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東京工業大学 元素戦略研究センターの沈基亨大学院生、金正煥助教、細野秀雄栄誉教授らは、近年、新たな発光材料として注目を集めているペロブスカイト型ハロゲン化物を用い、低電圧駆動で超高輝度のペロブスカイトLED(PeLED)[用語1]の開発に成功した。電極からのキャリアの注入と発光層内での移動の両方を促進するという新たなアプローチでLEDの高性能化を達成した。
開発したアモルファスZn-Si-Oは、CsPbX3[用語2] の伝導帯下端よりも浅い位置に伝導帯下端を持つことで励起子の閉じ込めが可能で、しかも高い電子移動度により効率的な電子注入が期待できる。この指針により作製されたCsPbBr3の緑色発光素子は2.9 Vで10,000 cd/m2[用語3]、5 Vで500,000 cd/m2に及ぶ低電圧超高輝度を実現した(電力効率は33 lm/W[用語4])。さらに赤色発光素子では20,000 cd/m2の世界最高輝度が得られた。この成果はPeLEDの実用化に向けた新たな方向性を提案するものである。
CsPbX3は発光中心となる励起子の束縛エネルギーが小さいので、非発光型遷移[用語5]が起こりやすく、低い発光効率の原因と考えられていた。そのため量子閉じ込め効果を持つ低次元の発光材料[用語6]が専ら研究されてきた。しかし、低次元材料は電子や正孔が動きにくく、電流注入での発光効率が高くなりにくいという問題が生じる。今回の研究ではCsPbX3を発光層とし、これに適した電子輸送層を用いることで、電極からのキャリア注入と発光層内での移動の両方を促進する新たなアプローチでLEDの高性能化を狙った。
研究成果は文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>によって得られたもので、7月30日(現地時間)に米国応用物理学会「Applied Physics Reviews」に掲載された。
近年、スマートフォーンやテレビなどに有機EL(エレクトロルミネッセンス)ディスプレイが急速に普及しつつある。有機ELは自己発光型で低温プロセスなどを特徴としており、高い画質やフレキシブルエレクトロニクスなどの観点で非常に魅力的である。しかし、短い寿命や高い駆動電圧などの弱点を伴うことが問題とされており、新たなEL用発光材料の探索が広く行われている。
ペロブスカイト型ハロゲン化物(CsPbX3、ここではX=Cl、Br、I)は、その候補として新たに注目を集めている発光材料であり、高い色純度や溶液プロセスで作製が可能などを特徴とする。近年は量子閉じ込め効果を有する低次元系のハロゲン化物が多く研究されており、従来の三次元構造のCsPbX3よりも優れたEL特性が得られるといった例が多数報告されている。
このような背景から、低次元性材料>3次元材料という関係式が当然視されている。しかし、これには非常に重要な事実が見逃されている。発光材料の評価として一般的に用いられるのは蛍光量子効率(PLQY)[用語7]である。従って、量子閉じ込め効果を有する低次元材料が高いPLQYを示すのが一般的である。しかしながら、このPLQYは光で励起した際の発光効率の値であり、電極から電子と正孔を注入して、発光体のなかで再結合して光らせるEL素子に適しているかどうかは別の話である。
つまり、いくら高いPLQYを有する発光材料だとしても、電子と正孔の供給がない限りELでは決して光らない。さらに局在性の高い低次元性材料では、有効質量が大きいため電子と正孔が移動しにくく、再結合の確率が低下するので高い効率での発光が難しい。今回の研究ではCsPbX3の持つ優れた電気的性質を利用しつつ、優れた特性を有する電子輸送層を用いて、励起子の生成濃度の増大とその閉じ込め効果によって特性の大幅な向上を試みた。
CsPbX3は当初、太陽電池として注目された材料であり、小さい励起子束縛エネルギー[用語8]や小さい電子と正孔の有効質量を特徴とする。これは励起子が容易に電子と正孔に解離し、電極まで速やかに移動できることを示唆する。このような特性は太陽電池で高い短絡電流を得るために重要であるが、EL発光の観点からは非発光型遷移(消光)の要因になってしまう。
太陽電池とELの素子構造は非常に似ているが、実際に要求される物性が大きく違う。つまりCsPbX3のように励起子束縛エネルギーが小さい発光材料は消光確率が高く、EL素子には適さないという結果が予想される。研究グループは実際にCsPbX3の消光現象を調べるため次のような実験を行なった。
図1に示したように電子親和力[用語9]が異なる透明酸化物半導体をガラス基板上に成膜し、その上のCsPbBr3薄膜の発光特性を調べた。ここで透明酸化物半導体として当研究室が開発したアモルファスZn-Si-O(a-ZSO)を用いた[参考文献1]。a-ZSOはZnとSiの割合によって電子親和力を連続的に変化させることが可能である (図1a)。
図1bのように、PL寿命がCsPbBr3に隣接した層のエネルギー準位[用語10]に大きく左右されることが明らかである。つまり、隣接したZSO層の伝導帯下端の位置がCsPbBr3のそれよりも深いと励起子が容易に解離し、隣接層に逃げてしまうことが示唆される。
また、a-ZSOのZn/Si比が80/20に達してからは、ガラス基板上の寿命とほとんど変わらないことから、隣接層の伝導帯下端の位置がCsPbBr3のそれと同等、もしくはより浅いときには消光現象が生じないとことが分かる。一方、0次元的電子構造[用語11]を有するCs3Cu2I5[用語12] [参考文献2]では、隣接層に関係なく同様なPL特性が得られており(図1c)、これは隣接層由来の消光現象と励起子束縛エネルギーが強く相関していることを示唆する。
