融合理工学系 News
沿岸域を複合的・順応的に守る防災,そのための研究
研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介します。今回は、アジアにおける沿岸域防災の研究を行う、高木研究室です。
研究分野 | 沿岸域防災 / 国際開発 / 海岸・海洋工学 / 気候変動影響 |
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Webサイト | 高木研究室 |
人の命を守り、財産を守る、こういうストレートな目標に惹かれて、20年以上研究者・技術者として防災の分野に携わってきました。災害大国である日本は、長い歴史の中で世界に冠たる防災技術を生み出してきました。一方で、研究者の視点でみると、学際的・広域的な分野でありながら、技術に混じり気の少なさを感じることもあります。私たちの研究室では、津波や高潮、高波、海岸浸食など、主に沿岸域災害や海岸保全に関する研究を行っていますが、このような問題意識もあり、一つの要素を磨き上げるというより、複数の要素を組み合わせることで、防災技術の融合化を図る、あるいは問題解決に役立つ順応的な機能を付け加えるような研究に取り組んでいます。
災害は広がりをもって発生しますが、このため点や線で抑えようとする防災対策には自ずと限界があります。以下の写真は、東北地方のある都市の防潮水門の建設中と2011年東日本大震災後の状況を比較しています。震災時、この水門は計画通り閉鎖され、地震と津波にも耐えました。しかし、周囲の堤防はことごとく破壊され、津波が町中を襲い、壮絶な被害をもたらしました。防潮水門は機能したかも知れません。しかし、全体と調和した構成要素としてではなく、孤立した要素・点としてです。自責の念を込めて打ち明けますと、この水門の建設には過去にエンジニアとして私自身も関係していました。しかし、その当時、水門の左右を回り込んで、このような巨大な津波が襲うような状況を想像できませんでした。
東日本大震災や海外での激甚災害調査を通じて、私たちの研究室ではこれまで様々な研究テーマに取り組んできました。例えば、防潮水門同様、港を守る防波堤も巨大な津波を第一線で受けながら、物理的な被害が軽微な場所も数多くありました。実際に詳しく調べたところ、東日本大震災のときには、津波を受けた防波堤の半数以上がほぼ無被害であったことがわかりました。これは冬季の暴波浪に耐えるため、もともと十分な強度で設計されていたためと考えられます。津波で破壊された福島第一原子力発電所も、海側の防波堤には目立った被害は生じていません。津波の高さが数メートルレベルであれば、港の防波堤は十分に衝撃に耐えることができるのです。
しかし、一般の港の防波堤は津波を考えて設計されている訳ではないので、津波を抑止するという効果は期待できません。現地調査や数値解析の結果、構造物対策の限界についても理解が深まりました。そこで私たちの研究室では、「防波堤+防潮水門」という強いもの同士を複合的に組み合わせて、その背後地域を一体的に守るという着想を得て、効果について調べてきました。海底地盤に格納した鋼製ゲートを浮上させることで、災害発生時に港を締め切る新型水門についても構想し、現在実証化に向けて複数の企業と共同研究を行っています。この対策の良いところは、普段は船の航行や潮の流れの邪魔にならず、視界の妨げにもならない、住民交渉をはじめ、他の工法に比べると建設のための調整が容易なことなど、他にもたくさんあります。一方で、本当に地震が発生したときに立ち上がるのか、電源喪失時のバックアップはどうするのか、津波の侵入に思わぬ盲点はないか、日々のメンテナンスはどうするのか、課題が山積みで、それを一つずつ検証することを企業の方々と一緒に進めているところです
アジアは台風と地震の発生域が集中しており、かつ人口も多いので、沿岸災害のリスクが極めて高い地域といえます。実際に、21世紀に入り2千人以上の犠牲を出した津波・高潮災害は全てアジアで発生しています。この6つの災害だけで、犠牲者は40万人を超えており、防災研究で直視しなくてはいけない大きな課題です。東日本大震災を経験し、南海トラフ巨大地震への切迫した状況もあり、万全な技術が確立されれば、高価であっても重厚な防災対策が採用される素地が日本にはあります。しかし、アジアには開発途上国も多く、莫大なコストを要するハード対策はあまり現実味がありません。
一方、アジアの熱帯・亜熱帯気候が育む豊かな自然環境は、その活用次第で防災基盤を大きく向上させるアドバンテージにもなりえます。森や林がもたらす災害緩和機能に近年注目が集まっており、生態系防災やグリーンインフラと呼ばれています。しかし、期待先行的なところもあり、防災が真に必要な脆弱性の高い人口過密な沿岸都市などへの展開ロードマップは十分に描かれていない状況です。例えば、マングローブの植林は多くの国で行われていますが、全てのプロジェクトで成功している訳ではなく、失敗している場所も少なくありません。自然環境下で人為的に植える訳ですから、成功もあれば、失敗もあるというのは当然のことのようにも思えます。しかし、これを防災の一部として、特に公共事業で行おうとすると別次元の話になってきます。もし、植林が五分五分の確率で失敗してしまうのであれば、事業者はそのようなリスキーな方法には手を出せないでしょう。
そこで、私たちの研究室では、人工物に守られた植物が、成長に応じて少しずつ減災効果を発現し、いずれ互いの相乗・補完効果が発揮されることで、人工物のメンテナンスも不要となる、そのようなハイブリッド型防潮林の研究に取り組んでいます。工学では堤防に代表されるように、基本的に高さで災害に対峙することが多いのに対して、植物など生態系は面的な広がりをもって災害に順応していることに着目したもので、この中間的な対策を探っています。その中で、植物が根付く確率を高めるための仕組みを色々と盛り込んでいこうとしています。将来の技術移転や地場産業化などを意識して、海外大学や国内企業との共同研究も行っています。植物研究は始めたばかりで、工学とどのように融合できるか、突破口はまだ見いだせていませんが、楽しみながら気長に研究を続けていこうと思います。
古巣の国際開発工学科から融合理工学系へと組織は生まれ変わりましたが、私自身は変わらずアジアの開発途上国の研究に力を入れて取り組んできました。新型ウイルスの世界的な蔓延で、今後しばらくは海外を訪れることは難しそうですが、近い将来、また学生達と一緒に調査に行けることを心待ちにしています。
※この内容は掲載日時点の情報です。最新の研究内容については研究室サイトをご覧ください。