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「グリーンアンモニア」の実現を目指す 新たな材料設計アプローチ
東京工業大学 元素戦略MDX研究センターの細野秀雄栄誉教授、魯楊帆特任助教(研究当時、現:重慶大学准教授)、北野政明准教授(材料コース 主担当)らは、温和な条件下での「グリーンアンモニア合成」に求められる高い耐水性を有する、貴金属フリーの新触媒を実現した。
アンモニアは窒素肥料や化成品の原料としてだけでなく、水素の貯蔵や運搬の手段としても重要な物質である。現在のハーバー・ボッシュ法 による製造では高圧・高温環境や、天然ガスから水素を作る過程で大量のエネルギーを必要とするため、再生可能エネルギーと水の電気分解で生成した水素を用いて、温和な条件下で合成する「グリーンアンモニア」の研究が世界的に盛んになっている。
温和な条件下でのアンモニア合成では一般的に、ルテニウムなどの希少金属が用いられる。一方で本研究グループは2020年に、ニッケルを窒化ランタンの上に担持し、窒素分子の解離を窒化物の表面に生成する窒素の空孔[用語1]で行うようにした触媒が、ルテニウム触媒に匹敵する活性を示すことを報告した。しかしこの触媒を含めて、温和な条件下で高い活性を有する触媒の多くは、水分に対して敏感で、通常の雰囲気にさらすと活性が大きく低下してしまう点が課題とされていた。
本研究では、前回研究の窒化ランタンの代わりに、水分に対して安定なLa3AlNを用い、その上にニッケルまたはコバルトを担持することでこの課題を解決した。La3AlNは、アンモニア合成の過程でAlドープ窒化ランタン(La-Al-N)に変化し、La-Al結合の安定化効果によって大幅に触媒表面の化学的な安定性が向上する。このLa-Al-N触媒は、酸素や湿気に暴露しても触媒活性が劣化せず、窒素空孔を起源とする特異的な触媒機能と高い耐酸素・耐水性を併せ持っている。
本研究成果の意義は、新しいアンモニア触媒を発見したことだけでなく、温和な条件下で高い活性を有する既存触媒の化学的安定性向上に向けた重要な材料設計指針を示したことにある。
本研究成果はドイツの化学誌「Angewandte Chemie International Edition」に2022年9月26日付(現地時間)でオンライン公開された。
アンモニアは窒素肥料や化成品の原料として不可欠である。また、水素を高濃度で含有し、しかも常温下でも9気圧程度の圧力で液化することから、水素の貯蔵や運搬に好適であり、水素社会の実現の鍵を握る物質と見なされている。
窒素と水素からアンモニアを高温・高圧下で合成するハーバー・ボッシュ法は、100年あまり前に確立され、現在まで工業的プロセスとして使われている。この反応は発熱を伴い、体積が減少する反応であるため、低温において生成するアンモニアの平衡濃度は高くなる。しかし、強固な窒素-窒素の三重結合を解離するには、大きなエネルギーの障壁を超えなければならず、そのためには優れた触媒の開発が不可欠である。また最近では、再生可能エネルギーと水の電気分解で生成した水素を用いて、低温・低圧の温和な条件下で合成する「グリーンアンモニア」の研究も世界的に盛んになっている。
低温・低圧化に有効な触媒としてルテニウムが有効なことは、1970年代に東京工業大学の尾崎・秋鹿によって報告された。それ以来、低温・低圧アンモニア合成にはルテニウムが広く用いられている。しかしながら、ルテニウムは希少金属の一種であり、それに代わる有効な触媒が求められている。
ルテニウムが低温・低圧アンモニア合成に有効な理由としては、スケーリング則が挙げられる。これは、ルテニウムが窒素分子と適度な相互作用を有し、緩やかなルテニウム-窒素結合の形成を通して、窒素分子の解離とアンモニア分子の形成を促進するということである。金属-窒素結合が強すぎても弱すぎても、窒素分子の解離とアンモニア分子の形成を阻害するため、触媒活性が低下してしまう。
この機構に従う限りは、ニッケルなどの非希少金属は触媒として有効ではない。一方、2020年に当研究グループは、窒化ランタン(LaN)[参考文献1]や窒化セリウム(CeN)[参考文献2]といった窒化物の表面に高濃度に生成する窒素の空孔で窒素分子の活性化を行い、担持した金属は解離の容易な水素の活性化のみを担うという発想で、これまで低活性であったニッケルを用いてルテニウムに匹敵する触媒活性を示すことを報告した。しかし、これらの窒化物は湿気に対して敏感であり、通常の雰囲気では触媒の調製が難しいという課題があった。この課題は、この物質のみならず、近年報告されている温和な条件下のアンモニア合成で活性の高い触媒に共通するものであり、実際の応用に向けて解決する必要があった。
本研究では、窒化ランタン(LaN)の代わりの担体[用語2]として、La3AlNという逆ベロブスカイト構造の物質を用い、その表面にニッケルまたはコバルトを担持した。このLa3AlNは、LaNと違って水分に対して安定なので、空気中での扱いが可能である(図1)。また、アンモニア合成の触媒活性(生成速度、活性化エネルギー、反応次数など)や窒素の同位体効果は、LaNと大きな差がなく、LaNと同様に窒素空孔で窒素分子が活性されていると考えられる(図2)。
アンモニア反応後の触媒の組成はLa3Al0.8N3.5となり、窒素の濃度が大幅に増大することから、La3AlNの構造がアンモニア反応中に大きく変化することが示唆される。また、アンモニア合成に使用後の触媒では、TEM測定でAlの均一な分布が見られ、さらにEXAFS[用語3]測定からLa局所構造のLaNとの類似性が示されていることから、触媒がアンモニア合成の反応中に窒素を取り込み、La3AlNの逆ペロブスカイト構造からAlドープLaN(La-Al-N)に変化したと考えられる。AlドープLaNは、X線回折で明確なピークを示さず、長周期構造を持たないアモルファスライクな構造を持つが、Laの局所構造はLaNと同様である。すなわち、AlドープLaNにおいて窒素分子の活性化を担う窒素空孔の構造は、アモルファス化しても従来のLaNと大きな変化はなく、触媒活性も同等の性能を有している。
