材料系 News

ありふれたケイ素の酸化物から優れたアンモニア合成触媒を開発

アニオン欠陥で生成した電子が窒素を効率良く活性化

  • RSS

2025.03.05

ポイント

  • ケイ酸塩化合物Ba3SiO5の酸素の一部をHやN3−に置き換えた新物質を開発。
  • HやN3−の脱離により生じた電子がN2を活性化することで高い触媒性能を発揮。
  • これまで材料候補とされていなかった元素の組み合わせで高性能触媒を創生できることを立証

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 元素戦略MDX研究センターのZhang Zhujun(ザン・ズージュン)特任助教、北野政明教授(材料コース 主担当)、細野秀雄特命教授、物質理工学院 材料系の宮下和聡大学院生(博士後期課程1年)らの研究グループは、ケイ酸塩化合物[用語1]の一種であるケイ酸バリウム(Ba3SiO5)内の酸素の一部をヒドリドイオン(H[用語2]および窒化物イオン(N3−)に置き換えた新物質「Ba3SiO5-xNyHz」の合成に成功しました。さらにこの新物質は遷移元素[用語3]を全く含んでいないにもかかわらず、遷移金属触媒の中で最も高活性なルテニウム触媒よりも高いアンモニア合成活性を持つことを発見しました。

水素キャリア[用語4]として近年注目されているアンモニアの低温・低圧下での合成が注目されており、世界中で触媒開発が行われています。アンモニア合成では、原料ガスの窒素分子の活性化が重要で、窒素と結合を形成しやすい遷移金属[用語3]を触媒の活性成分に含めることが、触媒設計として必須でした。

この新物質「Ba3SiO5-xNyHz」は、結晶格子中のHおよびN3−が比較的低温で脱離し、欠陥サイト(結晶格子に空いた穴のような部分)が形成され、そこに電子が捕捉されます。このアニオン(陰イオン)欠陥に捕捉された電子が、窒素および水素分子を効率良く活性化し、遷移金属サイトが無くてもアンモニア合成反応を促進できることを明らかにしました。ケイ酸塩化合物は、地球上で最も多く存在する鉱物であり、これまで触媒として考えられていなかった元素の組み合わせでも高性能触媒を実現できることを示す成果であるといえます。

研究成果は2月17日(現地時間)に英国科学誌「Nature Chemistry」オンライン速報版に公開されました。

2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

背景

アンモニアは、窒素肥料や窒素含有化成品の原料であり、化学産業の基幹を担う物質です。さらに近年では、クリーンエネルギーとして期待を集める水素を高い密度で含み、貯蔵・輸送する水素キャリアとしても注目されるようになりました。

現在、工業的なアンモニア合成では、天然ガスなどの化石資源を水蒸気とともに触媒存在下、高温で反応させることで得られた水素を利用し、高温(400−500℃)および高圧(10−30 MPa、大気圧の約100-300倍)を必要とするハーバー・ボッシュ法により大量生産されています。しかしこの方法では、水素を作るのに、副産物として大量のCO2が発生してしまうという問題があります。そこで、風力や太陽光などの再生可能エネルギーなどのCO2を排出しない方法で生成した水素を利用しながらアンモニアを合成する「グリーンアンモニア[用語5]合成」の実現が重要な課題とされてきました。このとき、既存のハーバー・ボッシュ触媒では、高音・高圧が必要とされエネルギー消費量が大きいため、低温・低圧という温和な条件において、高効率で作動する触媒の開発が求められています。

温和な条件下でのアンモニア合成に高い活性を示す触媒としては、ルテニウムや鉄、コバルトなどの遷移金属を含む触媒の開発が盛んに行われてきました。これは、原料ガスである窒素分子の活性化が重要な反応過程であり、窒素と結合を形成しやすい遷移元素触媒がこの過程を促進するためです。遷移金属の中でも、ルテニウムが最適な窒素結合力を有するため、最も高い性能を示すことが知られています。一方、遷移元素を含まない酸化物触媒などでは、窒素を活性化できないことが常識とされてきました。

