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金属間化合物ZrPd3とナノポーラス炭化ジルコニウムを組み合わせる
東京工業大学 元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授(物質・材料研究機構 兼任)、魯楊帆(Yangfan Lu、ロ ヨウハン)学振特別研究員、北野政明准教授(材料コース 主担当)らの研究グループは、金属間化合物ZrPd3とナノポーラス[用語1]炭化ジルコニウム(ZrC)を組み合わせ、鈴木カップリング反応[用語2]における触媒活性・安定性・貴金属利用効率を向上した。
鈴木カップリング反応は有機化学反応において炭素‒炭素結合を作る重要な手法の1つであり、酢酸パラジウム(Pd(OAc)2)やパラジウムを担持したグラファイト(Pd/C)、酸化アルミニウム(Pd/ Al2O3)などの材料が有用な触媒として市販されている。中でもPd/C等の不均一系触媒[用語3]は反応条件が簡便で、また触媒の回収と再利用が容易であることから元素戦略上のメリットが大きい。また昨年、当研究グループは金属間化合物Y3Pd2を利用することで担持型触媒[用語4]と比較して触媒回転頻度[用語5]が一桁ほど向上することを見出している。しかしこの段階ではいずれの触媒でも触媒活性・安定性・貴金属利用効率のすべてを満足する性能の実現は困難だった。
本研究では担持型触媒と金属間化合物触媒の長所を組み合わせることで、上記問題点の解決を目指した。具体的にはナノポーラスZrCを担体とし、その表面にZrPd3ナノ粒子を担持した形態の触媒を合成することで、室温下での鈴木カップリング反応を可能にしている。本触媒はY3Pd2の10倍以上のPd分散度を有し、大幅なPd利用効率の向上が実現した。以上の成果は不均一系触媒の材料設計において新たな自由度を提供するものであり、今後より化学反応に即した材料設計が期待される。
研究成果は米国科学誌「ACS Catalysis」のトップ10 %論文に選定され、11月24日にオンライン公開された。
鈴木カップリング反応はベンゼンハライドとフェニルボロン酸の間に炭素‒炭素結合を作る化学反応であり、鈴木章氏らによって1976年に確立された。この技術はビフェニル誘導体[用語6]を合成する上で重要であり、現在の化学工業・製薬の現場において必要不可欠である。
鈴木カップリング反応は元々Pd(OAc)2等の均一系触媒を用いた研究から始まったが、フォスフィン(リンの水素化物)等の添加物を必要とすること、Pd元素の回収が困難であることから不均一系触媒の創成がますます重要になっている。
一般的な不均一系触媒はPdと担体から構成され、Pdの分散度を高めるために大きな比表面積を持つ担体が用いられる。例えばカーボンナノチューブ等にPdを担持した場合、その比表面積は数百m2/g以上であり、Pdの粒径は数nmになる。しかし、このような系では一般にPdと担体との機械的・電気的相互作用が弱く、しばしばPdの凝集や脱離を生じるため触媒活性や安定性が低くなる。特に安定性に関しては5回程度の利用で活性が減衰する触媒が多く、不均一系触媒の利点(特に再利用特性)を最大化することが困難であった(図1)。
一方、本研究グループは以前から金属間化合物に着眼した不均一系触媒の開発を行っており、2019年にはY3Pd2が鈴木カップリング反応において良好な触媒活性を示すことを見出している。Y3Pd2等の金属間化合物は既存の触媒と比較して10倍以上触媒回転頻度が向上した。また、20回以上再利用しても触媒活性が減衰しない点が特徴的である(2019年Nature Communications誌掲載)。
しかし、Y(イットリウム)等の元素を含む物質は通常の手法でナノ粒子を合成することが難しく、活性金属[用語7]の利用効率が著しく低い問題点を有する。このことはPd等のレアメタルを用いる際には特に致命的である(図1)。以上を踏まえ、本研究ではナノポーラスZrC上にZrPd3を担持することで、鈴木カップリング反応触媒における触媒活性・安定性・貴金属利用効率が向上することを報告した。
今回の研究では担持型触媒と金属間化合物の長所を併せ持つ不均一系触媒の創成を目指し、ZrCとZrPd3をそれぞれ担体と活性種として用いた。ZrC合成ではZrを内包する高分子材料Polyzirconosaal(PZSA)を原材料として用いた。PZSAはアルゴン気流下で焼成することで酸化ジルコニウム・炭素複合体になり、1400 ℃まで昇温することでZrCナノ粒子となる(図2a, b)。
この手法で合成したZrCはナノポーラス構造に起因する大きな表面積を有する。この性質を利用し、PZSAとPd(OAc)2の混合体を焼成することでZrCの表面にZrPd3ナノ粒子を合成することができた(Pd-ZrC触媒)。ZrPd3の平均粒径はおよそ2 nmであり、Pd利用効率はPd/C等の担持型触媒と比較しても遜色ない(図2c)。
Pd-ZrC触媒を鈴木カップリングに使用したところ良好な触媒活性が得られた。本触媒はヨードベンゼン・ブロモベンゼンの双方を反応種として用いることができ、それぞれの活性化エネルギーは純Pdと比較して40 %程度低い(図3a, b)。従って、室温などより温和な反応条件下でも十分に高い反応速度が得られ、その触媒回転頻度は一般的な担持型触媒の10倍以上だった。これはPd-ZrC触媒からベンゼンハライドに対する電子供与がなされ、律速段階である炭素‒ハロゲン結合の切断が促進されるためである。
