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テトラヒドロビオプテリン(BH4)が急性術後疼痛の発症に寄与することを初めて解明

急性術後疼痛の新たな治療標的として期待

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2020.08.28

私達が感じる”痛み”は生体における防御機構として必須な感覚ですが、”過度な痛み”や”慢性化した痛み”は、生活の質を著しく損ないます。そのため、鎮痛薬を処方するなど適切にコントロールする必要があります。外科的な手術を受けた後には強い痛みを感じるため、モルヒネ様化合物(オピオイド)など強力な鎮痛薬が処方されますが、オピオイドには呼吸抑制などいった重篤な副作用があります。また依存性が高い為、術後鎮痛のために処方されたオピオイドを起点として乱用や過剰使用による死亡例が増加しています。特にアメリカではオピオイドクライシスと呼ばれるほど、オピオイド使用が原因による死亡数の増加が社会問題となっています。現状、オピオイドに代わる強力な鎮痛薬は存在しないため、医療現場では新しい作用機序をもった強力で副作用の無い非オピオイド鎮痛薬が求められています。

テトラヒドロビオプテリン(BH4)は、ドーパミンやセロトニンなどの神経伝達物質や、一酸化窒素の生合成に必須な補因子です。近年、BH4はこれら生合成の補因子としての役割だけでなく、神経細胞の損傷や炎症により過剰に産生されると痛みを引き起こすことが報告されています。今回、生命理工学院 生命理工学系の一瀬宏教授(生命理工学コース主担当)らの研究グループは、旭化成ファーマ株式会社との共同研究で、このBH4が急性の術後痛の発症に関与することを明らかにしました。

研究には、げっ歯類の片側の足裏を切開する急性術後痛モデルを用いました。この動物モデルの切開した足裏の組織では、BH4を産生する酵素群の発現が上昇し、BH4の濃度が数日にわたって高くなることが分かりました。そこで、BH4産生酵素の一つであるセピアプテリン還元酵素(SPR)を欠損するマウスを用いて、急性術後痛モデルを作製し、痛みの反応を観察しました。通常のマウスでは、切開した近傍の組織で痛覚過敏(普通では痛みを引き起こさない刺激によって痛みを生じる)の症状が起こりますが、SPRを欠損したマウスではその症状が減弱していました。さらに末梢組織選択的にSPRを阻害するQM385という化合物をモデル動物に投与し、同様に痛みの反応を観察したところ、患部組織中のBH4濃度低下とともに痛覚過敏が減弱することがわかりました。これらの結果より、BH4が術後の痛みの発症に関与する物質であることを明らかとしました。

①SPRノックアウトマウスは急性術後痛モデルで発症する機械痛覚過敏が減弱する。 ②SPR阻害剤QM385は急性術後痛モデルで発症する機械痛覚過敏を減弱させる。

Sprノックアウトマウスは急性術後痛モデルで発症する機械痛覚過敏が減弱する。
②SPR阻害剤QM385は急性術後痛モデルで発症する機械痛覚過敏を減弱させる。

本研究成果により、BH4が急性術後痛の新たな治療薬標的と成り得ることが示唆されました。現在、BH4の濃度を調節することで鎮痛効果を発揮する薬剤はまだ開発されていません。強い鎮痛効果と高い安全性を両立させた画期的な急性術後痛治療薬の開発が期待されます。本研究成果は、米国科学誌「Pain」に掲載予定(印刷中)で、現在オンライン版が公開されています。

  • 論文情報
掲載誌 : Pain
論文タイトル : Peripheral tetrahydrobiopterin is involved in the pathogenesis of mechanical hypersensitivity in a rodent postsurgical pain model
著者 : Arai, Hirokazu; Takahashi, Rina; Sakamoto, Yoshiaki; Kitano, Tatsuya; Mashita, Okishi; Hara, Satoshi; Yoshikawa, Satoru; Kawasaki, Koh; Ichinose, Hiroshi
DOI : 10.1097/j.pain.0000000000001946別窓
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