図1の実験結果からは隣接した層とペロブスカイト層とのエネルギーの違いに伴う、消光現象や励起子の閉じ込め効果を明確にみることができた。また、Zn/(Zn+Si)<80 %のZSOを用いることで、ペロブスカイト層の励起子の閉じ込め効果が期待される。そこで80ZSOを電子輸送層(ETL)に用いたPeLEDを作製した。発光層にはCsPbBr3(緑色発光)を80ZSO ETL上にスピンコート法で成膜した。
図2のように80ZSOを電子輸送層(ETL)として用いたPeLEDは2.9 V、10,000 cd/m2という低電圧駆動で、33 lm/Wの高い電力効率を示した。また、最高輝度としては5 Vで500,000 cd/m2の超高輝度が確認され、これまで報告されたPeLEDよりも非常に優れた特性を得ることができた。また、a-ZSOは成膜条件や組成によって導電性の調整が容易であるため、発光層に注入される電子と正孔の電荷バランスを制御できる。
図2bのように電導性を調整することで電力効率は7.5 lm/Wから22 lm/Wまで大きく上昇することがわかる。ペロブスカイト層と隣接した層のエネルギーアライメント[用語13]の重要性の視覚化のため、図2eのようにZSO ETL上に部分的にZnO(酸化亜鉛)を成膜した電子注入層を使ってPeLEDを作製した。その結果、ZSOと隣接している面のみが明確に発光しており、エネルギーアライメントが極めて重要であることが実証された。このコンセプトをさらに赤色や青色のPeLEDを作製し優れたEL特性を確認できた(図3d)。
この研究で得られたPeLEDの特性は、これまでに報告された低次元性ペロブスカイト発光材料を用いたLEDのそれを大きく上回っており、3次元性CsPbX3の励起子束縛エネルギーが小さくても、隣接層を用いた閉じ込め効果を得ることができれば、非常に優れたPeLEDが実現するという研究グループの戦略の妥当性を裏付ける(図3c)。
本研究からは高性能PeLEDを実現するための有効な指針を得たと考えている。今後は同様な概念に基づき、新たな発光材料の探索に繋げていくことが何よりも重要だと考えている。
[用語1] ペロブスカイトLED(PeLED) : ペロブスカイト構造を持つCsPbX3発光材料からなるEL素子のこと。
[用語2] CsPbX3(X=Cl、Br、I) : 通常のぺロブスカイト構造をとる物質で、太陽電池材料としてよく研究されている。
[用語3] cd/m2 : カンデラ毎平方メートル、国際単位系(SI)における輝度の単位。
[用語4] lm/W : ルーメン・パー・ワット。全光束を消費電力で割った数値。1ワットあたり、どれだけの光束を発生させることができるかを示す特性値。
[用語5] 非発光型遷移(消光) : 電子と正孔が再結合すると発光するが、欠陥や不純物があると、再結合のエネルギーが発光以外のエネルギーとなり発光に至らない。
[用語6] 量子閉じ込め効果を持つ低次元の発光材料 : 電子、正孔、あるいは正孔と電子が対になった励起子が0、1あるいは2次元のポテンシャルのなかに閉じ込めることができる発光材料。電子と正孔の再結合によって発光が生じるので、高い発光効率が得られる。
[用語7] 蛍光量子効率(PLQY) : 外部から光をあてることで発光する効率で、発光する光子の数/あてる光子の数。
[用語8] 励起子束縛エネルギー : 励起子は電子と正孔が対をつくった状態(励起子)から電子と正孔に解離させるのに必要なエネルギー。
[用語9] 電子親和力 : 真空準位から測った伝導帯下端(最低非占有分子軌道)までのエネルギー差。
[用語10] エネルギー準位 : 電子の軌道が持つエネルギー。
[用語11] 0次元的電子構造 : 電子の存在する場所が原子の大きさと同じくらい狭い領域になっており、「点」と見做すことができるような構造のこと。
[用語12] Cs3Cu2I5 : 発光するサイトであるCu-Iが0次元的に閉じ込められている結晶。青色発光し、90 %という高い蛍光量子効率を示す。
[用語13] エネルギーアライメント : 真空準位を基準に伝導帯の底と価電子帯の頂上のエネルギーを様々な物質で並べたもの。異なる物質を接触したときに電子や正孔がどちらに移動するかが判断できる。
掲載誌 : | Applied Physics Review |
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論文タイトル : | Performance Boosting Strategy for Perovskite Light-Emitting Diodes |
著者 : | Kihyung Sim, Junghwan Kim, Taehwan Jun, Joonho Bang, Hayato Kamioka, Hidenori Hiramatsu, Hideo Hosono(上岡隼人氏の所属は日本大学 文理学部、他は東京工業大学) |
DOI : | 10.1063/1.5098871 |
お問い合わせ先
東京工業大学 元素戦略研究センター
助教 金正煥
E-mail : JH.KIM@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5197
東京工業大学 元素戦略研究センター
栄誉教授 細野秀雄
E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009