融合理工学系 News
流れから水環境と防災を考える
研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介します。今回は、河川や湖沼などの陸水圏をメインに、健全な水環境の維持や、水環境に関わる災害の防止/抑制についての研究を行う、中村(恭志)研究室です。
研究分野 | 環境流体シミュレーション / 水環境学 / 水防災 / 計算力学 |
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研究キーワード | コンピュータシミュレーション / 河川・湖沼の流れ / 水難事故 / 水災害 |
Webサイト | 中村(恭志)研究室 |
本研究室では水の流れに注目することで、河川や湖沼などの陸水圏の健全な水環境の維持と、水環境に関わる防災/減災の実現に向けた研究を進めています。川や湖は飲用水や農工業の水源のほか、漁業など経済活動やレクリエーションを楽しむ場所として、私たち社会の維持に必須な社会基盤となっています。その恩恵の一方で、時として津波や洪水など甚大な災害をもたらす存在でもあります。
ひとくちに水環境と言っても、水温・栄養物質・汚濁など水質的要素、水辺の動植物・魚類など水生生物からなる生態系のように、複雑多岐にわたる要素がお互いに連関しあって水環境を構成しています。しかし、水質に影響を及ぼす物質は流れで運ばれますし、津波や洪水などの災害は流れによる水の移動そのもので生じます。このように、水環境におけるいずれの要素を考える場合でも、水の流れを知り、それを基に何が生じるのかを考えることが大事になります。
研究室では流れを知る主な研究手段として、最先端の手法を用いたコンピュータシミュレーションを活用しています。研究テーマの遂行に必要なコンピュータシミュレーションモデルは研究室で独自に開発するとともに、環境問題の生じている実際の現地に赴き観測を行う現地観測や水路実験、あるいは衛星画像を用いたリモートセンシングなど様々な方法を駆使して水の流れと水環境を読み解く研究を行っています。
南海トラフ地震など、今後も巨大津波の襲来が予想されており、救命胴衣が対策のひとつとして注目されています。しかしながら、津波に対する有効性は明らかではありませんでした。本研究室では、津波の流れと呑み込まれた被災者を同時にシミュレーション出来るモデルを開発し、救命胴衣の有効性を確認しました。津波以外にも水路や河川で想定される様々な水難事故に適用し、水難事故の危険性を評価する取り組みを続けています。
河川や湖沼における流れのシミュレーションモデルを独自に開発しています。蛇行河川や山間部の貯水池などの複雑な地形を表現し、不連続的な変化を正確に計算するため、高精度な計算法と特殊な計算格子を導入しています。自然環境の流れの解析には、気温や日射など気象条件、乱流、塩分など様々な計算が必要です。本モデルを共通のプラットフォームとして使用し、それぞれの水域と研究課題の特徴に応じて様々な拡張を施し、それぞれの問題を検討していきます。
自然環境の流れの研究では、時として広大な領域を季節単位でシミュレーションを実行します。通常のプログラムでその様なシミュレーションを行うには、結果を得るまで長い時間待つことになります。研究室ではGPGPUなど様々な技術に着目し、シミュレーションを高速化する研究を行っています。下に示した研究では、長さが200km以上に及ぶカンボジア・トンレサップ湖について、その流れと大腸菌汚染の広がりを半年間にわたりシミュレーションしたものです。このシミュレーションでは通常のプログラムに比べ、約160倍の高速化を実現しています。
自然環境の具体的な問題から離れ、流れのシミュレーションに必要な微分方程式を、より正確、かつ効率的に解析する方法(計算手法)についても研究を行っています。優れた計算手法の提案は、自然環境の流れのみならず、幅広い分野で流れのシミュレーションを進化させる可能性を持っています。若い才能の柔軟なアイデアが素晴らしい成果につながることが多い研究分野のひとつです.
カンボジアのトンレサップ湖は東南アジア最大の湖です。その水域には100万人の人々が住むと言われ、数多くの水面浮かんだ水上集落が作られています。これら水上集落には下水道は無く、病原性細菌と一緒に排泄物が湖へ直接捨てられています。こうして細菌に汚染された湖水を利用・接触した結果、多くの住民が細菌に感染し、重度の下痢などの健康被害が発生しています。研究では最大規模の水上集落を取り上げ、集落内の流れをシミュレーションして、それぞれの住居から排出された大腸菌が流れにより運ばれる範囲と速さを検討しました。シミュレーションには水路の地形など色々なデータが必要になります。この研究でも、シミュレーションの実施前に小型ボートで水上集落内を走り回り、音響測深により水路地形を測定するなど、各種の現地観測を行っています。現地観測の結果を用いて実施したシミュレーションにより集落内での流れの方向や強弱が明確となり、大腸菌が高濃度で滞留する水域や、速い流れですぐに減少する水域など、集落内での危険な水域や時間帯が明らかとなりました。現地ではワークショップの開催などを通じ、研究で得られた情報の住民への周知が進められ、感染予防の手助けとなっています。
研究テーマは学生自身のアイデアを出来るだけ尊重し、とにかく取り組んでみる姿勢を大事にしています。若いみなさんの新鮮な、突拍子も無いアイデアを待っています。ぜひ一緒に研究しましょう!
※この内容は掲載日時点の情報です。最新の研究内容については研究室サイトをご覧ください。