がん患者の血液には、がんの進行度合いに関係なくがん種別に体内で変化が起きており、それを反映した十分な量のバイオマーカーが存在していることになる。
今回の研究成果は、特に膵臓がんなどの、早期ステージではなかなか見つからないがん種の特定に用いることが期待できるという点で、非常に大きなインパクトがあるといえる。また5 %ほどの患者では、転移は見つかるものの、どの種類のがんが原発なのか分からない「原発不明がん」としてがんが見つかることがある。そうした患者のがん種をエクソソームで特定できれば、これまで原発巣が不明なため治療法を選ぶのが困難だった患者の診断基準となると期待される。また診断の際に、一つのソース(例えばがん細胞)だけに頼ると、それが何らかの理由で検出できなかった時に偽陰性が生まれる恐れがある。エクソソームから得られる情報を用いれば、体内の様々な細胞ががんの存在に対して反応しているサイン全てをバイオマーカーとして活用できるため、そうした見落としの可能性を低くできると考えられる。前述の機械学習では、がんの診断としては感度95 %、特異度90 %の結果が得られた。
本研究では、エクソソーム含有タンパク質が、がんの有無の判定だけでなく、がん種の特定にも役立つことが分かった。今後はさらにサンプル数を増やして分析を行い、がん種についてもさらに幅広く検討する必要がある。今回は概念実証(proof of principal)としての論文となったが、今後実用化に向けて研究を進めていく予定である。さらに、本研究では必要なタンパク質パネルが特定されたが、今後はその全てが必要であるか、どのパネルの使用が最も有用であるかについても検討する。
[用語1] バイオマーカー : 特定の疾病の有無やその進行度を反映する、血液中のタンパク質などを用いた測定
[用語2] エクソソーム含有タンパク質パネル : エクソソームに含まれるタンパク質をプロテオミクス解析する際の各要素を指す。これらを解明することで、がんの有無、もしくはがん種の特定に最も有用な予測分子のパネルを見出した
[用語3] インテグリン : 細胞の表面にあるタンパク質で、細胞同士をつなぐ役割等がある。αとβサブユニットからなるヘテロダイマーで、ヒトでは24種類確認されている。その中でも、研究グループでは、α6β4インテグリンはエクソソームを肺へ導きαvβ5は脳へ導く「郵便番号」の様な役割をすることを報告している
[用語4] CEMIP : ヒアルロン酸結合タンパク質で、エクソソーム上のこの分子はエクソソームを脳内の血管内皮細胞へ導きその形質を変化させることを報告している
[用語5] ELISA解析 : 抗体を使った免疫学的測定法。エクソソームに特定のタンパク質が含まれているかどうかを測定することができる
[用語6] プロテオミクス解析 : タンパク質の網羅的解析。エクソソームに含まれるタンパク質リストが得られる
[1] Hoshino et al., "Tumour exosome integrins determine organotropic metastasis." Nature 527(7578) 329 - 35 2015年11月19日
DOI: 10.1038/nature15756
[2] Rodrigues, Hoshino et al., "Tumour exosomal CEMIP protein promotes cancer cell colonization in brain metastasis." Nature cell biology 21(11) 1403 - 1412 2019年11月
DOI: 10.1038/s41556-019-0404-4
掲載誌 : | Cell |
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論文タイトル : | Extracellular Vesicle and Particle Biomarkers Define Multiple Human Cancers |
著者 : | Ayuko Hoshino, Han Sang Kim, et al. |
DOI : | 10.1016/j.cell.2020.07.009 |
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東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
准教授 星野歩子
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