融合理工学系 News
リサイクルという総合科学
文理両面から捉えた、廃棄物リサイクルの新しいありかた
モノがあふれ、廃棄物の処理が社会問題となっている現代。
これからの循環型社会の形成に欠かせないリサイクルの可能性とリスクを探究している高橋史武准教授。
現状ではリサイクルがなかなか進んでいないのはなぜか。
理工学・社会科学の両面からスポットをあてて独自の視点と発想から見えてくる研究の成果を追った。
廃棄物には重金属などの有害物質が含まれ、リサイクルの前に無害化処理が必須となる。しかし無害化処理の技術開発がいくら進歩してもリサイクルはあまり進んでいない。高橋准教授は視点を変え「付加価値を付けてリサイクル品を使う動機付けをしなければ」と考えた。
最初のトライは九州大学時代。廃棄物を1,200度超の高温で溶かしてできるガラス状の物質をスラグといい、鉄を溶解・精錬するときに出る電気炉スラグにはフッ素が含有されている。
このフッ素を固定化するため「思い浮かんだのはフッ素入りの歯磨き粉。ハイドロキシアパタイト※1にフッ素が添加されるとフルオロアパタイト※2になり虫歯予防になる原理をスラグに応用しました」(高橋准教授)
スラグの表面にフルオロアパタイトをつくって歯の表面のようにし、そこに付着する細菌の力で環境浄化機能を持たせることを狙った。これが「付加価値をつける研究の原点」と高橋准教授は言う。
そして東工大の研究室にて、中国からの留学生とともに研究をはじめたのが石炭灰のリサイクル。
中国では石炭火力発電が主流であり、そこから出る石炭灰が環境汚染を引き起こしている。また、石炭が採れる場所は乾燥地帯が多く砂漠化や土壌劣化も進んでいる。
石炭灰を土壌の水分保持材に転換できれば、リサイクルと同時に環境問題の解決にもつながる。根幹にあるのは、その土地にあるものをそこで上手く循環させること。
その考えのもとに、多孔質ジオポリマーという表面に孔が開いた水分保持材や、重金属などの有害物質を吸着するものなど、付加価値を高める技術の開発に取り組んでいる。
リサイクル材の無害化・高付加価値化は理工学的なアプローチと言える。高橋准教授はそれだけでなく、リサイクルにおける人間の行動や心理的なマイナスイメージについての社会科学的な視点が重要だと説く。
リサイクルが進まない社会的な要因は何なのか。着目するのは「煩わしさ」。独自の研究によってその煩わしさを定量化し、金額に換算している。
「煩わしさを測る方法は環境経済学にもあります。支払意志額というもので『あなたが煩わしいと思うことを他人にしてもらうなら、いくら払いますか』と聞けば金額に換算できる。でもその価格は、経済学の原則で言うところの需要と供給で決まるものでは十分に表せないと感じ、煩わしさ同士をフェアに比較できる別の方法がないか模索しました」
その手法は2段階に分かれる。まずは煩わしさを比較してデータを数値に変える。たとえば「ペットボトルのキャップを100個外す」と「カレーをつくる」はどちらが煩わしいか100人に問うと選択率のデータが取得でき、統計処理により数値に換算できる。
次に数値化した煩わしさを金額に変換する。たとえば「カレーをつくる」に対してレトルト食品があるように、世の中には煩わしさを回避するためのサービスやモノがある。需要と供給で決まったその市場価格から煩わしさの金額を割り出すことができる。
「ちなみにペットボトルのキャップを外す煩わしさは1.8円、ボトルを洗うのは8.9円です」と高橋准教授。
ペットボトルのリサイクルには、キャップを外す→ラベルを取る→洗う→つぶすの4つの行動が必要で、キャップあり・なし、ラベルあり・なし、洗っている・いない、つぶされている・いない、の16分類に分けられる。
高橋准教授が東工大に着任してから学生とともに約5万6,400本のペットボトルを調べたところ、興味深い発見があった。
キャップを外さない人はラベル取りや洗浄をする割合も下がるが、キャップを外す人はその後の行動の割合も上がっていたという。
「私の解釈は1.8円の煩わしさで人を分けられるということ。たとえば大手スーパーにある回収ボックスのペットボトルはキャップもラベルもなく洗ってあり品質が非常に高い。家からスーパーまで持って行く煩わしさを支払意志額の手法で評価すると5~6円ですが、私の手法で評価すると40円なんです。
