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燃料電池の非白金化に繋がる新物質を開発

酸性電解質中でも安定な十四員環鉄錯体による代替触媒を実現

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2021.10.08

要点

  • 燃料電池自動車の触媒に鉄を使おうとする場合の課題であった“酸性電解質中での安定性”を大幅に向上させた、「十四員環鉄錯体」を新たに開発。
  • 同錯体は、酸性電解質中において安定で、かつ酸素還元触媒活性を示す。
  • 高価な白金に代わる新触媒として、燃料電池、燃料電池自動車への活用に期待。

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の難波江裕太助教(エネルギーコース 主担当)、早川晃鏡教授(材料コース 主担当)らの研究グループは、熊本大学の大山順也准教授、静岡大学の守谷誠講師、旭化成株式会社と共同で燃料電池[用語1]の非白金[用語2]化に繋がる新物質の開発に成功した。

水素を酸素と化学反応させて電気を生む燃料電池を積んだ燃料電池自動車[用語3]は、発電時に温暖化ガスを排出しない。しかし、現状の市販車では燃料電池の触媒[用語4]に高価で希少な白金が1台で20~30 gほど使われており、普及の妨げとなっていた。代替触媒として、安価な鉄の周囲に配位子[用語5]のフタロシアニンを結合させた環状化合物[用語6]である鉄フタロシアニン[用語7]など各種金属錯体[用語8]も研究されてきたが、酸性電解質[用語9]中という燃料電池の作動環境では実用レベルの安定性は発揮できていなかった。

本研究では鉄原子を周囲で固定化する錯体の配位子として、十六員環[用語10]をとるフタロシアニンよりコンパクトな十四員環をとる配位子の鉄錯体を新たに合成し、放射光分光[用語11]を用いたリアルタイム分析で安定性を評価した。酸性電解質中での安定性が鉄フタロシアニンを大きく上回り、燃料電池の触媒として必要な酸素還元触媒活性と安定性を同時に発揮することが分かった。本研究の成果が将来の燃料電池自動車の非白金化と普及に大きく貢献すると期待される。

本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託研究として実施された。その成果は2021年9月20日に米国化学会誌「JACS-Au」にオンライン掲載され、Supplementary Coverに選出された。

背景

地球温暖化への懸念がさらに高まり、ガソリン車の廃止が世界的に叫ばれる昨今、水素を燃料に発電した電気で温暖化ガスを出さずに走行する燃料電池自動車のいっそうの普及が望まれるようになっている。ただし、現在市販されている燃料電池自動車では、燃料電池の触媒として1台あたりおよそ20~30 gの白金が使われており、そのコストや希少性から燃料電池1台あたりに使用する白金を現在の1/10程度に削減しなければ、燃料電池自動車の本格的な普及は難しい、と考えられてきた。

白金に代わるより安価で入手しやすい触媒の候補として、鉄源、窒素源、炭素源を含んだ前駆体[用語12]を1,000℃程度の高温で処理することで生成する、鉄系の熱処理型触媒が開発されてきた。鉄系熱処理型触媒は、非白金触媒としては比較的高い触媒活性と安定性を示すが、高温での熱処理では触媒の構造を微妙にチューニングすることは難しく、性能の向上が頭打ちとなりつつあった。

そこで本研究が手段として選んだのが、高温熱処理を要しない錯体型の触媒である。錯体型の触媒としては、これまで鉄フタロシアニンなどが研究されてきたが、酸性電解質中という燃料電池の作動環境では実用で使えるレベルの安定性が実現できていないのが課題で、より高い安定性を持つ錯体の開発が待たれていた。

本研究では、従来にない構造をとる鉄系錯体型触媒の開発により、実用レベルの触媒活性と安定性の実現を目指した。

研究の手法と成果

 より高い触媒活性と安定性を備えうる鉄系熱処理型錯体の構造の検討

鉄系熱処理型触媒においては、炭素原子がシート状に連なったグラフェンシート[用語13]中に、窒素原子を介して鉄原子が埋め込まれたようになっている部分(図1左上)が、触媒が反応を促進する活性点だと考えられている。4つの窒素原子に強固に保持された鉄原子が、酸性電解質中での安定性の向上に寄与していると考えられている。

ただし鉄系熱処理型触媒では、この活性点構造[用語14]が、高温の熱処理によって偶然生成されるため、活性点を多数持つ、活性度の高い触媒をつくることが難しく、これが課題となる。そこで本研究では、安定性を高めながら、鉄系熱処理型触媒の活性点とよく似た構造を、合成化学的に多量に作製する手法がないかを検討した。

