融合理工学系 News
加速器と中性子を用いた多様な研究の展開
研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介します。今回は、加速器中性子源を用いて中性子捕獲反応の研究を行う、片渕研究室です。
研究分野 | 中性子科学 / 原子核物理 / 放射線計測 |
---|---|
研究キーワード | 中性子 / 原子核 / 放射線 / 加速器 |
Webサイト | 片渕研究室 |
私たちの研究室は、中性子ビームを用いた実験を軸に研究を行っています。中性子は原子核を構成する中性粒子です。中性子が起こす原子核反応は様々な分野で重要となります。原子力エネルギーを生み出したり、がんの治療に用いられたり、医療用の放射性物質を作ったり、星の中で重い元素を作ったり、と中性子による原子核反応はいろいろなところに顔を出します。私たちの研究は、中性子と原子核の反応を調べ、それを社会の様々な分野の応用に生かすことを目的にしています。中性子と原子核の反応は複雑なので反応率などの量を純粋な理論物理モデルの計算だけから求めることはできません。実際に実験室で中性子を発生させて、中性子を調べたい物質に当ててみなくてはなりません。そして、中性子と原子核の反応によって出てくる放射線を測定しなくてはなりません。そのために私たちの研究室は、ペレトロンと呼ばれる粒子加速器を持っています。加速器からの陽子ビームを用いて中性子を発生させて実験します。この加速器は、もう作られてから40年以上経ちますが、今も現役です。教員、技術職員、学生が一丸となってメンテナンスし性能を維持してきました。また、中性子やガンマ線を測るための種々の放射線検出器も使います。実験の中で学生はこれらを使い、放射線検出技術を習得します。加速器実験、中性子実験、放射線検出と直接の体験から学びます。
核データ。聞き馴れない言葉かもしれません。核データとは原子核の質量、半減期など原子核の構造や反応などの物理的な性質を表す量です。特に中性子はいろいろな物質と原子核反応を起こします。その原子核反応が様々な応用で利用されるため中性子核データは重要です。中性子の核反応のしやすさは中性子エネルギーと相手の原子核の種類によって大きく異なります。反応のしやすさを断面積という量で表しますが、この断面積が中性子核データの中心になります。中性子は、原子力をはじめとして、がん治療、放射性薬剤製造、非破壊分析など社会の様々な分野で利用されます。これらの応用はきちんとした中性子核データのデータベースが存在しないと成り立ちません。中性子核データはライブラリの形でまとめられユーザーが利用できるようになっています。中性子核データライブラリは中性子を社会で利用するための言わばインフラのようなものです。そして、この中性子核データのベースとなっているものは、これまで世界中の中性子実験施設で得られた測定値です。私たちの研究室もその一翼を担っています。
東工大のペレトロン加速器を用いて中性子と原子核の反応を調べています。加速器からの陽子ビームをリチウムに当てることで中性子を発生させます。中性子を試料に照射してそこから放出される放射線を測定し中性子核反応の断面積を決定します。私たちの実験施設は飛行時間法という実験手法が使えるのが特徴です。中性子の核反応断面積は中性子エネルギーによって大きく異なるので、照射する中性子のエネルギーを知る必要があります。そこで中性子がある一定の距離を飛行した時間を計測します。この計測した飛行時間で距離を割ることで速度が求まり、速度から運動エネルギーが求まります。これを飛行時間法といいます。
東工大の加速器だけではなく茨城県東海村のJ-PARC(大強度陽子加速器施設)という大型加速器を用いた研究も行っています。私たちのグループはJ-PARCの中性子ビームラインANNRIに建設段階から関わり、ANNRIを用いた中性子核反応データの測定を行っています。ANNRIは大型の実験設備で中性子の飛行距離が30m近くあります。東工大施設の飛行距離30cmと比較するとその違いがよく分かると思います。
現在、原子力発電所から排出される長寿命の放射性核廃棄物が問題となっています。そのため中性子による原子核反応により長寿命の放射性核種を短寿命または安定な核種に変換するシステム(核変換システム)の開発研究が行われています。核変換システム開発のためにはそれら長寿命放射性核種の中性子核反応断面積が必要となります。核廃棄物中に含まれる長寿命核種としてはネプツニウムやアメリシウムなどのマイナーアクチニド、テクネシウムなどの核分裂生成物が挙げられます。私たちはこれらの核種の中性子核反応断面積を測定してきました。2017年には文科省の委託事業「核変換システム開発のための長寿命MA核種の高速中性子捕獲反応データの精度向上に関する研究」(代表 片渕)としても採択され研究が続けられています。
中性子ビームを用いたがん治療、ホウ素中性子捕捉療法が注目されています。そのために照射中に患者体内の線量分布を測定するための線量イメージングシステムが求められています。線量イメージングを行うには中性子を照射したときに体内から放出されるガンマ線を計測します。
私たちはイメージングシステム開発のためにテスト用の検出器を作り、中性子ビームを用いて研究を行っています。テスト実験で得られたガンマ線放出分布のイメージを下図に示します。
マイナーアクチノイド一つであるネプツニウム237(237Np)の中性子捕獲反応の断面積を中性子エネルギー10meVから500eVの領域で測定しました。測定はJ-PARCからのパルス中性子ビームを用いて飛行時間法により行いました。測定結果から中性子共鳴パラメーターを決定しました。ネプツニウム237の中性子捕獲断面積は放射性核廃棄物の核変換システムの開発で必要とされるデータで、今回得られた測定データは、今後核変換システム開発に活用されます。
テーマは中性子、放射線、加速器に関連したことなら幅広くやっています。上には書きませんでしたが、宇宙元素合成、医療用放射性物質製造、核セキュリティなどに関連した研究もやっています。加速器、中性子、放射線の実験をやってみたい人、いつでも歓迎です。
※この内容は掲載日時点の情報です。最新の研究内容については研究室サイトをご覧ください。