生命理工学系 News
組織の再生と炎症の意外な関係を解明
炎症[用語1]は、あまりありがたくないものと考えられてきたが、炎症と組織再生の意外な関係が明らかになった。東京工業大学生命理工学院の川上厚志准教授(生命理工学コース主担当)らの研究グループは、ゼブラフィッシュを用いた解析により、組織再生が起こるにはちょうど良いレベルの炎症が重要であることを明らかにした。
川上准教授らは以前の研究で、マクロファージ[用語2]などの免疫細胞を欠くゼブラフィッシュ変異体[用語3]は再生細胞が細胞死を起こして組織を再生できないことを発見した。今回、細胞死の誘導メカニズムを調べたところ、再生組織でのインターロイキン1β[用語4]の過剰な作用と炎症が原因であることが分かった。一方で、炎症応答をなくした場合にも正常に組織再生が起こらないことから、炎症そのものが組織再生に必須の役割があることも示された。
ヒトの組織再生を活性化する方法の開発や、マクロファージの産生する新たな抗炎症因子解明への展開が期待される。
研究成果は英国の生物医学・生命科学誌である「イーライフ(eLife)」のオンライン版で2月23日に公開された。
多かれ少なかれ、あらゆる多細胞の生き物は傷害を受けた組織や細胞を再生することによって長く生存できる。脊椎動物の中でも、硬骨魚類など一部の生物は非常に高い組織再生能力を持ち、手足やヒレなどの器官を失っても、完全に元と同じものを再生できる。組織再生が起こる仕組みの解明は、長年の生物学の念願であった。
長谷川智也大学院生、川上准教授らの研究グループは、有用なモデル生物として注目されるゼブラフィッシュを使い、組織再生の研究に独自のアプローチを行ってきた。その中で、マクロファージなどの免疫細胞を欠損する一群の変異体は、再生細胞が細胞死を起こして、組織を再生できないことを見出した。
今回の研究では、なぜ変異体で再生細胞だけが細胞死を起こしやすいのか調べた。その結果、インターロイキン1βなどの炎症分子が傷害組織で亢進していることが明らかになった(図1)。インターロイキン1βの過剰な作用は、再生細胞の死を誘導するが、正常な組織ではマクロファージによって炎症が抑制され、再生細胞は生存し、再生が進んでいく。
一方、インターロイキン1βの作用や炎症は再生にとって悪い面ばかりではなく、組織傷害に伴って起こる一過的な炎症は、組織再生を開始する上で必須の働きもすることが示された。この研究によって、組織再生と炎症の予想外の関係が明らかになった(図2)。
今回の研究により、インターロイキン1βを介した炎症をほどほどのレベルに制御することが、組織再生において重要なことが明らかになった。今後は哺乳類など再生できない組織における炎症応答を調べることや、マクロファージの産生する抗炎症因子の解明などによって、ヒトにおける組織再生能力を増進することにつながると期待される。
用語説明
[用語1] 炎症 : 生体の恒常性を構成する生理学的反応。外傷、病原体侵入、化学物質刺激などにより、通常は体内に存在しない特徴的な物質が放出され、炎症を惹起するサイトカインが誘導される。この作用により、血液供給量の増加に伴う発赤や熱感、体液浸潤に伴う腫脹や疼痛などが引き起こされる。
[用語2] マクロファージ : 免疫や炎症反応で機能する白血球の一種。遊走性の食細胞で、死んだ細胞やその破片、侵入した細菌などの異物を捕食して消化する。
[用語3] ゼブラフィッシュ変異体 : ゼブラフィッシュは、マウスに代わる実験モデル生物として近年注目されている。自然発生や人工的に作られた多数の突然変異体があり、発生、再生、医科学の研究に役立てられている。
[用語4] インターロイキン1β : サイトカインと呼ばれる生理活性タンパク質の一種。炎症反応に深く関与し、炎症性サイトカインと呼ばれる。
[用語5] トランスジェニック : 遺伝子改変動物。特に、外部から遺伝子を導入したものをトランスジェニック動物と呼ぶ。特定の細胞を蛍光などで可視化したり、機能を改変したりして、遺伝子が生体内(in vivo)でどのように機能しているかを研究するために生命科学分野では必須の存在となっている。
論文情報
掲載誌 : | eLife |
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論文タイトル : | Transient inflammatory response mediated by interleukin-1β is required for proper regeneration in zebrafish fin fold |
著者 : | Tomoya Hasegawa, Christopher J. Hall, Philip S. Crosier, Gembu Abe, Koichi Kawakami, Akira Kudo, Atsushi Kawakami |
DOI : | 10.7554/eLife.22716 |
お問い合わせ先
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
准教授 川上厚志
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