鉄フタロシアニンなどの大環状錯体[用語15]は、高温の熱処理をせずに、多量に合成することが可能である。既知の大環状錯体の大部分は、十六員環によって、つまり周囲を取り巻く16個の原子で鉄原子が固定化されている。一方、今回の研究では、14個の原子で鉄原子を固定化する、一回りコンパクトな構造を持った芳香族十四員環鉄錯体(図1左下)の作製を目指した。構造をコンパクト化することで、より強固に鉄原子を固定化でき、酸性電解質中でも安定な鉄錯体となるのではないかと考えたことが理由である。

図1 本研究の概念図と、作製した触媒粉末。左上の熱系熱処理型触媒の図では、グラフェンシート内の中央に、鉄原子(Fe)がその周囲を囲む窒素原子(N)によって埋め込まれたような構造が見られる。左下は、今回開発を行った新たな酸素還元反応(ORR: Oxygen Reduction Reaction)の触媒としての芳香族十四員環鉄錯体のモデル。

  1. 図1本研究の概念図と、作製した触媒粉末。左上の熱系熱処理型触媒の図では、グラフェンシート内の中央に、鉄原子(Fe)がその周囲を囲む窒素原子(N)によって埋め込まれたような構造が見られる。左下は、今回開発を行った新たな酸素還元反応(ORR: Oxygen Reduction Reaction)の触媒としての芳香族十四員環鉄錯体のモデル。

 十四員環鉄錯体の作成と、触媒活性および安定性の検証

このような着想から、図1左下に示す新たな十四員環鉄錯体の合成法を検討したところ、静岡大学が世界で初めてこの錯体を高純度で得ることに成功した。電極材料として用いるために同物質を炭素材料の上に付着させた触媒を旭化成株式会社で作製した(図1右)。

こうして作製された触媒の酸素還元触媒活性を、東京工業大学において電位掃引試験[用語16]評価したところ、図2に示すように、鉄フタロシアニンに比べて優れた触媒活性と耐久性を示すことが明らかとなった。

図2 電位掃引試験前後(実線が前、点線が後)の触媒活性の比較。高い電位(横軸右方向)で大きなマイナス電流(縦軸下方向)を示す触媒が高活性。鉄フタロシアニン(青)は劣化が著しいが新物質(赤)は優れた触媒活性を持続する。

  1. 図2電位掃引試験前後(実線が前、点線が後)の触媒活性の比較。高い電位(横軸右方向)で大きなマイナス電流(縦軸下方向)を示す触媒が高活性。鉄フタロシアニン(青)は劣化が著しいが新物質(赤)は優れた触媒活性を持続する。

図3 放射光分光によるリアルタイム分析。鉄フタロシアニン(青)の鉄イオンは溶出して強度が弱くなるのに対し、新たに開発された十四員環鉄錯体(赤)中の鉄イオンは優れた安定性を示している。

  1. 図3放射光分光によるリアルタイム分析。鉄フタロシアニン(青)の鉄イオンは溶出して強度が弱くなるのに対し、新たに開発された十四員環鉄錯体(赤)中の鉄イオンは優れた安定性を示している。

さらに、酸性電解質中における耐久性について確認するため、熊本大学があいちシンクロトロン光センターにおいて、鉄イオンの溶出挙動を追跡するリアルタイム分析を実施したところ、十四員環構造によって狙い通りに鉄原子が安定化されていることが明らかとなった。

今後の展開

本研究により、酸性電解質中で高い酸素還元触媒活性と安定性を同時に発揮する十四員環鉄錯体が開発され、これまで酸性条件化では安定性が著しく乏しいと考えられてきた鉄錯体の弱点を克服する方法が見いだされた。今後は鉄錯体の構造をより細かく最適化することによって、いっそう高い触媒活性の実現を目指しており、本研究の成果がブレークスルーとなって、将来の燃料電池自動車の非白金化が実現することが期待される。

  • 付記

本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」の一環として実施された。

  • 用語説明

[用語1] 燃料電池 : 水素と酸素から水ができる化学反応を利用した電池。水に電気をかけることで、水素と酸素を発生させる水の電気分解とは逆の現象を利用して、水素と酸素から電力と水を得る。