研究成果

  (1) 新物質「Ba3SiO5-xNyHz」の生成

図1. Ba<sub>3</sub>SiO<sub>5-x</sub>N<sub>y</sub>H<sub>z</sub>の結晶構造

図1. Ba3SiO5-xNyHzの結晶構造

北野教授らの研究グループは、ケイ酸バリウム化合物の一種であるBa3SiO5に着目し、Ba3SiO5の一部の酸素をHおよびN3−で置き換えた新規混合アニオン化合物[用語6]Ba3SiO5-xNyHzの合成に成功しました(図1)。一方、Ba3SiO5をアンモニア気流中、1,000℃で加熱処理を行っても、格子酸素と窒素の置換はほとんど起こりません。同研究グループは、SiO2とBa(NH2)2を直接反応させることにより、高濃度にHおよびN3−を含む新物質を600℃以下の低温で合成できることを見いだしました。元素分析の結果から、この新物質の組成はBa3SiO2.87N0.80H1.86であることが判明しました。

  (2) 「Ba3SiO5-xNyHz」のアンモニア合成活性

Ba3SiO5-xNyHzを触媒として用い、アンモニア合成を行ったところ、100時間以上安定してアンモニアを生成できることが分かりました(図2左)。生成したアンモニアは、Ba3SiO5-xNyHzが有している格子中のHおよびN3−の数よりもはるかに多いため、Ba3SiO5-xNyHz中の窒素や水素が消費されたわけではなく、触媒的に反応が進行していることが確認されました。また、図2右に示すように、Ba3SiO5-xNyHzはルテニウム(Ru)を酸化マグネシウム(MgO)に固定した触媒(Ru/MgO)よりも特に低温域で高いアンモニア合成活性を示しました。例えば、反応温度300℃ではRu/MgO触媒の10倍の反応速度を示し、46 kJ mol-1低い活性化エネルギー[用語7]を示しました。このように、ルテニウムのような遷移金属を有さず、Ba3SiO5-xNyHzの構成元素にも遷移元素は全く含まれていないにもかかわらず、既存のRu触媒を凌駕(りょうが)できる性能が実現できました。一方、同じ結晶構造を有するBa3SiO5や既存のケイ酸塩系酸窒化物(Ba3Si6O9N4, BaSi2O2N2)などでは全く触媒活性は得られませんでした。

図2. Ba<sub>3</sub>SiO<sub>5-x</sub>N<sub>y</sub>H<sub>z</sub>触媒のアンモニア合成速度の反応時間依存性(左図)と各触媒のアンモニア合成速度の反応温度依存性(右図)、100時間以上が経過しても安定してアンモニアを合成できていることが、左図から読み取れる。活性化エネルギーとはアンモニアを合成できる状態になるために外部から与える必要があるエネルギーであり、これが低いほど低温で反応させることが可能となり、触媒として望ましい。右図から、Ba<sub>3</sub>SiO<sub>5-x</sub>N<sub>y</sub>H<sub>z</sub>が既存のRu触媒よりも優れた性能を持つことがわかる。

図2. Ba3SiO5-xNyHz触媒のアンモニア合成速度の反応時間依存性(左図)と各触媒のアンモニア合成速度の反応温度依存性(右図)
100時間以上が経過しても安定してアンモニアを合成できていることが、左図から読み取れる。活性化エネルギーとはアンモニアを合成できる状態になるために外部から与える必要があるエネルギーであり、これが低いほど低温で反応させることが可能となり、触媒として望ましい。右図から、Ba3SiO5-xNyHzが既存のRu触媒よりも優れた性能を持つことがわかる。

