生命理工学系 News
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の嶋田直彦助教、丸山厚教授(共に生命理工学コース主担当)らの研究グループは、同 古田忠臣助教、櫻井実教授(共に生命理工学コース主担当)および東京大学 大学院理学系研究科の樋口秀男教授のグループと共同で、、分子シャペロン[用語1]機能を有するイオン性くし型共重合体[用語2]により、脂質二重膜[用語3]の2次元ナノシートと3次元小胞間の高効率で可逆的な変換操作に成功しました。
ペプチド機能を活性化する分子シャペロンとして働くイオン性くし型共重合体と、生体膜活性化ペプチド[用語4]を組み合わせることで、脂質2次元シート外縁の水・油界面を安定化し、2次元/3次元形態変換や、小胞内への目的物質の封入を可能にすることが明らかになりました。将来的には、バイオテクノロジー分野において、ドラッグデリバリーシステム[用語5]やリキッドバイオプシー[用語6]などの新たな基盤になると期待されています。研究成果は、ドイツ科学誌「アドバンスト・マテリアルズ(Advanced Materials)」に2019年11月1日付 (現地時間)に掲載されました。
ナノシートは、ナノメートル(1 mmの100万分の1)スケールの厚さに対して、1,000倍程度の横方向の大きさを持つ2次元的な形状の材料です。グラフェンに代表されるように、力学的、電気的、光学的に特異な性質を有することから、大きな注目を集めてきました。近年では無機材料だけでなく、高分子のような有機系の柔軟な素材からなるナノシートも報告されており、バイオテクノロジーへの応用も期待されています。物質がこうした2次元的なナノシート形状と3次元的な構造の両方の形態を取りうる場合、pH変化のような外部刺激によってその形態を操作することができれば、新しいナノデバイス創製につながると考えられます。
本研究では、脂質二重膜の3次元構造である脂質小胞に対して、生体膜活性化ペプチドとイオン性くし型共重合体を添加したところ、シャペロン効果により、2次元形状を持つ脂質ナノシートが高効率に生成することを発見しました。さらに、pHや酵素といった外部刺激によって脂質二重膜の2次元ナノシート/3次元小胞構造の変換を操作できることを実証しました。
研究グループは、これまでに正電荷をもつイオン性くし型共重合体が、負電荷を持つ生体分子である核酸やペプチドと複合体を形成し、活性な高次構造を安定化するシャペロン効果を持つことを明らかにしてきました。E5ペプチドは、ヘマグルチニン(インフルエンザウイルスの感染に関わる膜融合タンパク質)のN末端を模倣した負電荷をもつ生体膜活性化ペプチドで、20個のアミノ酸残基から構成されています。生理的なpHにおいて、E5単体ではランダムコイル構造(不定形構造)をとり、活性がありませんが、イオン性くし型共重合体poly(allylamine)-graft-dextran (PAA-g-Dex)(図1)を加えることで、両親媒性のヘリックス構造(らせん構造)へと転移し、脂質二重膜を不安定化するようになります。
今回、細胞程度の大きさを持つ3次元的な脂質小胞(図2)に対し、E5とPAA-g-Dexを添加して顕微鏡で観察したところ、90%以上の小胞が2次元的なシート状へ展開することを発見しました。さらに、E5を蛍光ラベル化したところ、E5が脂質シートの周縁部に局在する様子が観察されました。このことから、今回の2次元的なシート形成は、豊富な親水性側鎖を持つ高分子(PAA-g-Dex)・ペプチド(E5)の複合体が、脂質シート周縁の水・油界面をエネルギー的に安定化した結果と考えられます(図3)。
脂質シートが高分子・ペプチド複合体により安定化されているとすると、複合体を解離させることで、脂質シートが再び3次元小胞に復帰すると予想されます。実際に、負電荷をもつポリビニル硫酸(PVS)を過剰量添加し複合体を解離させたところ、全てのシートが小胞へ復帰する様子を確認しました。さらに、マイクロ流体デバイスにおいて固定化した脂質小胞に対して、E5を修飾し、そこへPAA-g-DexとPVSを交互に加えることで、シート・小胞の形態間で繰り返し変換することができました。また、シートから小胞への形態変換に伴い、小胞内への物質の封入が可能であることも示されました。
さらに、pHによる形態制御を目指して、イオン性の異なるくし型共重合体を設計し、E5とともに脂質小胞に添加しました。その結果、くし型共重合体が十分に正電荷にイオン化されて、E5と静電的に相互作用するpH領域のみで、脂質シートが形成されました。また、特定の酵素の活性に応答し構造変換させることも可能になりました。このように、高分子の設計によって、脂質二重膜の2次元シート/3次元小胞構造の変換を特定のトリガーで制御できました。