煩わしさ同士を比べているため無意識に感じる煩わしさも評価できていると考えています。この40円に打ち勝つ人はリサイクルに対する関心が高いと言えます」
学生時代は高温高圧の超臨界水を用いた廃液処理の研究に取り組んでいたという高橋准教授。
国立環境研究所への就職を目指したものの、強制的にテーマを変えざるを得なかった。「今思うとそれが非常にプラスに働いたと思っています」と高橋准教授は笑う。
国立環境研究所ではじめた水銀の大気排出量を調べる研究と平行して、溶融スラグのリサイクルの研究に携わったのがリサイクル研究の第一歩。スラグをアスファルトに混ぜて道路の路盤材に使う研究に取り組んだ。
その後に移った九州大学の島岡隆行教授のもとで、ゴミの埋め立て地と灰の性質について調べ、灰をセメントの原料にしようという研究を進める。水銀の研究は現在も続いており、大気排出量の後は安全に埋設した地層処分後の環境リスクについて調べている。
「一つの道を極めるのが研究の王道。ただ、ことリサイクルに関しては付加価値化、心理的動機、リスク評価、埋め立て地の安全性など多面的な視点と思考が必要で、意図的にそういうアプローチを私は取るようになりました。それは、博士号取得後にテーマを変えたという経験が心理的なバリアを低くしてくれたからだと思います。他の分野に手を出す大変さは、その分野を専門として苦労している誰もが実感していることですから」
文理の壁を越えて学際的に取り組む姿勢は、高橋准教授ならではのスタイル。その強みは、理工学から社会科学までを必要とする総合科学としてのリサイクルの研究にいかんなく生かされている。
「九州大学にいた頃、ふと研究室のゴミ箱を見たときに分別がよろしくなかったんですよ」
当初考えたのは、自治体によって違う回収の仕組みが原因ではないかということ。ところが実際には回収の仕組みはあまり異物混入に関与していないとの結論が導き出された。その後、東工大で研究室を持ち、視野と分野を広げている高橋准教授。煩わしさの数値化を応用し、デザインの良さを測る研究へと展開している。
「ゴミ箱のデザインを変えれば分別はもっとよくなる、分別表ももっと見やすいデザインがあると考えています。ただそういった社会実装につながる提案は、行政や民間企業と共同で進めていきたいと考えており、現在はその種を蒔いているところですね」
ペットボトルのキャップを開けさせることと異物混入を防ぐことを目的としたゴミ箱のデザインの考察は、実際に学生に向けた演習にも取り入れられている。
「コロナ禍前は大岡山キャンパスに設置して回収実験をしていました。たとえば、ゴミ箱に付けたレールにキャップを転がすと、おみくじで占えたり、バスケットゴールを置いてキャップを投げ入れるようにしたり、捨てる人が何かアクションを起こすような遊び心を加えると、キャップを外す確率が100%に。1.8円の煩わしさを超える発想が次から次へと生まれ、若い力に感心しました」
そう目を細める高橋准教授は、学生の自主性を重視する教育方針。リサイクルはもちろん、デザインやITなど多様な分野に興味のある学生たちの研究に取り組む姿を見守りながら、自身の研究の広がりも見据えている。
スライドのデザインを探究することで
未来の自分に生かしていきたい
プレゼンテーションで使われるスライドのデザインについて研究しています。同じ内容でもレイアウトの差や図の位置で理解度はどう変わるか、人に好まれやすいデザインとはどういうものかなどを、アンケートで集計・分析して形にしていきます。人の感性を数値化する高橋先生の研究が興味深いと思い、端的な英語で面白く話す先生の印象に惹かれてこの研究室を選びました。
企業でも研究でも多用されるスライドの研究は将来的に見ても意義あるものと感じていて、その成果や英語力を就職後も生かしていきたいと考えています。
リサイクルの研究を深めていつか
母国のゴミ問題を解決に導きたい
留学生が多く、英語でコミュニケーションをとれる高橋研究室の国際性に魅力を感じました。母国のジンバブエはゴミ問題が深刻で、それを解決したいという思いがリサイクルの研究を選んだ動機です。取り組んでいるのはタイヤとバイオマスを熱処理して燃料にする研究。現在は基礎的なことを学んでいますが取り組まなければならない内容は膨大で、これから応用的な研究につなげていきたいです。
学生の意志を尊重し、研究内容を支持してくれる高橋先生の方針が自分の研究成果につながっており、今後も論文をはじめとして研究を深めていきたいです。