Pd-ZrC触媒は優れた触媒安定性を有し、15回までの繰りかえしでは性能の低下が認められなかったことから、再利用が可能である。数サイクルで活性が減衰する市販の触媒(Pd/CやPd/Al2O3等)と比較してその違いは明らかである(図3c)。ZrPd3ナノ粒子がZrCと強い相互作用を有することで活性種の凝集や脱離を防ぎ、触媒安定性の改善に繋がったと考えられる。
このようなメカニズムはY3Pd2などにも見られる一方、Pd-ZrCは高いPd利用効率を実現していることから、担持型触媒と金属間化合物双方の優位性両立がなされたといえる。また、Pd-ZrC触媒を用いた鈴木カップリング反応では様々なベンゼンハライド・フェニルボロン酸の誘導体に適用できる。本研究ではメチル基・アミン基・ヒドロキシル基等計25種類の反応を報告しており、電子供与・吸引基のいずれでも良好な触媒活性を確認した。以上の成果からPd-ZrC触媒が鈴木カップリング反応に対して普遍的に優れた触媒活性を有することが示された。
図3. Pd-ZrC触媒を用いた (a) ヨードベンゼンとフェニルボロン酸、 (b) ブロモベンゼンとフェニルボロン酸の温度依存性。 (c) 触媒の再利用特性。
金属間化合物触媒は優れた触媒回転頻度や安定性を有するもののY(イットリウム)やZr(ジルコニウム)等の元素を含むことからナノ粒子合成が困難であった。Pd-ZrCは担体上に金属間化合物ナノ粒子を持ち、担持型触媒と金属間化合物の双方の長所を併せ持つ。本触媒は触媒活性、安定性のみならず貴金属の利用効率を大幅に向上させるポテンシャルを秘めている。今後はZrからY等の希土類への拡張が見込まれ、有機反応だけでなく電場を利用した触媒などのより広範な応用への展開が期待される。
今回の研究成果は文部科学省元素戦略プロジェクト<拠点形成型>(No.JPMXP0112101001)、科学研究費補助金(No. 17H06153、JP19H05051、JP19H02512)、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(No. JPMJPR18T6)、日本学術振興会 学振特別研究員(18J00745)、日本学術振興会 海外特別研究員(No.P18361)の支援によって実施された。
[用語1] ナノポーラス : ナノポーラスとはナノメートルオーダの大きさの ポア(気孔)とリガメント(帯、骨格)からなる 開気孔のスポンジ型構造を指す。
[用語2] 鈴木カップリング反応 : パラジウム触媒と塩基などの求核種の作用により、有機ホウ素化合物とハロゲン化アリール(ヨードベンゼン・ブロモベンゼン等)をクロスカップリングさせて非対称ビアリール(ビフェニル誘導体)を得る化学反応。
[用語3] 不均一系触媒/均一系触媒 : 不均一系触媒は固体触媒であり、触媒が溶媒や反応物に溶解しない材料を指す。反応終了後にろ過することで触媒の回収が可能である。一方、均一系触媒は触媒自体が溶媒または反応物に溶解する触媒。一般に不均一系触媒よりも高い触媒活性が得られるが、反応後に触媒を回収することは困難である。
[用語4] 担持型触媒 : 不均一系触媒の一種であり、Pd等の活性金属が酸化物やカーボン等の物質上に分散されている触媒。Pd/C等が代表的な担持型触媒として知られている。
[用語5] 触媒回転頻度 : 触媒活性点における単位時間当たりの反応の進行度を指す。この値が高いほど活性が高い触媒になる。
[用語6] ビフェニル誘導体 : ビフェニルを母体として、様々な官能基が導入された物質のこと。
[用語7] 活性金属 : 触媒反応において実際に触媒作用を示す金属のこと。Pd/C触媒の場合、Pdが活性金属である。
掲載誌 : | ACS Catalysis |
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論文タイトル : | “Intermetallic ZrPd3‒Embedded Nanoporous ZrC as an Efficient and Stable Catalyst of the Suzuki Cross-Coupling Reaction” (ZrPd3内包ナノポーラスZrCを用いた高効率・安定な鈴木カップリング反応) |
著者 : | Yangfan Lu1, Tian-Nan Ye1, Sang-Won Park1,2, Jiang Li1, Masato Sasase1, Hitoshi Abe3,4,5, Ya-suhiro Niwa3,4, Masaaki Kitano1 and Hideo Hosono1,2 (1東工大元素戦略研究センター、2物質・材料研究機構 MANA、3KEK、4総合研究大学院大学、5茨城大) |
DOI : | 10.1021/acscatal.0c03416 |
お問い合わせ先
東京工業大学 元素戦略研究センター
栄誉教授 細野秀雄
E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5009
東京工業大学 元素戦略研究センター
学振特別研究員 魯楊帆
E-mail : yf_lu@mces.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5127
東京工業大学 元素戦略研究センター
准教授 北野政明
E-mail : kitano.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5191