 (3) 「Ba3SiO5-xNyHz」の触媒性能の要因

Ba3SiO5-xNyHzは、アンモニア合成反応温度で容易にHおよびN3−が結晶の表面から脱離し、アニオン欠陥を形成し、そのアニオン欠陥に電子が捕捉されます。それに伴い材料の色も薄黄色から濃緑色へと変化します。アニオン欠陥を有するBa3SiO5-xNyHzをアンモニア合成反応雰囲気(合成に適切な環境となるよう、窒素および水素で満たした状態)で加熱すると、アニオン欠陥電子と窒素および水素ガスが反応し、格子HおよびN3−が再生され、触媒の色も薄黄色へと戻ります。X線回折パターンからも、欠陥形成後はピークが高角度側にシフトし格子体積が縮んでいることが確認されましたが、窒素および水素ガスとの反応後は、X線回折ピークも元の位置に戻り、結晶構造も完全に元の状態に戻ることが確認されました。一方、Ba3SiO5や既存のケイ酸塩系酸窒化物では、800℃以上に加熱してもアニオン欠陥が形成されません。Ba3SiO5-xNyHzに窒素ガスを反応させると、窒素分子が欠陥サイトに捕捉され、窒素分子に電子が供与されN≡N結合が弱められる現象が起きることが、赤外線吸収分光測定により確認されました。反応条件下では、最終的に窒素分子も水素分子も結合が切断され、アニオン欠陥の電子と反応し、HおよびN3−として欠陥サイトに捕捉されます。これらの結果から、Ba3SiO5-xNyHzは、アニオン欠陥サイトの形成および格子HおよびN3−の再生を繰り返しながらアンモニアを合成していることが示唆されました(図3)。

図3. Ba<sub>3</sub>SiO<sub>5-x</sub>N<sub>y</sub>H<sub>z</sub>触媒のアンモニア合成反応における作動原理(青い球が窒素原子、白い球が水素原子)

図3. Ba3SiO5-xNyHz触媒のアンモニア合成反応における作動原理(青い球が窒素原子、白い球が水素原子)

 (4) 「Ba3SiO5-xNyHz」の高性能化

Ba3SiO5-xNyHzの表面にRuナノ粒子を固定すると、アンモニア合成活性は20倍以上向上しました。さらに、Ba3SiO5-xNyHzの合成条件を最適化すると、比表面積を8 m2 g−1から105 m2 g−1にまで増大させることが可能であり、高比表面積を持つBa3SiO5-xNyHzにRuナノ粒子を固定すると何も担持していないBa3SiO5-xNyHzの100倍以上の性能向上が確認されました。この触媒の300℃、1.0 MPa条件下でのアンモニア生成速度は、最大で40.1 mmol g−1 h−1に達し、報告されている触媒の中でも最高性能を示すものでした。興味深いことに、Ruナノ粒子を固定した場合でもRu表面が活性点ではなく、Ba3SiO5-xNyHz表面のアニオン欠陥サイトが活性点であることが明らかになりました。これは、通常のRu触媒とは対照的な結果であることが示唆されます。赤外分光法やDFT計算の結果から、Ba3SiO5-xNyHz表面のアニオン欠陥サイトで捕捉された窒素分子は、直接解離せずRu表面から移動してきた水素によって水素化されNNHx(x=1-3)の中間体形成を経てアンモニアが生成するメカニズムであることが示されました(図4)。

図4.Ru/Ba<sub>3</sub>SiO<sub>5-x</sub>N<sub>y</sub>H<sub>z</sub>触媒の上でのアンモニア合成メカニズム、アニオン欠陥に捕捉された窒素(N2)分子は、二つの窒素原子に分かれてから水素原子と結合するのではなく、水素化されて一旦NNHx(x=1-3)の状態となったのちにアンモニアとなる。

図4.Ru/Ba3SiO5-xNyHz触媒の上でのアンモニア合成メカニズム
アニオン欠陥に捕捉された窒素(N2)分子は、二つの窒素原子に分かれてから水素原子と結合するのではなく、水素化されて一旦NNHx(x=1-3)の状態となったのちにアンモニアとなる。

社会的インパクト

水素社会の構築に向け、低温・低圧で機能する高性能なアンモニア合成触媒の開発が世界中で進められており、近年、その競争は激化しています。これまで、アンモニア合成に活性を示す元素はルテニウム、鉄、コバルトなど数種類の限られた遷移金属元素のみ知られていましたが、本研究成果により、遷移金属元素を含んでいないありふれたケイ素化合物でも高性能な触媒を実現できることが立証されました。これは、これまでアンモニア合成触媒としては、全く対象外であった材料が高性能触媒となり得ることを示すものであり、この後の触媒設計において、探索すべき元素の種類が数十種類に増え、それらの組み合わせも考えると数百種類以上の材料に探索範囲が広がることになります。