本研究により、イオン性くし型共重合体・ペプチド複合体を用いた、脂質二重膜の2次元シート/3次元小胞構造の高効率な可逆的変換操作が可能になりました。疾病状態を自律的に判断することで、小胞を脂質シートへと構造転移させて、内包した薬物を放出するなど、くし型共重合体の分子設計を工夫することで、さらに高度な制御がプログラム可能となると考えられます。このような脂質膜の2次元/3次元変換は、ドラッグデリバリーシステムやリキッドバイオプシーなど、バイオテクノロジー分野における技術の新たな基盤となると期待されます。
本研究成果は、増田造博士研究員(現 東京大学 大学院工学系研究科 助教)及び本研究室所属大学院生の協力のもと行われました。また、文部科学省新学術領域研究「分子ロボティクス」、「ナノメディシン分子科学」、「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」および文部科学省科学研究費助成事業、日本学術振興会特別研究員奨励費、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の助成金のもとで得られたものです。
[用語1] 分子シャペロン : 生体内において、タンパク質や核酸など生体高分子は、特定の構造への折りたたみ(フォールディング)や多分子組織化(アッセンブリング)することで、固有の機能を持つことができます。このフォールディングやアッセンブリングを助けるタンパク質を分子シャペロンとよびます。本研究グループは、合成高分子がシャペロン機能を持つこと、すなわち人工シャペロンとしてはたらくことを明らかにしてきました。
[用語2] イオン性くし型共重合体 : 髪をすくくしのように、幹となる高分子鎖から複数の枝分かれ構造をもつ高分子をくし型共重合体とよびます。本研究では、主鎖の正電荷をもつイオン性高分子から親水性の高分子鎖が多数伸びた構造を持つ分子を設計しました。
[用語3] 脂質・脂質二重膜 : 生命を構成している細胞は細胞膜によって区切られています。細胞膜の主成分であるリン脂質分子は、ひとつの分子の中に水に馴染みやすい親水部と馴染みにくい疎水部を持つ両親媒性の構造です。そのため、水中において自発的に疎水部を内側へ向け自己集合し脂質二重膜構造となり、さらに脂質小胞(リポソーム)を形成します。二重膜の厚さは数ナノメートルです(1ナノメートルは1 mmの100万分の1で、地球を1メートルとしたときに1円玉の直径に相当)。脂質小胞は、直径が数10ナノメートルからマイクロメートル(1 mmの1,000分の1)までのものを人工的につくることができ、脂質組成の制御や、糖鎖や高分子、抗体による表面修飾も可能です。これまで、物理化学的なモデルやドラッグデリバリーシステムのキャリア、遺伝子ベクターとして研究されてきました。
[用語4] 生体膜活性化ペプチド : エンベロープウイルスが遺伝情報を宿主細胞に送る際に膜融合や膜破壊に関わるタンパク質を模倣して設計されたペプチド。
[用語5] ドラッグデリバリーシステム : 脂質小胞や高分子ミセルなど微小なカプセルに薬物を内包し、患部まで送達する機構。薬物の薬効を高め、副作用を抑える効果が期待されます。
[用語6] リキッドバイオプシー : 主にがん診断のため、患者の血液から腫瘍のゲノム情報収集する技術。腫瘍組織を採取する従来のバイオプシーに比べ低侵襲であり、遺伝子レベルでの診断が可能となるため、より高度な治療が可能です。
掲載誌 : | Advanced Materials |
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論文タイトル : | Cationic Copolymer-Chaperoned 2D-3D Reversible Conversion of Lipid Membranes |
著者 : | Naohiko Shimada, Hirotaka Kinoshita, Takuma Umegae, Satomi Azumai, Nozomi Kume, Takuro Ochiai, Tomoka Takenaka, Wakako Sakamoto, Takayoshi Yamada, Tadaomi Furuta, Tsukuru Masuda, Minoru Sakurai, Hideo Higuchi, Atsushi Maruyama |
DOI : | 10.1002/adma.201904032 |
お問い合わせ先
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
助教 嶋田直彦
E-mail : nshimada@bio.titech.ac.jp
教授 丸山厚
E-mail : amaruyama@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5762、045-924-5840
※2月28日11:00 関連リンクの追加と一部文言修正を行いました。