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高温の液体金属スズによる材料腐食のメカニズムと対処法を解明
東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所の近藤正聡准教授と工学院 機械系の宮川幸大大学院生(研究当時)、環境・社会理工学院 融合理工学系の北村嘉規大学院生、物質理工学院 材料系のオ・ミンホ助教(材料コース 主担当)、自然科学研究機構 核融合科学研究所 ヘリカル研究部の田中照也准教授らは、高温の液体金属スズ(Sn)[用語1]と、核融合炉[用語2]の候補構造材である低放射化フェライト鋼[用語3]との化学的共存性を明らかにし、将来の核融合炉の先進受熱機器である液体金属スズダイバータ[用語4]の開発に見通しを得た。
核融合炉でプラズマ[用語5]の純度を保つダイバータは、高温のプラズマからの高い熱負荷に耐えることが求められる。液体金属スズは伝熱性能に優れ、加熱されても蒸発しづらいことからダイバータの高性能冷却材として期待されているが、高温になると構造材を腐食させるという技術的な課題があった。
そこで近藤准教授らは、核融合炉の構造材である低放射化フェライト鋼が、400℃から600℃の液体スズ中で、腐食の原因となる脆い金属間化合物を形成しながら腐食するメカニズムや速度を明らかにした。さらに腐食の温度依存性が強いことや、金属間化合物の種類や形状が温度によって異なることも示した。一方で、酸化物(Fe2O3やCr2O3)の焼結材が高温の液体スズに対して良好な耐食性を示すことを発見した。
本研究成果は、カーボンニュートラル社会とゼロカーボンエネルギーの実現を目指して加速される核融合炉開発において、優れた信頼性を有する先進的受熱機器としての液体金属スズダイバータの開発につながるものと期待され、Elsevierの「Corrosion Science」オンライン版に2022年10月31日付で掲載された。
核融合炉は、その燃料を海水から無尽蔵に取り出すことが可能で、温室効果ガスを出さないため、持続可能なゼロカーボンエネルギーの一つとして、世界中で開発が盛んに進められている。世界7極(日本、EU、米国、韓国、中国、ロシア、インド)の連携により核融合実験炉(ITER/イーター)の建設が進められている。さらに国内外で民間主導の核融合開発も加速している。こうした背景から、日本が独自に進める核融合原型炉の開発についても、当初の計画よりも前倒す方向で検討されている。
この核融合炉において、プラズマからの高熱負荷に耐えながら真空排気を行うダイバータは最重要機器の一つである。核融合炉の運転中には、ダイバータの構造材の一部は、「大気圏に突入する際のスペースシャトル」と同じレベルの極めて高い熱負荷にさらされる。そのため、熱に強いタングステン[用語6]のような材料のブロックをプラズマと接触する部分に配置して、高温高圧水で冷却する固体ダイバータの開発研究が進められており、ITERや核融合原型炉でもこの固体ダイバータ方式が採用されている。一方で、プラズマからの高い熱負荷に耐える革新的な仕組みとして、優れた冷却性能を有する液体金属でダイバータの構造材料を覆ってプラズマから保護する、液体金属ダイバータという概念も検討されてきた。
スズ(Sn)は、飲食器の素材の他、ハンダの成分などとして、我々の生活の身近な部分で使用されてきた金属である(図1(a))。このスズの融点は232℃と比較的低く、液体の状態での使用にも適している(図1(b))。さらに、高温時の蒸気圧が他の液体金属に比べて低いという特徴がある。そのため、液体金属スズを核融合炉の液体金属ダイバータの構造材表面を覆って保護する冷却材として用いる場合、プラズマにより加熱されて高温になっても蒸発しづらく、さらに蒸発した金属がプラズマへ混ざりにくいという長所がある(図1(c))。しかし、構造材を腐食してしまう点が技術的な課題とされてきた。
近藤正聡研究室では以前から、核融合炉をはじめとする次世代エネルギー分野で注目されている液体金属冷媒を取り上げ、さまざまな構造・機能材料との化学的共存性(耐食性)を中心に研究を実施してきた。本研究では、高温条件では反応性が高いという不都合な別の性質を持つ液体金属スズを対象として、核融合炉構造材の腐食メカニズムの解明と、耐食性を示す材料の発見に取り組んだ。
本研究ではまず、核融合炉の候補構造材である低放射化フェライト鋼(Fe-9Cr-2W-0.1C)を液体スズに浸漬させて、腐食が進む様子を調べた。その結果、低放射化フェライト鋼が液体金属スズと接した場合、腐食し始めるまでのインキュベーションピリオド[用語7]は非常に短く、鋼に含まれる鉄(Fe)成分と高温のスズが反応して、金属間化合物(FeSn2など)をスズ側に向かって急速に成長させながら材料を腐食することが分かった(図2(a)、(b))。低放射化フェライト鋼は、鉄に加えて、クロムやタングステンなどのスズと反応しにくい元素を含んでいるため、純鉄に比べて腐食の速度は遅い。しかし500℃では、10日間で約155マイクロメートル[用語8]程の厚さの金属間化合物を形成して腐食する。この腐食は1年間で考えるとミリメートルオーダーに達する可能性があり、とても大きな腐食率である。また600℃では、腐食に伴う減肉はさらに激しくなることが分かった。このとき、スズが鋼の微細組織に内方拡散して腐食が進行することも確認された。
上記のように、高温の液体金属スズに接した鉄鋼系構造材は、外側と内側に向かって金属間化合物を形成しながら腐食することが分かった。これは鉄鋼材の主たる成分である鉄が高温の液体スズと反応するためである。このことから、鉄がスズと反応する前に酸素をあらかじめ結びつけて酸化物としておけば、高温のスズと反応しなくなるのではないかと考えた。