[用語2] 白金 : プラチナとも言われる。高温にも変化せず、王水(濃硝酸と濃塩酸の混合液)以外の酸に溶けないため、酸化・還元の触媒、電極、化学機器などに広く利用される。世界での生産量は年 200トンほどと少なく、生産地も南アフリカやロシアに偏っている。

[用語3] 燃料電池自動車 : 燃料電池の電力でモーターを作動させる自動車。燃料となる水素は高圧水素タンクに充填する。発電時にいっさい二酸化炭素などの温暖化ガスを発生しないので、地球温暖化防止の観点から、普及が期待されている。リチウムイオン電池などの電力を用いる電気自動車と比べて、航続距離が長いことも特長。

[用語4] 触媒 : 化学反応の速度を高める物質で、自身は反応の前後で変化しないもの。燃料電池自動車に用いられる燃料電池では、負極(燃料極)で水素を酸化する反応と、正極(空気極)で酸素を還元する反応に触媒が必要となり、現状では空気極の方が多量の白金触媒を必要としている。

[用語5] 配位子 : 金属錯体において、中心にある金属(本研究では鉄イオン)の周囲に結合しているそれ以外の非金属部分。

[用語6] 環状化合物 : 分子を構成する原子が、環状に結合している化合物の総称。環式化合物、環式体などともいう。

[用語7] 鉄フタロシアニン : 顔料などに用いられるフタロシアニンと呼ばれる環状の化合物の中心に、鉄原子が導入された構造の化合物。

[用語8] 金属錯体 : 金属(本研究の場合は鉄イオン)を中心とし、その周囲に非金属が結合した構造を持つ化合物。

[用語9] 電解質 : 電池においてイオンを導電する役割を担う膜や液体。燃料電池自動車では、水素イオンを伝導するため、強い酸性を示す硫酸が高分子に固定化された陽イオン交換膜が用いられており、触媒などの部材は耐酸性でなければならない。この“酸性電解質中での安定性”が、高価な白金が触媒として用いられてきた大きな理由である。

[用語10] 員環 : 環状化合物において、その「環」を構成する原子の数を指す。環を構成する原子が14個であれば十四員環、16個であれば十六員環などと呼ぶ。

[用語11] 放射光分光 : シンクロトロンなどの放射光施設で発生する高強度のX線を用いる分光法。レントゲン撮影などに用いられるX線源を用いた実験と比較して、極めて高速での分析ができるので、リアルタイム分析に適している。

[用語12] 前駆体 : 化学反応によってある化合物を生成する際の、原料となる物質。

[用語13] グラフェンシート : 鉛筆の芯などに用いられる黒鉛は、炭素原子がシート状に連なった構造が、何層も重なってできている。その一枚のシートをグラフェン、もしくはグラフェンシートと呼ぶ。

[用語14] 活性点構造 : 触媒が化学反応の速度を高める過程において、反応する分子を吸着するなどして、反応促進の中心的な役割を果たす場所の構造。本研究では、鉄原子とその周辺の配位子の構造が該当する。

[用語15] 大環状錯体 : 金属錯体の中でも、配位子の部分が環状構造でかつ比較的大きいものをいう。フタロシアニンやポルフィリンを配位子とした錯体が代表的である。

[用語16] 電位掃引試験 : 鉄錯体を塗布した電極を酸性電解質に浸漬させ、電極にかける電圧を周期的に変化させる(掃引する)試験。電圧の変化が鉄原子の溶出を加速させるので、安定性を迅速に評価できる。

  • 論文情報
掲載誌 : JACS-Au
論文タイトル : High Durability of a 14-Membered Hexaaza Macrocyclic Fe Complex for an Acidic Oxygen Reduction Reaction Revealed by In Situ XAS Analysis
著者 : Ohyama, Junya; Moriya, Makoto; Takahama, Ryo; Kamoi, Kazuki; Kawashima, Shin; Kojima, Ryoichi; Hayakawa, Teruaki; Nabae, Yuta
DOI : 10.1021/jacsau.1c00309別窓
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 材料系

助教 難波江裕太

E-mail : nabae.y.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2429 / Fax : 03-5734-2880

熊本大学 大学院先端科学研究部(工学系)

准教授 大山順也

E-mail : ohyama@kumamoto-u.ac.jp
Tel : 096-342-3670

静岡大学 理学部 化学科

講師 守谷誠

E-mail : moriya.makoto@shizuoka.ac.jp
Tel : 054-238-4753

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