今後の展開

これまでアンモニア合成のための触媒では、高い触媒活性を得るために遷移金属を基軸に設計することが必須でした。今回の研究では、既存の概念にとらわれず、革新的な材料設計により、遷移金属を含んでいなくても貴金属のルテニウム触媒を凌駕する触媒を実現しています。今後も、今回得られた触媒作動原理を基軸に、新材料探索を続けることで、さらに高性能な触媒材料の創出が期待できます。

  • 付記

今回の研究成果は、JST創発的研究支援事業(JPMJFR203A)、科学研究費助成事業(JP22H00272、JP24H02203、JPH02204)、JST未来社会創造事業(JPMJMI21E9)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP21012)の支援によって実施されました。

  • 用語説明
[用語1] ケイ酸塩化合物:ケイ素原子を中心とし、酸素などのアニオンによって囲まれた四面体構造を持つイオンからなる化合物で、シリケートとも呼ばれ、他のカチオンと結合することで電気的に中性な化合物を形成する。
[用語2] ヒドリドイオン(H:負の電荷を持った水素イオン(H)。その大きさは酸素イオンO2-に近いが、表面から脱離しやすい性質がある。
[用語3] 遷移元素遷移金属:周期表で第3族から第11族の元素の総称が遷移元素であり、遷移金属ともいう。
[用語4] 水素キャリア:水素を貯蔵・輸送するための媒体となる化学物質。アンモニアは、窒素原子一つに水素原子が三つ付いており、多くの水素を貯蔵できる。さらに、水素と比べて、簡単に液化できるため、水素の貯蔵・輸送を行うために便利な物質として注目されている。
[用語5] グリーンアンモニア:グリーン水素(風力や太陽光などの再生可能エネルギーを使って、CO2を排出しない方法で生成された水素)を原料として生成されたアンモニア。
[用語6] 混合アニオン化合物:例えば、金属酸化物の酸素サイトの一部が窒素や水素などの異種元素で置換され、複数のアニオンが存在する物質。
[用語7] 活性化エネルギー:反応の出発物質の基底状態から遷移状態に励起するのに必要なエネルギーのことであり、このエネルギーが小さいほど、その反応は容易になる。反応中に触媒が存在することで、活性化エネルギーを下げることが可能。
  • 論文情報
掲載誌: Nature Chemistry
論文タイトル: Anion vacancies activate N2 to ammonia on Ba-Si orthosilicate oxynitride-hydride
(Ba-Siオルトケイ酸塩酸窒素水素化物上のアニオン欠陥による窒素活性化によるアンモニア合成)
著者: Zhujun Zhang 1、Kazuki Miyashita(宮下和聡)1、Tong Wu1、Jun Kujirai(鯨井純)1 、Kiya Ogasawara(小笠原気八)1 、Jiang Li 1、Yihao Jiang1、Masayoshi Miyazaki(宮崎雅義)1、Satoru Matsuishi(松石聡)1, 2、Masato Sasase(笹瀬雅人)1、Tomofumi Tada(多田朋史)1、Hideo Hosono(細野秀雄)1, 2、Masaaki Kitano(北野政明)1, 3
(1:東京科学大学、2:物質・材料研究機構、3:東北大学)
DOI: 10.1038/s41557-025-01737-8別窓

 研究者プロフィール

北野 政明 Masaaki KITANO

東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター 教授
研究分野:触媒化学、材料科学

北野 政明 Masaaki KITANO

細野 秀雄 Hideo HOSONO

東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター 特命教授
東京科学大学 栄誉教授
研究分野:新規無機電子機能材料(半導体、超伝導体、触媒、発光材料など)

細野 秀雄 Hideo HOSONO

関連リンク

お問い合わせ先

東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター

教授 北野 政明

E-mail : kitano.m@mdxes.iir.isct.ac.jp
Tel : 045-924-5191


東京科学大学 栄誉教授/
東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター 特命教授

細野 秀雄

E-mail : hosono.h.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009


  • JST事業に関すること

科学技術振興機構 創発的研究推進部

加藤 豪

E-mail : souhatsu-inquiry@jst.go.jp
Tel : 03-5214-7276 /Fax : 03-6268-9413

  • RSS

ページのトップへ

CLOSE

※ 東工大の教育に関連するWebサイトの構成です。

CLOSE