そこで、鉄の酸化物(Fe2O3)とクロムの酸化物(Cr2O3)の焼結体を使用して、500℃の液体スズとの共存性試験を実施した(図3)。鉄の酸化物の焼結材を浸漬した結果では、焼き固める際にできた空孔にスズが部分的に侵入してしまっているものの、表面に生じたスズとの反応組織の厚さは約1マイクロメートルと非常に薄く、低放射フェライト鋼に比べて100分の1以下である(図3(a))。また、クロムの酸化物の焼結材でも、表面のスズとの反応組織が非常に薄いことが分かる(図3(b))。このように、スズと反応しやすい鉄のような金属元素でも、あらかじめ酸素と反応させて酸化物にすれば、腐食反応を大きく抑制できることが初めて明らかになった。
最近では、核融合炉などの先進エネルギープラントの冷媒として、さまざまな液体金属の利用が期待されている。構造材との共存性は液体金属に共通する技術的課題であり、その中でも液体金属スズは比較的強い腐食性を有している。しかし、本研究において腐食の原因やメカニズムが明らかになり、その耐食性改善策にも見通しが立つ状況となった。本研究成果は、優れた信頼性を有する核融合炉の先進受熱機器の開発への貢献を通じて、カーボンニュートラル社会の実現に大きく寄与するものである。
液体金属スズは多様な特性を兼ね備えた優れた冷媒である。さらに本研究成果により、その応用範囲を制限していた構造材腐食の課題について、解決の見通しが立つ状況となった。構造材との共存性の課題が解決されれば、核融合エネルギーに限らず、太陽熱発電所[用語9]や海水淡水化プラント[用語10]などへの液体金属スズ利用が促進されると期待される。
また、核融合炉の液体スズダイバータの運転環境は、液体スズによる腐食と核融合中性子の照射が重畳する学術的に新しい物理化学状態である。本論文で明らかにした液体スズによる鋼の腐食反応ダイナミクスに関しても、放射線が与える影響について、日米科学技術協力事業(共同プロジェクト:FRONTIER計画)のTASK3[用語11]で実施されている、原子炉環境を利用した共存性研究(米国オークリッジ国立研究所等との国際共同研究)において調査が進められている。
用語説明
[用語1] 液体金属スズ(Sn) : 原子番号50の金属元素。融点は232℃。高温時の蒸気圧が特に低いという特徴を有する。食器などに使用されてきた。液体金属スズとしてもさまざまな分野で応用範囲が拡がっている。詳細は以下の動画を参照。
[用語2] 核融合炉 : 膨大なエネルギーを生む、水素の同位体の核融合反応を人工的に発生させ、発電などに活用できるようにする装置。稼働時にCO2を排出しない次世代電源として期待されている。
[用語3] 低放射化フェライト鋼 : フェライト/マルテンサイト系耐熱鋼の組成を元に、核融合炉内の中性子照射環境下における使用を前提として、誘導放射能が小さくなるような添加元素を使用した候補構造材料。
[用語4] ダイバータ : 核融合炉内で、プラズマ中の不純物をガス化して排気用ポンプへと導き、プラズマの純度を維持する機器。ダイバータの構造材表面に荷電粒子が衝突することによって高熱負荷になると想定される。
[用語5] プラズマ : 核融合反応を起こすための荷電粒子(原子核や電子)の集まり。
[用語6] タングステン : 原子番号74の金属元素。融点が3,422℃であり、金属のなかで最も高い。熱膨張率が小さく、高温条件下でも優れた形状安定性を示す。
[用語7] インキュベーションピリオド : 液体金属に材料が接液した場合に、材料表面の濡れ性や酸化被膜などにより腐食が生じない期間。
[用語8] マイクロメートル : 1メートルの100万分の1。髪の毛の太さは約100マイクロメートル。
[用語9] 太陽熱発電所 : 大きな鏡によって太陽光を集光し、その熱を冷媒で輸送して、ボイラーで蒸気を発生させて発電する施設。液体金属を冷媒とするシステムの開発も行われている。
[用語10]
海水淡水化プラント : 海水から淡水を生産するシステム。海水を液体金属に直接噴霧して淡水を生産しながら、海水内に含まれる有価資源を回収するユニークなコンセプトが、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の若手研究者産学連携プラットフォームなどにより実施されている。詳細は以下を参照。
環境負荷に配慮した革新的な海水淡水化プロセスと有価資源回収法|NEDO 若手研究者産学連携プラットフォーム
[用語11] 日米科学技術協力事業(共同プロジェクト:FRONTIER計画)のTASK3 : 2019年からスタートした、原型炉ダイバータにおける界面反応ダイナミクスと中性子照射効果に関する米国との共同研究プロジェクト。東京工業大学の近藤正聡准教授が日本側の取りまとめ責任者を務めているTASK3では、「液体金属材料と構造材・被覆材の共存性および中性子照射効果」について、米国オークリッジ国立研究所の原子炉HFIR(高中性子束同位体炉)を用いた共存性研究が行われている。
掲載誌 : | Corrosion Science |
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論文タイトル : | Corrosion mechanism of reduced activation ferritic martensitic steel JLF-1 in liquid metal Sn |
著者 : | Masatoshi Kondo, Miyakawa Yukihiro, Yoshiki Kitamura, Minho O, Teruya Tanaka |
DOI : | 10.1016/j.corsci.2022.110748 |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所
准教授 近藤正聡
Email kondo.m.ai@m.titech.ac.jp
Tel 03-5734-3065
東京工業大学 物質理工学院 材料系
助教 オ・ミンホ
Email o.m.aa@m.titech.ac.jp
自然科学研究機構 核融合科学研究所 ヘリカル研究部 核融合システム研究系
准教授 田中照也
Email tanaka.teruya@nifs.ac.jp