一方で、La-Al-Nの化学的安定性は従来のLaNと比較して顕著に向上している。ニッケルを担持したNi/La-Al-N触媒と、コバルトを担持したCo/La-Al-N触媒のそれぞれについて、アンモニア合成の途中で水分を含んだ窒素ガスを触媒に流しても、その活性は低下しないことが分かった(図3)。これはLa-Al結合の形成によってLa-Al-N表面の安定性が向上することに加えて、湿気に敏感なランタンの一部が、窒素と強い結合を作るアルミニウムに置き換えられたことで、水分に対する耐性が顕著に向上したと考えられる。こうした安定性向上は、第一原理計算でも水和エネルギーの減少という形で裏付けられた。
こうした結果から、本研究は、逆ペロブスカイト構造を持つLa3AlNを原料として、それをアンモニア合成中に高濃度のAlドープLaNへ転化することで、触媒活性と化学的安定性の両立に成功したと言える(図4)。La-Al-Nは、LaNが有する窒素欠損由来の触媒機構と、La-Al結合由来の高い耐水性を併せ持つ触媒であり、この触媒の開発に成功したことは、高効率のグリーンアンモニア合成の実現に向けて大きな意義がある。
再生可能エネルギーで水を電気分解して作った水素と空気中の窒素を温和な条件で反応させ、アンモニアを製造する「グリーンアンモニア合成」は、二酸化炭素の排出を低減できるので、世界的に研究が盛んになっている。その鍵となるのは、低温・低圧で効率よく働く安定な触媒である。これまでに報告されてきた低温・低圧下で作用する触媒には、ルテニウムという貴金属が使われていることと、水分や酸素で性能が劣化してしまうことという共通の問題点があった。本報告は、その両方を解決する一つのアプローチを具体的に提示したものである。この考えは他のいろいろな触媒にも展開できると期待している。
本研究成果では、La3AlNを原材料としてニッケル等の非希少金属を担持し、アンモニア合成を行うことで、La3AlNをAlドープLaNに転化させ、高い触媒活性と耐水性を併せ持つ新たな希土類窒化物触媒を実現することができた。一方で、La3AlNやLa-Al-N触媒の比表面積は数m2/gと小さい。そのため、今後の展開としては、アンモニアの生成速度を上げるのに求められる比表面積の増大とアルミニウム濃度などの最適化が挙げられる。また本研究成果は、窒素欠損サイトとLa-Al金属結合の形成を用いて、高いアンモニア触媒活性と安定性を両立するアプローチを示すものであり、同様の材料設計を、活性は高いが化学的安定性に欠ける他の触媒に適用することも期待される。
本研究成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務「グリーンイノベーション基金事業/燃料アンモニアサプライチェーンの構築プロジェクト」(JPNP21012)などの支援によって実施された。
[用語1] 空孔 : 本来の結晶構造から特定の原子やイオンが抜けた部分。空孔ではいろいろな化学反応が生じやすい。特にLaNやCeNの窒素空孔では、窒素分子が活性化されることが見出されている。
[用語2] 担体 : 触媒となる金属などを担持する物質。一般的には、表面積を大きくし、金属が凝集しないために用いられている。一方で、担持する金属と一体となって触媒特性を大幅に向上させるタイプの担体も開発されている。本研究の担体もそうしたタイプである。
[用語3] EXAFS : 広域X線吸収微細構造 (Extended X-ray Absorption Fine Structure)。X線吸収スペクトルにおいて、吸収端から高エネルギー側に 1,000 eV程度までの領域に見られる構造をこのように呼ぶ。これを解析することで、アモルファスを対象としても、特定元素の周囲の構造に関する情報が得られる。
[1] Tian-Nan Ye, Sang-Won Park, Yangfan Lu, Jiang Li, Masato Sasase, Masaaki Kitano, Tomofumi Tada & Hideo Hosono, Vacancy-enabled N2 activation for ammonia synthesis on an Ni-loaded catalyst, Nature 583, s391–395 (2020)
[2] Tian-Nan Ye, Sang-Won Park, Yangfan Lu, Jiang Li, Masato Sasase, Masaaki Kitano, and Hideo Hosono: Contribution of Nitrogen Vacancies to Ammonia Synthesis over Metal Nitride Catalysts; J. Am. Chem. Soc., 142, 14374-14383, (2020)
掲載誌 : | Angewandte Chemie International Edition |
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論文タイトル : | Approach to Chemically Durable Nickel and Cobalt Lanthanum-Nitride-Based Catalysts for Ammonia Synthesis |
著者 : | Yangfan Lu*1, Tian-Nan Ye, Jiang Li, Zichuang Li*2, Haotian Guan*1, Masato Sasase, Yasuhiro Niwa*3, Hitoshi Abe*3, Qian Li*1, Fushen Pan*1, Masaaki Kitano, Hideo Hosono (*1重慶大学、東京工業大学、*2上海交通大学、*3高エネルギー加速器研究機構、無印 東京工業大学) |
DOI : | 10.1002/anie.202211759 |